いちばん変だった人
変な人には 変な人が集ってくる
私が好きな人たちは
みんなどこかネジが外れている
その理由はおそらく
多分、私自身が変だからだと思う
そこに対し特に深い意味もなく
驕ることでも蔑むことでもない事実で
今となっては殊更驚くことでもないのだが
その事実をまだ自認する前に
私の目の前に現れた
"人生で一番変だった人"の
話を記そうと思う。
ー 時は遡ること13年前のこと。
2011年、高校3年生の夏。
同じ高校で2年ほど付き合った彼氏に
「お前といると受験に失敗する」
という理由であっさりと振られた。
道内随一の進学校でありながらも
自主自律を重んじる校風だったため
私は勉強という選択肢は取らず
ほぼビリに近い学年順位をキープし
ひたすら部活に専念する学生生活を送っていた。
そんなわけで文化祭と夏の全国大会まで
ダンスに熱を入れていたため
勉強のスイッチが入るタイミングは
高校3年の夏休みが始まってからだった
一方彼はサッカー部のキャプテンを
務めながら文武両道で頑張っていたものの
最後の高体連は一回戦で負けてしまい
一足早い受験生活へと突入していた。
そうして然るべき理由のもと
大通公園のベンチで朝一番に
彼に振られたその日は、
私の予備校入学日でもあった。
受験に専念するにはある意味
最適なタイミングだったとも思う。
そんな記念すべき夏期講習1日目は
代々木ゼミナールのトイレで
延々と泣き続け全講義をサボるという
偉業を果たすことに(笑)
泣き枯らして、日も暮れお腹が空いた頃
ボロボロの姿でトイレを出ると
まさかの男子トイレの前にゲ●が広がっていた
(うわ、なんでこんなところに…、最悪だ…)
そしてその近くには、
全身白スーツを着た茶髪の男性が
いかにもダルそうな姿で座っているではないか
(多分このゲ●を吐いたのはこの人だ…)
と瞬時に確信を持ちながらも
どことなく危険な香りがしたため
知らない振りをしてその場を去った。
そして、帰宅しようとしたときに
一階に再びあの白スーツ男が現れたと思いきや
受付のお局スタッフに対し
「2階の男子トイレにゲ●が落ちてました!
誰かが吐いたんだとおもいます!汚いんで片付けておいてください!」
とあたかも自分は目撃者かのように
清々しく大きな声で言い放ったあと
連れと思われる男性と二人で
その場を去っていった…。
そして遠くから
「昨日はさすがに飲みすぎたゼーーー!」
とイキリ台詞が聞こえてきた。
(浪人生って、だいぶ頭イカれてんな…)
わたしが世の中の浪人生に抱いた
最初のパブリックイメージだった。
そうして二重の意味で最悪な(?)
予備校生活が幕を開け
ただ失恋の痛みを長引かせたくない
というシンプルな理由だけで
虎視眈々と勉強に勤しむ
私の受験ライフが始まった。
私の通っていた予備校は、
現役生と浪人生で自習部屋がわかれていた。
ある日、いつものように自習部屋で
日本史の講義の予習をしていると
現役生の自習部屋に
例の白スーツの浪人生が入ってきた。
そして、沈黙の雰囲気が流れる空間で
何をするかと思いきや、、突然
「ケンジ ここに参上ッッ!」と
大きな声を張り上げるとともに
助走をつけ ハンドスプリングを披露。
派手なアクロバットは成功することなく
背中から勢いよく落下した身の鈍い音が
虚しくも自習部屋中に鳴り響いた。
誰1人と笑わないその沈黙の中、
私は耐え切れずププッと笑ってしまった。
その瞬間、その小さな声をも逃さぬかのように
白スーツ浪人生は私の向かいの席に座った。
(やばい、ロックオンされた、終わりだ。)
仕切りがあるので顔をあげなければ大丈夫…。
そう思いながら私は必死で勉強するフリを続けた。
すると、仕切りの向こうから
折りたたまれたメモがポンッと降ってきた。
恐る恐るそのメモを広げると
"どん底から見る景色は一番美しい byケンジ "
と汚い字で記してあった。
事情も知らないくせに
妙に見透かされた気分になって、ゾッとした。
ケンジは予備校内でも有名な問題児だったようで
その後間も無く警備員さんに「またお前か…」と現役の自習室からつまみ出されていた。
予備校に入学してから2週間が経った頃
教室を出ると、
ケンジと連れの男に声をかけられた。
「今日俺らと一緒にお昼ご飯食べない?」
予備校で友達がいなかった私は
まぁ、今日くらい良いかと思い
怖いもの見たさな感情でその誘いを受け入れた。
もう1人の男はヤスという名前で、
彼は私とタメの現役生だった。
どこからみても高校生には見えない二人は、
一体どういう関係なのか尋ねると
学生のクラブイベントサークルで出会った
高校生からすすきので遊んでるやんちゃボーイたちだった。
二人は、GALAXYという有名なクラブミュージックサークルに入りたいがために早稲田大学を目指していた。
「彩乃ちゃんは、志望校どこなの?」
と訊かれ、上京したいのほかに
明確な目標なんてなかったものだから
「東京の大学、現役で合格できればどこでもいいかな。」
と答えた。
するとケンジは
「だったら一緒に早稲田目指そう!
