ドレスを着た私は何も言えない
4時50分。
お客様にバレないように店内でこっそり携帯の時間を確認する。騒がしい洋楽が流れる店内、目の前には氷の入った冷たいお酒の入ったグラス、隣には年配の男性、髪の毛まで染み付いたキツいタバコの香り、ドレスを着た私。
閉店まであと10分。
店内は今までただでさえ暗かったのに、更に暗くなりムードの良い曲が流れる。
もう閉店だからそろそろ帰れよ、という店の精一杯のアピールだ。
この時間まで粘る客は、閉店してもだらだら居座ろうとする奴もいる。
隣に着いているのは指名の客。建築関係の社長らしいが、詳しくはよくわからないし興味もない。飲み方は派手だし気前も良いし、比較的さっぱりしているので嫌いではない。ただ、彼としては優しさなんだろうが何度も延長するタイプで、もう来店してからかれこれ4時間は経っているのでいい加減話しに私はうんざりしている。
3時間ほど前からもう話のネタが尽きて早く帰ってくれ、と願いながらも話をどうにかこうにか繋いで、ヘルプの女の子たちの力も借りて時間をのらりくらりと過ごしている。
1時間置きに来るボーイに、お時間ですけど延長されますか?と客に聞き、客は私に「延長しようか?」という言葉を言うので、反射でつい「嬉しいです!有難うございます‼︎」答えてしまう。言った後すぐに後悔はするが、金には変えられないし、これが仕事だ。また更に1時間もこの不毛なやりもりをするのか..と絶望しながら過ごす。
こんな全く無意味な時間を過ごしながら、やっと閉店の時間が近づいていた。そしてこの10分すら長く感じる。
「店内暗くなっちゃいましたね、もうすぐ閉店かぁ早いな〜。楽しすぎてあっという間でびっくり〜!」
客に心にもないことを笑いながら言う。要約すると、早く会計して帰れ。という意味だ。
「もうちょっとユナと一緒に居たいな。この後、知り合いがやってる店が近くにあるんだけど、一緒にどう?友だちも誘っていいからさ」
悪びれもなく客はそんなことを言う。頭いかれてんのかこいつは。もう4時間居るんだぞ。これ以上もなにも無いだろ。帰れ。私は帰りたい。しかもアフターは金銭が発生しないので意味がない。
「え〜嬉しい!でも、残念なんですけど、私明日学校なんですよ〜。授業ちゃんと出たいから、また今度お店に来る前に連れて行ってください。デートしましょ!」
もちろん同伴への誘導だ。それならお金が出る。
因みに明日学校があるのは本当だか、14時からの枠の授業だから本当は余裕だ。キャバクラの仕事を始めてから、仮眠で2.3時間取れればわりと普通に1日動ける身体になった。
「そうかーじゃあまた連絡するよ。来週行こう。仕事の予定見て、また連絡するから」
物分かりの良い客で助かる。こういう遊び慣れている客ほど、こちらの意図を汲み取ってくれるから好きだ。
客としては優等生で好きだが、40代後半のおじさんには全く男性としての興味が無い。どれだけ長い時間を過ごしても、だるいだけだ。お金をもらえないなら一緒にいる意味は無い。
「お話中失礼致します、お時間になりましたのでお会計お願い致します」
1つ年下の若いボーイが伝票を持ってやって来た。隣に座る客とは違って細い体、黒くてさらさらの髪、色が白くて、脚が長いので黒いスーツがよく似合っている。
伝票を持ってくるのが遅すぎたので、早く上がりたい私は内心舌打ちをしたい気持ちだったが、彼の美しさに免じて許そう。
「お疲れ様〜」
先に着替えていた店の女の子たちに挨拶しながら、自分もロッカー室でドレスから私服に着替える。大学終わりでそのまま出勤しているので、パンツスタイルでスニーカーだ。
送りの車を待つ間、さっきまで客が居て煌びやかだったソファ席に腰掛ける。今はもう閉店しているので部屋も明るく、うるさかった店内のBGMもない。女の子やボーイが雑談をしていたり、ソファで飲みすぎて潰れている女の子が寝ていたりする。
私は前を通り過ぎようとする先程の黒髪イケメンのボーイにそれとなく話しかけた。
「海くん明日も学校?」
このボーイの海くんは、ラッキーなことにキャンパスが同じだ。学科が違うので授業では会えないが、たまに学食で見かけたりする。
「明日朝1からっすねー。いい加減出席しないと単位やばいんすよ。」
前にもそんなようなことを言っていた気がする。こんな時間まで働いていたら、そりゃ朝からは辛いだろう。どうせ起きれずにそのまま出席出来ていないのだろう。
「わかる。私も午前授業は落としがち。しんどいよねー。」
私は朝得意だから、本当は単位はあまり落としていない。
営業前や、終わった後、海くんとはこうしていつもだらだらと雑談をする。見ている感じ、お店の女の子の中でたぶん共通点のある私と1番話している気がする。
ボーイと店の女の子は連絡先を交換しない決まりだが、実は最初に学校でたまたま会って向こうから連絡先を聞いてくれてこっそり交換していた。
話している感じから好意はあるように感じるが、職場が同じだからかイマイチお互いに踏み込めないまま、こんななんの身にもならないような会話しかできない仲のままでいる。
連絡もほとんどとっていない。
彼もきっと、お店がある以上あまり関係性が近付くのは良くないと思っているのだろう。
私も本当はもっと仲良くなりたいという気持ちはあるが、店で働きづらくなるのが嫌で、なんとなく踏み込んだ会話や誘いは避けている。
ボーイと付き合ったりしたら、周りの女の子にすぐ気付かれるし店側にも話がいったら最悪どちらかが飛ばされる可能性もある。
送りの車の中で、睡魔に負けて目を閉じながら、まぁそんなことは大した問題じゃないしどうでもいいような気持ちになってきた。
私たちはいつだって、場の空気を読みすぎてしまうばかりに本当の気持ちを隠して、言えずに、ただただ抱えて生きている。
#2000字のドラマ
#小説
#恋愛
#キャバクラ
#学生