なんでもない1日
なんでもない1日を記そう
今日は仕事をした
ずっとやっているタスクがそろそろ終わりそうで 少しだけいい感じだ
なんとなく 友達とあった嬉しさがまだ体の中に残っていて
そのことについて できるだけ 考えたり そこから転がったりしたいと考えていたりする
また本を作ってみたいと考えたりする
でも 引っ越し を決められない 先延ばしにしてしまっている というのも事実である それはそうなのであった
俺は 先延ばしにしている これは事実だ
今日のブラックジャック でもあったけど
あの義手はいっちーにとって必要だった 必要なものだったのだ
そして必要なものがあると 人は 嬉しいのだ
そこにあってくれて ありがとう という気持ちになるのだ
そして それは 強い力をうむ
俺も車が ついに亡くなった
亡くなってしまった 体の一部が亡くなってしまったかのような辛さがある
運転はある意味サイボーグ化のことである
どうしたら どう動くのかがわかり切っているものがなくなってしまったら、そりゃ悲しいだろう ということだった
ここで思ったが 俺はなぜあの車に乗っていたのだろう
そう、必要だったのだ そして 数ある車の中からたまたまあの車が選ばれた
偶然俺はあの車に乗ったのだ そして6年ぐらい乗っていた 中古車で。 本当よく頑張ってくれたと思った
そして 今の俺は 車を手放しても よくなったのだ
今も必要だったら 無理して治したり すぐに新しいのを買ったりするだろう
でも今は そうじゃないのだ 必要さがなくなったのだ 俺は変化した 6年前と比べて
今の俺にとって 何が必要なのだろう
車があることによって ある意味無理ができていた
移動範囲が増えるから 休日は車に乗ればある程度どこにでもいけた
事実、そうであった
でもそれがなくなって、思ったように移動ができなくなった今
俺は どんな場所に住めばいいのだろう
車があることによってギリギリ帳尻を合わせられていたような感覚だったが、いや 合わせているつもりになれていたが
それがなくなったことで、 無理をしていることが暴かれたような気持ちになった
あの車は、最後に それを 俺に 教えてくれて 去って行ったのだった
俺は一人になってしまった 体の一部を失った
それはとても悲しいことである
先延ばしにしていた引っ越しも 理由を探していた引っ越しも
引っ越し では無く 場所なのだった もっと言えば人だ
選ぶ というより 転がっていきたいと思う
そうやって自分で決めたい
決めたいんだ 自分で 自分で決められるのだよ
得意理論もバージョン2を考えたりする必要もある
一生懸命やってみて
まず面白がるというのは大事だろう
面白い 面白くする
面白い方に したい 面白くしないと 面白くはならない
面白くない 今の生活の部分 そこと向き合ってみれば
自ずと転がる方法は決まってきそうなもんだ
そこをわかっていないから なのではないかとも思うがね
その不全感が 俺の足を重くしているんだよ
そこを紐解けば 自ずと道は開けそう
考えるより動けそう
何がつまらないのだろう俺は、、
ビッグウェーブを求めるが毎日は細波
細波でいいと思う部分と悪いと思う部分がある
細波でなければ日常ではないか
でも もっと 今よりもっと 面白い細波がいい
それはどうしたらやってくるのだろう
そもそも 面白い細波ってどんな波だろう
イメージするんだ
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