なぜなら赤本がいちばん分厚くてかっこいいから!笑」
とアホすぎる誘いをしてきた。
実際当時の第一志望は立教大学の文学部ではあったが、MARCHのどこかに受かればいいなと思っていたし、
まあどうせ目指すなら高い目標がいいか、
とその誘いに私もアホらしくまんまと乗ってしまった。
それからの日々は、
黙々と勉強に勤しみながらも
3人で一緒に食堂でご飯を食べたり
予備校後は路面スケートをしたり
テレビやお笑いの他愛もない話をたくさんした。
クリスマスには雪の降り積もる札駅で
ブッシュドノエルを3人で分けて食べたりなどした。
ある日、別れた元彼に予備校で新しい彼女が
できたことを風の噂で知り、悲しんでいた日には
頼んでもないのにヤスとケンジが
彼の通う河合塾の玄関に待ち伏せ、
ケンジが一発芸をかますという
意味のわからない仕打ちをしてくれたりもした。
同じ高校の人には
仲田は予備校でヤバい奴らとつるんでると
噂されたりもしたみたいだが
私にとっては受験戦争のピリついた輪の中にいるよりもずっと居心地が良かった。
ケンジは、
隙あらば現役の自習室に来て
相変わらず倒立前転をしたり
私の席の後ろでパラパラを踊ったり
大きな声でUVERworldを歌ったりと
とにかく奇行に徹していた。
そして、たまにポエム付きのメモが
赤本の間に挟まっていた。
" by ケンジ "
シリーズの奇妙なお手紙を見つけると
その日はなぜか温かな気持ちになった。
そんなこんなで時の流れは早く、
あっという間に年を越し
お正月からは受験直前対策が始まった。
しかしその頃から、
ケンジはあまり予備校に姿を現さなくなった。
心配してメールをすると
「家で勉強してるから心配しないで」
と返ってきたが どこか素っ気ない様子。
しかし受験はあくまで自分事、
模試の成績に伸び悩んでいた私は
他人の心配をしてる場合ではないと
ケンジのことは気にせず受験本番を迎えた。
まずはセンター利用で私大を
受ける予定だった私たちだったが、
ヤスからケンジがたったの2科目で
家に帰宅したとの報告があった。
「足切りじゃなくて、自ら切腹じゃあ〜〜〜
そして聞いてくれ、俺はかけがえのない新しい夢を見つけた。」
と、意味不明なメールが来たと。
以来ケンジと予備校で会うことはなかった。
そしてその後奇跡的に私は早稲田に合格し、
ヤスは一年後に同じ早稲田に合格した。
その合格祝いとして、
高田馬場の居酒屋で乾杯をした。
一年ぶりに会ったヤスとは変わらず楽しい会話をし、互いの東京生活の期待に胸を膨らませた。
しばらく経った頃、
ヤスが苦笑いした表情で口を開いた。
「ケンジさ、受験の途中でいなくなったじゃん?
アイツ、あの後俳優になるって上京したんだよ。」
「そうなんだ(笑)」
その狂った選択には、特に驚くこともなかった。
むしろ腑に落ちた部分さえもあった。
ある意味大物といっても過言ではない
オーラを当時から纏っていたのだから。
「しかもさ、すでになぜか結構活躍してて、麻薬の密売人として小栗旬にロープ締めされる役でゴールデンドラマ出てんだよww」
と、二人でケンジがチョイ役で、
参加した作品のスクショをみて酒のつまみにして笑った。
それから一つ疑問に思っていたことを
ヤスにきいてみた。
「なんで、二人はあの日私をご飯に誘ってくれたの?」
ヤスは過去の記憶を遡るかのように
しばらく考えると、こう言った。
「なんか直感だけど除け者の俺らと仲良くしてくれるようなオーラが出てたんだよね、多分。笑」
的を得ているようで得ていないようで
得ている回答だった。
ちょうどそのタイミングで、
連絡方法はメールからLINEへと移行し、
その後ヤスともケンジとも連絡をとることは無くなってしまった。
ー それから何年か経った今、
普通に生きているなかでもケンジが出る作品の情報を度々目にするようになった。
映画好きな友達がSNSでその作品を絶賛しているのをよく見るから、きっといい感じに軌道にのっているのだろう。
もちろんケンジという芸名ではない。
だが、私の中では
あの白スーツ奇行種のケンジのまま
"いちばん変だった人"を塗り替えたくなくて
ずっとその作品たちを見れずにいた。
そんな中たまたま先週、
新宿武蔵野館にいくとケンジが主演を務める
映画の予告編が流れてきた。
作中に佇む姿は、あの時と別人のような
でもあの頃を思い出すような画だった。
13年前代々木ゼミナール札幌校にいた
ただの変な人は、
演技で人の心を動かす立派な俳優となっていた。
これなら観てみたいかも、と思ったし
忘れた頃に目の前に現れたのは
何かのきっかけかもしれないし
来週こっそり観にいくことに決めた。
札幌から上京した私たちは
描いていたような毎日を送れているだろうか?
代ゼミのトイレで泣いていたあの時
代ゼミのトイレで吐いていたあの時
きっと悩みも境遇も何かも違くて
あの時には思いもしなかった些細なことで
つまづいたりしているだろう
でも、13年間前と変わらないことは
ケンジがいってた通りで
"どん底から見る景色は 確かに美しい"
のかもしれないね。
変な人ってズルいよなぁ、
何年経っても忘れられない存在になるから。
(終わり)