瞬間インフュージョン・ラブ
あなたは好きな男はいますか。好きな男にであったときのこと覚えていますか?
わたしは彼氏がいる今でも好きな男がいて、好きな男を好きになった瞬間のことをそれはもう鮮烈に、強烈に、覚えています。
いまから3年前、2年の浪人の末に入った大学生活が幕開けたあとに他大のサークルの見学にいこうと決めた初夏4月の末頃。
高田馬場の音楽スタジオの重く堅いドアをあけたその瞬間、彼の姿は私の目に飛び込んできました。
整った目鼻立ちがつまった小さな顔、繊細だが引き締まった手で叩くドラム、そこから伸びる長い脚。
その光景の中の何もかもが強烈で刺激的で美しかった。それはもうただただ一目惚れ以外の何ものでもなかった。
「ああ、わたしはこの人を好きになるんだな」と直感的に理解しました。
そのあとの休憩のときに彼は煙草を吸うことがわかりました。
必死に彼の吸っている煙草の銘柄を見ました。ブラックデビルのミント・バニラ。緑の悪魔が笑っていました。
バンドのセッション兼見学会がおわったあと、彼に話しかけました。自分も煙草を吸っていたのでそれをダシにして。
彼はウイスキーが好きらしいということがわかりました。その後彼をきっかけに私までもウイスキーにはまり込むなどこのときは思いもしませんでした。
1週間後にはデートに誘いました。
終電をわざわざ逃して深夜の都内に出没する移動式屋台のBarに連れ込んだのは今でも申し訳なかったと反省しています。
しかし、明け方まで歩いてかえったりタクシーに乗ったのは良い思い出でしょう。
しばらくして訪れた彼の誕生日にはウイスキーをセット買いで4本送りました。彼はひどく驚いていて、狼狽えていました。そんな表情をしたのは初めてでした。
その後何度も一緒に飲んだりしましたが、私の言葉の過ちで彼とは疎遠になってしまいました。それでも今でも彼のことを諦めきれません。いやいや、一生かけて絶対落としてやるからな、という気持ちすらあります。
気づけば、私は彼を思い出しながらウイスキーを飲むのが習慣になっていました。
彼と過ごした時間、その一瞬一瞬が今でも柔らかであたたかな光を私の心に放っています。微熱めいた憂鬱さも抱えながら。
遠い思い出になんかしないんだからと心に決めてしまうほどには、未練のような恋です。
いつかわたしの彼への想いがきっと花束に変わる日が来ることを願って、今日は寝ようと思います。
おやすみなさい。
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