空知で暮らす
ぼくは今、空知で暮らしている。
なぜ、ここに行き着いたのか。理由を聞かれても、ちゃんと言葉にしてこなかった。考えていることが抽象的すぎて「呼ばれていたから」といった表現をしてごまかしてきた。
そんな理由で移住できるほど、自信もスキルも金もない。人生をかけて実現したいことがあるから、ここに来た。
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ぼくは子どもの頃から、臆病で我儘なやつだった。他人にどう思われているか気になるから、その場の空気が良くなるようにいつもチャラけてた。
そのくせ納得いかないことがあると絶対に曲げたくないから、意見を譲らなかった。他人からすると大したことないポイントが気になって、喧嘩することもたくさんあった。でも、よく喧嘩した相手は、後になって仲が良くなるもんだ。
反抗したいだけなのか、あまのじゃくな性格のせいなのか、自分の決断に対しても自問自答を繰り返す。本当にそれがやりたいのか?自分はなぜそれをやりたいのか?どんだけ自分が好きなんだよってツッコミながらも、思考を繰り返す。
自分のツイッターとかブログとか何度読み返したことか。それでもいつも道に迷う。あれ?自分は何がしたかったんだっけ?
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ぼくは今、空知で暮らしている。
ここは札幌の実家から、約一時間で来れる場所にある。子どものころによく通った地域だ。今住んでいる町のことは全く知らなかったけど、その周辺にはよく遊びにきていた。
そんな縁があるのかないのかよくわからない場所に住み始めた。この場所で人生をかけて実現したいことがある。どう実現したらいいのかは、まだわからない。
「心地よく暮らすこと」
これが私の実現したいこと。ただ、それだけのこと。
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ぼくは大学を卒業した後、東京で働いた。会社員生活を5年ほど経験して、日本全国を放浪した。当時の彼女、現在の妻であるパートナーと共に、毎日知らない土地を歩いた。
きっかけは何だったのか、曖昧な記憶が重なり合う。複数の出来事が混じり合って、仕事を辞めて日本を旅するという決断に至った。会社の将来に期待できない、ワーホリに行ってみたい、東日本大震災が起こった、同じ考えを持ったパートナーと出会った、いくつかの理由が揃ったから旅をした。
本当は海外を旅してみたかったんだけど、まずは自分の生まれた日本のことを知りたかった。実際のところは、何ヶ月も知らない国を旅する勇気がなかっただけかもしれない。世界を旅した人は、みんな尊敬する。
旅をしてから、人生が目まぐるしく動いた。とにかく目の前のことに一個ずつ向き合って、やりたいことをトライして、失敗したり、ちょっと成長したり、落ち込んだり、夢中になって進んだ。
本当に人に恵まれて、こんな奴が出会えるはずもない人たちにたくさん巡り合わせてもらった。ちょっとだけ勇気を出して、心の向くままに進んでみたら生きることが楽しくて仕方なくなった。
あの頃は毎日カオスだったけど、無敵だった。明日死んでも悔いはなし、そのくらい毎日楽しくて新鮮だった。なにか実績を残せたわけでもないけれど、自分の人生にたくさんの財産が残った。
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ぼくは今、空知で暮らしている。
やりたいことをやるのは簡単だ。ひとりだったらいくらでも好きなことをやったらいい。やりたくなくなったら辞めればいいんだから。
でも、人はひとりじゃないから簡単には生きられない。誰かが苦しんでいたら助けたいし、誰かが悲しんでいたら一緒に涙流したい。それができる方が心地よく暮らせるはず。そう思う。
楽しく、心地よく暮らすには、生きやすい社会になってもらわないと困る。自分はいくらでも好きに生きられるけど、仲間が心地よく暮らせないなら、それは悲しい。だから手段を増やしたい。目の前の人におすそ分けできるように。
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ぼくは30歳を過ぎて、地元の北海道に帰ってきた。いつか帰ってきたいという思いは、想像よりも早く果たされた。
帰ってきてからの北海道は、学生時代の自分が知っている場所とは全然ちがう場所だった。そりゃそうだ、十年分もみんなより情報がない。自分が見てきた景色はここにはない。
故郷なんて感覚、とっくに薄まって消えていた。記憶の中にあるのは、何個も思い浮かぶ第二の故郷。自分を流れる血にも、人類を流れる空気にも、あまり興味は持てない。興味があるのは、どう死ぬかだけ。
戻ってきたけど、自分にやりたいことなんて大してなかった。ただ目の前にある山を登るだけ。どうせなら景色の良いところまでは行きたい。心地よい、風の吹く場所までたどり着きたい。
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今、空知で心地よく暮らすこと。
私の人生をかけてやりたいこと。目の前の人が困っていたら、ちゃんと正しいと思う言葉を伝えたい。自分が死んだ後、好きな人くらい楽しく暮らしてほしい。それが心地よく暮らせる方法なんじゃないかと思っている。
世間がつくってることなんてどうでもよくなーーい?自分の好きなように暮らさなきゃ意味なくなーーい?こんなことが当たり前になる日が生きているうちに来ることを願って、コツコツと自分にできることをやって楽しく暮らしていきたい。
いつまでいるのか、これからなにしていくのか、ぜんぜん見えてないけど、まあそれでいっかって思えるようになってきた。今までも、なんとか暮らしてこれたし。楽しく、目の前の人を大切に、コツコツ山を登りましょう。またね、今日の自分。