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黒戌氏の鑑定を受けた日

はじめに。
僕は生きている間に、何度頭の中の考え事を無駄にしてきただろう。
どうして忘れやすいのに、書くことを億劫に思い、声に残す事も、出す事も憚り、無駄にしただろうか。
その思いに蓋をし続けた癖に、
自分で見えないように隠したのに、あたかも周りのせいにしたのは、どこのどいつなのか。

そう、すべて自分だった。

鑑定を受けたのは11/14日の事だった。
いつも鑑定予約の日程が出てから、
自分が見る頃には都合の合う日が埋まっていた。
だから、忘れやすいながらも8月からは特に鑑定予約をすぐに見るようにしていた。(2回位忘れてしまったが。)
だが、都合のつく日があっても、今度は逆に自分が躊躇っていたこともあった。
それは、鑑定前に読むことを推奨されている注意書きを見れば見るほど、
考えれば考えるほど、自分がちっぽけに見えてしまうからだった。

お前の悩みなんか周りの人に比べたらどうしようもできない問題か?
自分で解決することを面倒くさがってないか?
そんな簡単な事で悩んでるのに本当の問題がわかるようになってもなんの意味がある?

何度も何度も、自分に問い続け、躊躇した。
だが、それももう限界だと感じた。そう考えて、悩み続けているという現実がとてつもなく苦しく、誰かの力を借りてでも解決すべき問題だと感じたからだ。
だから僕は、鑑定を依頼した。

鑑定自体は思ったよりもすんなりと、言われるがまま終わった。
鑑定前は、
「結局、自分が頑張ってないのが悪いって言われるんだろうな」と勝手にたかをくくってしまっていた。
だが、言われたことは、

あなたはの心の中は成長が進んでいません。
子供のままで止まっています。
それは、言うなればあなたは熱帯魚なのに、南国の海に住むのではなく、
深海魚の住むような海底近くに進んで住んでいるからです。

黒戌氏曰く、
僕が本当に得意なのは、
何かを書いたり、作ったり、
もしくは何かに秀でて形に残して、
それで周りの人に表現すること。
これが得意なのは世の中に少なく、
世の中の普通と同じように生きていても、満足できないそうだ。

これを聞いて、とても心が救われた。
正直今まで生きていても、何をやっても、満たされることなどなかったからだ。
楽しそうなことは、探せばいくらでもある。
音楽、テレビ、作品、ゲーム、スポーツ…
誰かとそれらを共有すること。
僕の周りの人は皆、それらを共有することで話をして仲良くなってる。
実際に僕もそれらを楽しむし、その話を他の誰かとして、喜ぶ。
その過程の中で、自分自身のものを
作ってみてもらうことは、いつかできたらと思い続け、やらなかった事だった。

周りの評価が怖い。喜んでくれるかもわからない。誰の心に響くのかもわからない。
だからどう作っていいのかもわからない。
そんなものに、今の生活を続けながら時間を割いても、何も生まれない。
むしろ、今の周りの人の言うことを聞いていないと、生きていけなくなるかもしれない。

そう自分に言い聞かせ続けて、今まで生きていることを思い出した。
でも、それを環境のせいだと思い込み、高校から九州〜関東〜北海道へと環境を変えたのも、自分の意志だった。
親元を離れ、特別職国家公務員、
つまり自衛隊という安定した職に付けば、とりあえず生きることには困らない。
そして、3.11を見て思った、人を助けることを生き甲斐にすることもできる。
ひとまず親に迷惑だけかけないように、
と選んだ道だった。

自衛隊という職は、悪いわけではない。
僕の場合、衣食住には困らないくらいの「生活」はできている。
仕事を溜めなければ自分の時間もちゃんと取れる。
その生活が安定した瞬間、おそらく僕の創作に対する意欲は、「生活を安定させる仕事」にどんどんシフトしてしまったのかもしれない。
2つのことを同時並行的に進めるのは、できない訳ではないが、そのためのスキルが求められる。

おそらく、今の仕事をずっと続けるなら、悩みは一生つきまとうと思います。数年で仕事は辞めることを検討したほうが、生き甲斐を感じるかもしれません
あなたはまだ若い。可能性なんていくらでもあります。だからまずは塞ぎ込まずに、自分の可能性を信じて楽しむことです。

自衛隊を辞めること。何度も何度も考えたことだった。入った当初、疲れすぎて2度も「辞めるか死ぬかしか考えられません」と上司に詰め寄った程であったが、「初めのうちはよくあることだ」となだめられたて終わった。
そのことを指摘されるとは思っては居なかった。
そして、辞めるべきだと言うことを霊視で伝えてくださった黒戌氏の言葉に、言葉も出なかった。
ただひたすらに、「その通りです」
としか言えなかった。

鑑定が終わって、一ヶ月半たった今。
やっと、日常の欲を抑え、(?)
今ここにこうして体験談を書いている。
本当は、こういうことはその日にやるべきだと思う。
でもそれが出来なかったのは、「仕事が忙しかった」という言い訳を
取り置けば…
ひとえに、書くことを習慣化できていない自分のせいだと、痛感している。

考えを、形に残すこと。
それこそが自分がやろうとしてもやめていた、好きなのに嫌いなことだったから。

その嫌いな第一歩を好きに変えるために、こうして体験談を書いている。
形にすることは、今の僕にとって、
やってこなかったことなのでとても難しい。
やらなければ、どんなに好きなことも塵の数ほども上達しないはずだ。

記憶を形に残す第一歩として、そして黒戌氏に近づく第一歩として、冬に
道東の神の子池、龍の木を巡り、
その記録を黒戌氏のオンラインサロンの方に投稿させていただこうと思っています。

出来の程は素人レベルだと思いますが、もしよければ見ていただけると幸いです。
サロンに入ってない方で、この投稿を見た方は、ぜひこの機会に黒戌さんを検索して頂き、
「真実の歴史」を知って頂けると幸いです。

最後に、こんな拙い文章を
最後まで読んでくださってありがとうございました!
どんなことでも良いので、ご感想あれば教えて頂けると幸いです。

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