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〈詩〉嵐のあと

青い実が落ちているよ
柿の実が
水の上に浮かんでいるよ

深く掘られたその池は
造成された宅地の一区画で
隣の庭から枝が延びていたんだ

いつもより水量の増した池の面に
青々とした秋空が映り
ぷかりぷかりと身を任せ
浮きつ潜りつしていると

水底では泥土に生えた草叢が
右や左へ揺れなびき
遠くや近くの樹の上では雉鳩たちが
楽しい歌やさみしい歌を鳴き交わす

ぼくがまだ枝にぶら下がっていた夜は
すさまじく強い風が吹いていた
「あっ」という声が聞こえて
枝を離れてくるくる回り
上も下もわからなくなって
闇の中に大きな山百合の花が咲いたかと思うと
オレンジ色の花粉にまみれた雌しべがあらわになり
稲妻が空に昇った

そうしてやって来た次の朝
ぼくは池の水に浮かんで
ぷかりぷかりとやっていて

海の女神のねくたれ髪は
束ねればほどけ 
いつもほどけて揺れ続け
雉鳩たちは枯野の彼方の高木にいて
創造の呪文を口ずさみ
いつまでも口ずさみ続けて

たった一つのものであるぼくという青柿は
いつしかこの池の深みに沈んで行くだろう
深い谷間の土に埋まってだんだん熟し
いつしか美味い酒になり
世界の中に拡散して遍在するので
もうたった一つのものではなくなるのだ

そうしてぼくは天と地とを酔わせて
地面にクヌギやコナラのどんぐりをたくさん落とさせる
それを栗鼠やなんかの動物たちが
きっと今頃食べている

だから
ぷかりぷかりとやっている
今日はとてもいい日なんだよ
嵐のあとの朝のひととき

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