2024.11.16ひつじの旅~バリ編~
最近、とても嬉しい日があった。コーヒーを提供する人間として幸せを感じる日だった。
この奇跡のような日を、奇跡のような日だと説明するためには、また前置きが長くなる。この日の出来事を記す前に2人、紹介しないといけない人がいる。
ひつじ製菓、そしてゆみこさんとの出会い
ひつじ製菓を初めて知ったのはいつだろう。自分でもあまり覚えていない。おそらく社会人になってすぐくらい、22歳の頃くらいだろうか。予約の取れない完全予約制パティスリー。たまにゲリラ的に各所で販売を行うと開始予定前から長蛇の列。開店前から並んでも買えないなんてことも当たり前。手に入れたら奇跡。みんなに崇め奉られ、一口くれとせがまれる。はるか昔、一度だけひつじ製菓のケーキが手に入った日があった。残業だらけだった会社から一目散に逃げ帰り、少しいい外食をして、ゆっくりお風呂に入って、コーヒーなんて自分で淹れてみたりして、ドキドキしながら食べた。とろけそうになったのを覚えている。
聞くと、フランスや東京の名店で長く働いておられた女性が1人で営んでいるとのこと。山陰にもすごい人がいるんだなあと感動したものだ。
そして、時は流れ27才。ついにひつじ製菓のゆみこさんと出会う日が来た。今働くイマジンコーヒーに入って1ヶ月後のこと。イマジンコーヒーでは月に1回、ひつじの日と題してひつじ製菓のケーキとイマジンコーヒーのコーヒーのペアリングを楽しむ企画を行っている。ここで初めてご本人に出会うことになるのだった。
提供するのは我々スタッフなのだが、ひつじ製菓のゆみこさんはお菓子の納品でこのお店まで来るらしい。
その日まで、ゆみこさん本人には会ったことも、写真で姿を見たこともなかった。長髪で妖艶な雰囲気で、黒いワンピースなんて着てくるんだろうな、と勝手な予想をしていた。(お菓子食べたことある人ならなんとなくこの感覚がわかるだろう)
そして現れたゆみこさんは、想像とは全く違う姿だった。Tシャツにデニム、ショートカットの小柄な女性。見た目は僕の少し年上くらい?というほど若く見える。ニコニコしていて、とても気さく。なんだか少女のような人だなと思った。お菓子と本人の見た目のギャップに驚いたのを覚えている。
最近入ったばかり、何も知らない僕にも気さくに話しかけてくださり、興味を持ってくれたのが嬉しかった。それから僕がヘマした話や、僕の変なところを笑ってくれ、「次世代の青山が現れたね」と面白がってくれた。(今思えば心外だがなぜかその時は嬉しかった。青山については全話まで参照)
そのころ絵を描くことにハマっていた。自分のSNSアイコンを自分で描いていて、時々それをきっかけに人のアイコンを描いていたりした。あるときそれを知ったゆみこさんから「わたしのも描いて欲しい」と言ってもらい、ぶるぶると震えながら筆を走らせたのを鮮明に覚えている。
そして、そのイラストをLINEのアイコンに使ってもらった。それだけでもとんでもなく嬉しかったのだが、お礼にと僕の誕生日に、僕のためのケーキを焼いてくれたのだ。僕の好きなものが詰まったケーキ。感動で食べられなかった。嘘だ。食べた。
新キャラ、にゃにゃまる
僕がコーヒー屋で働き始めて一年が経った頃だった。オーナーが突然、今日面接があります、来たら2階に通してくださいとやってきた。僕らのお店でスタッフが増えることは何度かあったが、ほとんどの場合は採用募集を公に行い、応募があって面接という流れ。こんな突然なことはない。そしてやってきたのは丸メガネで黒髪の女性、幼くも見えるし、年上にも見える、なんだか少し独特な雰囲気。少し緊張している様子。僕もなんだか緊張しながら2階へ耳を澄ますと、笑い声混じりにオーナーと楽しそうに話をしていた。彼女が帰った後、オーナーにどうでした?と聞くと、良い人に出会いました、と即採用。あとから話を聞くと、すでに自分で焙煎から行っている珈琲屋さん、最近松江に引っ越してきて店舗の開店準備中なのだとか。そうして突然仲間入りしたのが升尾珈琲のゆきさんだった。
話は変わるが(変わらない)、今思えばその数ヶ月前、面白いイベントなどの情報をよく知ってるお客さんから、「あしたから大山でおもしろいの開催されますよ」と、見せてもらったフライヤーがあった。それがこれ。
