「自由」と「自立」は同義だと思っている
こんにちは。
お盆に兄弟に合った時、「早期退職してん。これからは自由な生活を送るわ」と伝えたら、「これまでも自由に生きとったやん」と言われたNyupyです。
「自由」に毎日を過ごしたいと思っている。そう思っている人は多いのではないかな?まぁ、不自由に生きたい!って願っている人は居ないだろうけど。。。
「自由に生きる」について考えを巡らせると、「自由に生きる」の意味は人によって幅がある気がする。人の決めた枠の中で「自由に生きている」と思っている人もいるし、自分の枠さえ飛び越えて生きる事を「自由に生きる」と思う人もいる。
どれが正解でもないと思うので、自分の思う「自由に生き」ればいいと思うけど、人によって「自由に生きる」の考えは違うことを理解し尊重するのが重要だよね。
身近なところでは、実家の母は父の決めた枠の中で「自由に生きたい」人だった。
私たち兄弟は父の決めた枠で生きる事に息苦しさを感じていたので、働き始めるとサッサと家をでたのだが、母は父のそばで楽しそうに生きていた。
母の事は大好きだったので(父の事も嫌いではない)、一番息苦しさを感じていた大学生の頃に「お母さんは自由にいろんなことをやりたくないの?」と聞いたことがある。母は「大きなことはお父さんが決めているけど、お母さんもいろいろと好きにしているのよ」と笑顔で答えていた。
私にとっては息苦しい状況でも、母にとっては自由な状況なんだなと、人によって自由の考え方が違うことを体感!
親子でこんなに違うのだから、他人の考えは千差万別だと改めて実感したのだった。
では、私にとっての「自由に生きる」とは
自由と自立の両立で生きていくことだ。
自立しないと自由じゃないし、自由を楽しむには自立してが必要だと思っている。
自由と自立を辞書で調べると
自由:他からの束縛を受けず、自分の思うままにふるまえること。
自立:自分以外のものの助けなしで、または支配を受けずに、自分の力で物事をやって行くこと。
「思うがままにふるまう」には、「自分の力で物事をやっていく」ことが必要なんだろうな。こう書いていると「自由」になるには「自立」が必須なんだと考えている自分に気づく。
さらに「自立」について考えると、私にとっての自立とは2つあり精神的自立と経済的自立に分けることができる。
経済的自立とは、自分にかかるお金は自分で得る(稼ぐ)こと。家族やパートナーと離れても、自分の暮らしにかかるお金の心配はしなくても良い状態が経済的自立だと考えている。
精神的自立とは、一人でも機嫌良く暮らせる事かな。誰かに寄り掛るのではなく、自分の脚で立つ。一人でも楽しいけど、家族や友人や知人と居るのも楽しいって思える余裕がある状態が精神的自立だと思っている。
これらの自立と自由を得るために暮らし・働き・考えてきて、50代半ばの今、ある程度の自由と自立ができているのは幸せだなぁと、自分の考えを深堀って実感した。
心の深堀にお付き合いいただきありがとうございます。
皆さんにとって「自由に生きる」とは、どんな考えですか?
聞かせてもらえるとうれしいです。