人は波に逆らえない
生まれて初めて、海を怖いと思った。
小さい頃から海にはよく連れて行ってもらっていた
母が特別海が好きで、毎年のように海の近くの旅館に連れて行かれていた
そのうち私も、朝の海、日が沈む前の海、沈んだ後花火の打ち上がる海、いろんな色を見せてくれる海が好きになった。
今日、私は小田原に来ている。
生憎の雨で少し暗い街。それでも人はあたたかくて、優しい街なんだと思った。
宿泊施設から100mで海が見えると聞き、18時すぎ、海を見に行った。
トンネルのような場所で、中は暗く、先に海が見えるような不思議な入り口があった。
上が高速道路になっているようだ。
それもあり、車の走る音と、波の音が混ざりとても大きな音がする。
トンネルの向こうに海があると信じられないような場所で、
今自分がいるのは日常で、向こうがテレビや映画の中のように思えた。
少し怖気付いたけど、海をちゃんと見たいと思い前進した。
トンネルを抜けると左も右も海。さっきまで遮られていた光が解放され気分がよかった。
風が強いわけでもないが、波は荒れている。
いつも見ていた海よりももっと薄い、灰色のような海。
波はこちらに寄せてくる。
岩にぶつかり飛沫をあげてこちらに寄せてくる。
私はもっと近くで見たいと思い、また足を前に進めた。
すると、波はだんだんと大きく、高くなり、私を追いかけてくる。
私にはよく見る夢がある。
家族で海水浴にいき、一通り楽しんだ後に
海岸沿いのコンクリートの階段のようなものに座って休んでいると
とてつもなく大きい波が私たちを覆い被さり、逃げる暇もなく海の中に連れられていく。そんな夢を見る。
でも夢の中の私はただ怖がっているだけではなく、少しばかりスリルを楽しんでいる。
でも、今は夢の中にいるわけじゃない、現実だ。
ここでスリルを味わう余裕はない。
とにかく怖い。逃げろ!と思った。
急いで走り、自分の陣地に隠れるようにさっきのトンネルに戻った。
でもまだ安心はできない。だってトンネルの中まで波が押し寄せてきたら…
トンネルは狭いからすぐ水でいっぱいになり私を自分(海)の中に取り込んでくる。
そう思って、早足でトンネルからも出た。
トンネルを出るとそこはやはり穏やかな街で、さっきまでの恐怖が嘘のようだった。
このトンネルは別世界に連れて行ってくれる不思議な入り口なのかも。
そう思ってもう一度向こうを見るとやっぱり大きな波が「バシャーン」と音を立てている。
生まれて初めて海を怖いと思った。
海は美しく、優しいものだと思っていた。
海が怖いという人を「どうして?」と不思議に思っていた。
生まれて初めてもう海を見なくてもいいかも知れないと思った。
私に牙を剥いて、怒っているようだった。怖い一面を知ってしまった。
明日の朝、もう一度あのトンネルに行ってみよう。
その時にはもう、怒りが収まりいつもの優しい波になっていると信じて。
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