ちょっと笑っちゃいながらも、このフライヤーが記憶に残った。なにより、それを紹介してくれたお客さんの楽しそうな顔が忘れられなかった。
さて、置いてけぼりにしてる気がするので説明すると、にゃにゃまるてんの主催、というかにゃにゃまるの生みの親、というかにゃにゃまる本人、それがゆきさんなのだ。
「にゃにゃまる」とは、ゆきさんが小学校のときに自分につけたあだ名である。しかしいつからか、ゆきさんが落書きのように描く猫のキャラクターがにゃにゃまると呼ばれるようになった。にゃにゃまるは周りの人に面白がられ、ゆきさんの意思とは無関係に世に広まり、自分で動き出すようになった。そしてにゃにゃまるが好きな人が集まって開催されたのがこの「にゃにゃまるてん」だったのだ。つまり、にゃにゃまるとは升尾ゆきから独立した自我なのである。さて、先ほどよりみなさんを置いてけぼりにしている気がする。こちらは深く考えられなくても良い。ただ僕が言いたかっただけだ。
さて、こんなかたちで出会ったゆきさんなのだが、イマジンコーヒーに仲間入りすると、突然レジ横に「にゃにゃまるみくじ」なるおみくじを設置した。みんなでかわいいね、と笑っていた。が、これが侮ることができなかった。お客さんの目を一瞬で引くかわいい見た目。100円という手が出しやすい金額。かわいー!と手を出すと、おみくじからは核心をつくような言葉。全てが噛み合い、にゃにゃまるみくじは一大ムーブメントになって、女子たちのスマホの裏に姿を埋めた。もはやおしゃれアイコンともなった。これは、とんでもないやり手がきた、と驚愕した。
こんなにゃにゃまるなのだが、本業はコーヒー。僕らの働くイマジンコーヒーとは真逆の深煎りメインのコーヒー屋さん。ガツンとイカつい焙煎なのだが、抽出は優しく繊細。深煎りでどっしりしているがスッキリ飲みやすい、このギャップが唯一無二で多くのファンが付いている。
人柄は、温和でゆったりしていて、怒ったりとかしない。全体的にほどよくテキトー。彼女の前では少しテキトーになれて、そんなところもファンが多い理由なのだろう。
220農園とバリのコーヒー豆
前提ももう少し、あとすこし辛抱願いたい。
こうして別々に出会った2人だったが、一つの共通点が生まれた。それが220農園である。
もとはといえば、僕もにゃにゃまるも田舎育ち、ぼくらにとっては少しアーバンな松江に疲れ、「土が触りたい」と嘆いていた。前話までに登場した岩本も含めて農業がしたいと話していたところ、ひつじ製菓のゆみこさんの実家で畑が余ってるからやったら?とお誘いをいただいた。それからちょこちょこ隣町の境港へお邪魔して畑作業をしていた。
そして夏頃、ゆみこさんが旅行と研修を兼ねてインドネシアのバリ島へ旅に出られた。そして、帰ってこられたゆみこさんはバリから持って帰ってこられたコーヒー生豆を合計3キロ、僕とにゃにゃまるに分けてくださった。「これを君たちなりに焙煎して、その飲み比べとお菓子のペアリングの会をしよう!」と。
大大大先輩である2人、ひつじ製菓と升尾珈琲のイベント、その2人に僕なんてペーペーが加わってもいいのか...と不安かもなったが、こんな機会を逃してはいけないと、参加を決めた。
焙煎
そうと決まればおいしく焙煎しなくてはいけない。僕がいつも練習している焙煎度は一般的にいえば浅煎り、しっかりと豆が持つフレーバーとフルーティーさ最大限に出す焙煎である。まずはいつものようにいつもの焙煎度で焼いてみた。そして味をとってみると、なんだか笹のような、青い葉っぱのような、フルーティーとは言えない、青臭い感じのコーヒーになった。
なるほど、どんな豆でも同じアプローチじゃダメなんだよとはこういうことか。少しづつ焙煎度合いを上げていくと、だんだん甘さとフルーツっぽさが出てきた。なるほど面白い。だがその分焦げのような煙たい感じも出てくる。
もらった豆は1.5kgのみ、何度も失敗はできない。同じようなバリの豆を別で商社さんより買って、何度も練習した。(実際、この豆と同じアプローチをしても同じ結果にはならなかった。面白い。)
試行錯誤し、焦げの味もほとんど出てない、フルーティーさもある、甘さもしっかり伴っている、そんな焙煎ができた。
