実はウチの犬、ちょっとだけ話す。 第六話「エビフライと脚気」
俺は中華料理が好きだ。徳島駅前にもある某有名チェーン店の中華はとにかく美味い、安い、早いの三拍子が揃っていてよく食べに行く。特にエビチリが好きでいつも必ず注文する。
「おい、尻尾をくれよ」
「ダメだよ。犬にはエビやカニがよくないって聞いたことがある」
とはいえ家族がご飯を作ってくれるし、行くのは大抵二週間に一度くらいだ。今日の夕飯のおかずはエビフライで、タマがねだっているのはその尻尾だ。
「本当か? 昔は食べてもなんともなかったぞ。そら、その四角いのに聞いてみろよ」
タマはスマートフォンのことを「四角いの」と呼ぶ。ある程度の仕組みは分かっているようで、インターネットで検索してみろと言っているのだ。
「あれ、本当だ。エビやカニでも加熱すれば食べられるって書いてあるぞ」
「フン。じゃあ貰うぞ」
「でも、尻尾は硬いから内臓を傷つけるかも……」
止めようとしたけれど時すでに遅し。タマはぴょんとダイニングテーブルの椅子に飛び乗ると、皿から勝手にエビフライの尻尾を取った——なんて行儀の悪い犬なんだ!ムシャムシャと美味しそうに咀嚼しているのを見ながら、調べたことの続きを教えてやる。
「確かに加熱すれば大丈夫だけど、生のものは絶対に食べちゃいけないんだって。チアミナーゼという成分が、ビタミンB1の吸収を妨げてしまうから……チアミナーゼは加熱すると機能を失う」
「ふんふん」
「ビタミンB1は体内で合成することができないから、外部から摂取するしかないんだけど、チアミナーゼのせいで吸収が阻害されてしまうと欠乏症になり『脚気』の症状が出ることがあるんだ。犬猫は体が小さいから早くに欠乏症になりやすいということだね」
末梢神経障害と心不全によって脚が痺れてむくみ、心臓機能の低下・不全を起こすと最終的には死に至ることもある脚気(脚気衝心)は、白米食が流行した江戸時代にも多くの患者が出て「江戸患い」と呼ばれたし、大正時代には結核と並ぶ国民亡国病といわれていた。今だって極端な偏食やアルコール依存症、慢性的な下痢、利尿剤の大量投与、まれに遺伝的な食物中チアミン(ビタミンB1の別名)の吸収困難によって起こりうるんだ。
「なんだか難しいけど、食べても得しないっていうことはわかった。美味いんだけどな」
「そうだね。だから食べ残しを盗み食いしちゃダメだぞ。それに椅子にも上っちゃダメだ」
そう諭すとタマは神妙な顔で頷いた。でも、腹の中では舌を出しているのに違いない……。