カエルの女神と夜の王 第二話
いっこうに回るのをやめない半人半馬のふたりに話しかけるのを諦めたラナデアは、小さなため息をつくとまた元のように小屋の前にしゃがみこみました。わずかに頬を膨らませて地面を見つめていましたが、不意に蹄の音が止んだのでハッと顔を上げました。
「あんたが、ラナデアかい」
低いしゃがれ声でそう言ったのは、いつの間にか目の前に立っていた一頭の狼でした。狼の顔はラナデアのものよりもふた回り、いや三回り以上大きく、光沢のある灰色の毛皮とふさふさとした長い尾を持っていました。そしてその赤く光る両の瞳で、ラナデアのことをじっと見つめていました。
「は、はい。わたくしがラナデアです」
恐ろしくてわずかに声が震えましたが、ラナデアはまっすぐに狼を見つめはきはきと答えました。伯爵家の令嬢として評判を落とすわけにはいきませんでした。
「そうかい。待たせて悪かったね。あたしはメイドのラケルタ。あんたをお屋敷まで連れて行くからね」
「お、狼さんがメイドなのですか」
「ばかだね。姿を変えているのに決まってるじゃないか」
問いかけにフンと鼻を鳴らしたラケルタはゆっくりと地面に伏せ、ラナデアへ跨るように言いました。馬にさえ乗ったことのないラナデアは振り落とされやしないかととても心配だったのですが、不思議なことに狼の首回りの柔らかな毛皮を掴んでいるだけで体が安定しました。
「それじゃ、ちょっと速めに走るよ。しっかり掴まっておいで」
ラケルタはそう言うと、ラナデアが返事をする前に走り出しました。疾走する灰色狼の背中に乗ったラナデアの純白のベールが風に靡いて、頭に載せられていた花輪の花びらが何枚か散っていきました。狼の背中の上というのは馬のそれよりもずっと低くて、茂みの枝が鼻の先まで迫ってはあっという間に後方へと去っていきました。そしてよく見るとラケルタが走っているのは人間の通る道ではなく、動物たちの通る――いわゆる獣道でした。
森の奥へと進むにつれてあたりはどんどん暗くなっていき、走り始めて数分も経っていないのにラナデアには何も見えなくなってしまいました。もちろんラケルタは夜目が効くのでしょう、足取りに迷いはありません。
「ラケルタさん、あとどのくらいでお屋敷へ着くのですか」
「そうだね、十分もすれば庭園の端っこにはたどり着くだろう。それからもかなり走るけどね」
「ずいぶんと広いのですね」
「広いのですね、ってあんた、伯爵家の娘にしちゃ妙な感想だね。まあ、年中没落しかかっていると聞くしそんなもんか……」
「お父さまは、わたくしを外へ出してはくださりませんでした」
「ああ、だから滅多矢鱈に白いんだね。安心をし、きっと旦那様は外に出ることを許してくださる」
「なんて素敵な方なんでしょう! わたくし、とっても嬉しいわ」
「……」
背中の上で無邪気に喜んでいるのにラケルタは何か言いたそうにしていたのですけれど、やっぱりラナデアはちっとも気がつかないのでした。