スパイスのようなパワフルなフレーバー、パッションフルーツのような南国フルーツ感、最後はどっしりとしたシロップのような甘さで終わるコーヒー(今思えば修正点はまだまだ山ほどあるが。)
そして当日
この会は、6名限定の完全予約制、それを3回行なうように予約をとっていた、つまり18名。ひつじ製菓さんに予約をお任せしていたため、予約が埋まったのは一瞬。驚いた。だらだらと決意を記したInstagramの投稿を考えていたらほとんど予約が埋まっていた。
そして当日を迎えた。実はにゃにゃまると僕は、前々話に出てきた平安蚤の市、前話の出西窯などで、今日ために器やカップを揃えていた。僕が提供するコーヒーには僕のカップ、にゃにゃまるのコーヒーはにゃにゃまるのカップと、その個性も面白かったと思う。
そしてもちろん僕のコーヒーとにゃにゃまるのコーヒーも全く違うものが出てきた。前述した通り、僕の中では深煎りと言えるくらいまで焙煎したコーヒーだったが、にゃにゃまるのコーヒーと一緒に飲むと、もはや浅煎り。そのくらい、にゃにゃまるは極深煎りに仕上げてきた。スモーキーでイカつい深煎りだが、バリ豆の持つスパイス感と甘さがしっかり出ているコーヒー。なんだか、ウィスキーなどの洋酒のような雰囲気があった。
そしてひつじ製菓のお菓子は5種類、なんという贅沢だろうか。
始まってみれば、緊張もすぐに忘れて、その企画を楽しんだ。僕は提供する側だったのだが、お客さんと同じくらい、もしかしたらそれ以上にペアリングを楽しんでいた。ペアリングとは簡単にいうと、「このお菓子とこのコーヒー合うね!」って話なのだが、これがまた奥深い。
例えば、ブルーチーズケーキひとつとってもケーキを食べた後ににゃにゃまるのコーヒーを飲むとブルーチーズの香りがパッと口の中に広がる。逆に僕のコーヒーだとブルーチーズの香りはなくなり、すっきりと終わる。
バナナとパッションフルーツのボンボンショコラを食べた後だと、僕のコーヒーを飲むとパッションフルーツやバナナのフルーティーさが口の中に広がる、にゃにゃまるのコーヒーだとどっしりしたチョコレート感で終わる、と。
僕個人の意見として、コーヒーの楽しさの一つはその多様性である。いろんなコーヒーがあって、いろんな美味しいがあって良い。そして、いろんなシーンにそれぞれのコーヒーが溶け込むと、さらに嬉しい。
今回の会はまさにその幸せを感じることができた。どちらのコーヒーが美味しいとか美味しくないとか単純な二つのゴールではない。これとこれを合わせるとこんな味になる、このペアが好き、私は好みが逆だ、など、人の味覚の違い、コーヒーの違いについてああだこうだいう時間が何とも幸福であった。
また、3回に渡って会を繰り返したのだが、その回によって盛り上がる話題が違うことも面白かった。ときにはコーヒーやスイーツの味のこと、ときにはゆみこさんのバリの旅やコーヒー、カカオの生産のこと、ときにはうつわや最近のたわいもない出来事など、自然発生的に起きる会話にみんなで盛り上がった。
誰も無理していなかった。最初は僕もお金をもらっているのだからと、ちゃんとした話をしようとしていた。だが、ひつじ、にゃにゃまるの2人は全く気にせず自然体。その場で盛り上がる話を、自然体で楽しんでいた。これは経験の差だなあと未熟さを実感。この人たちが楽しんでるからお客さんにも伝わるんだと。そこからは僕も自然に自分が楽しもうとスイッチを切り替えた。が、できていたかなあ。
その後は、楽しかったねーなんて話しながらゆっくり片付け。打ち上げで少しのお酒を飲んで、充足感の中に帰宅。それにしても、今日はたくさんコーヒーを褒めてもらった。僕もそこそこ、いい焙煎士になってきたんじゃない?なんて、お気楽なことを考えながら眠りについた。
終わりに
次の日、松江で若手のコーヒーイベントが開かれていた。そこに、今は関西でコーヒー修行中、元同僚で、今もコーヒー勉強仲間であるカイトが始めたコーヒー屋、fomalhaut coffeeが出店していた。そのコーヒーを飲んで驚愕し、打ちひしがれ、前日のちょびっとの驕り(自己肯定感ともいう)が一瞬にして砕け散ったのは、また別の話。
(人は会うべきときに会うべきものに会うのだね)