わたしの葛藤~町中で知人っぽい人を見つけたとき編~
「どうやってかわそうかな……」
南北に走る大通り沿いの歩道。
かなり前を男性2人組が歩いているのが目に入った。
「右サイドからすり抜けるか」
自転車に乗って外出先から帰る途中だったわたしは、
彼らを見て自転車の走らせ方を考えていた。
東京の歩道は自転車で走るにはあまりにも狭い。
前もって心の準備をしていないと、自転車でスムーズに走ることは難しくなる。
(あと30m……20m……10m……)
心の中で彼らまでの距離のカウントを始める。
「もうちょっとですり抜けられる」と思ったタイミングで、
わたしはその後姿が見覚えのあるものだということに気付いた。
よくよく見ると、近くに住む大学の同期に見えなくもない。
夜遅く暗いということもあって、確信を持つことができない。
(どうする?声、かけるか……?)
声をかけるかどうか悩んでいるうちに、気付けば彼らとの距離は残り5m程となっていた。
1秒後には通り過ぎてしまうことになるだろう。
どうするにせよ、一瞬の間に判断を下さなければならない。
わたしは疲れた頭をフル回転させる。第1回脳内会議、開始。
本人だったとしたら、長らく会ってなかったし、ちょっと話したい。
でも人違いだった時が怖いな。
絶対赤面するし恥ずかしいやつだと思われる。
なら、声をかける前に本人か確かめる方法は何かないか?
そうだ、ちょっと通り過ぎてから振り返って、本人かどうか確かめよう!
ある程度距離を保てば怪しまれないし、人違いだったとしても暗いから顔見られないやろ!
全会一致で可決された案を引っさげ、悠々と彼らの横をすり抜ける。
そして、しっかりと距離を空けたのち、わたしは満を持して振り返った。
……遠すぎて見えない。
周りが暗いことによる悪影響を完全に見落としていた。
さらに、振り返っても本人かどうか分からなかった時のことを一切考えていなかった。
(や、やっちまった!!どうしよう……)
悠々としていた2秒前から一転、今度はパニックに陥る。
臨時脳内会議が、開始された。
どうする?どうします?
このままその場で留まるのはどうだろう?
いやそれだと確かめられるかもしれないけど、すごい怪しい人になってしまう。
自分を追い抜いて行った自転車が自分の前で止まって、
乗ってた人がじっと見てきたら相当怖いし。
ならどうすればいいんだ!
よい案が出ないことを尻目に、彼らは確実に1歩1歩近づいてくる。
わたしが下した決断は……
(このまま帰ろう)
確認することもなく帰る、というものだった。
「知人と話せるかもしれない」というメリットより、
「相手が人違いで恥ずかしい思いをする」というリスクを取ったわたしは、
ゆっくりと自転車を漕ぎ始める。
あんなに悩んだ時間はいったいなんだったのか。
そう思わなくもないが、気を取り直して帰路を急ぐ。
今日もまた、「町中で知人っぽい人を見つけたときの葛藤」との戦いが、終わった。
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