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瞑想の研究① - ヴィパッサナー瞑想のやり方・「ブッダの瞑想法」

・超人のような存在になりたい、という欲望が強くなったので「瞑想で集中力を上げたい」と考えました。なので瞑想法に関する本を読んで見ることにしました。
・毎日激しい頭痛や耳鳴りがするので、薬に頼らず治す方法を探しています。何か良い方法があったら教えてください。

ヴィパッサナー瞑想と仏教について

一瞬一瞬の行動・知覚・思考・心の流れに気づくことを、パーリ語仏教の用語でサティの力を働かせる、と言う。ヴィパッサナー瞑想を行うとサティの力を日常働かせるようにすることで「人生の苦しみが終息する」という感覚を感じることができるらしい。
サティは英語圏ではマインドフルネス=意識を深くする、と訳されている。

行動・知覚・思考・心の流れに気づく=今の瞬間に集中する

ヴィパッサナー(Vipassanaa)とはパーリ語で「詳しく観察する」という意味。特に存在の本質を仏教的な思想をもとに無常・無我・常苦(三法印)から観察すること。無常→苦→無我→事象の本質→涅槃に触れて解脱する、と言う精神的な成長をすることを目的としている。

サマタ瞑想・ヴィパッサナー瞑想の簡単な違い

サマタ瞑想→反復される言葉・イメージを使って瞑想対象に意識を集中する。瞑想対象と合一してしまうような究極の意識状態を仏教用語でサマディー(Samadhi)と呼ぶ。別の本ではヴィパッサナー瞑想をする前にサマタ瞑想をできるようになるとよい、と解説されていたいのでこちらも要研究。

ヴィパッサナー瞑想→自分の身体・精神が何を体験しているかに気づく。具体的には、何かを見たら「〜を見た」、痛みや痒みを感じたら「〜を感じた」と1つずつ内語確認をする。そうすると「行動・知覚・思考・心の流れに気づく」という能力が高まっていく。

ヴィパッサナー瞑想の具体的なやり方


サティの力が強まると、このようなメリットがある。
①集中力・分析思考・創造力など、脳力が強くなる
②健康になる・人間関係が円滑になるなど、悩みが減る
③怒りや苦しみを感じなくなる・不安がなくなるなど心に変化が生じる

サティの力を強めるには、考え事をしないこと。考えたことは全て「思考している」「雑念がある」「考えている」「妄想している」... など内語確認して思考をラベリングする。そうしているうちに直感力が高まっていく。

日常のヴィパッサナー瞑想


①日常行ってることに対して内語確認する習慣を身につける。例えば鍵を閉めるとき頭の中で「鍵を入れた、回した、抜いた」と自分の行動を即座に反復する。
②「またカラスの声を聞いて上空を見ると、そこにやはりカラスがいた」という場合は「音を聞いた、カラスのイメージが浮かんだ、上空を見た、カラスがいた」と反復し、実際に感覚を感じた事実・イメージや想像をした事実を区別しながら心が体験した事実を分節する。そうすることで事実と考え事の区別が明瞭になる。

呼吸・心のヴィパッサナー瞑想


①座って腹部の動きに集中し、「膨らむ」「縮む」と内語確認する。
②暫くすると途中で雑念が湧き始めるので、「思考している」「妄想している」と心の動きを内語反復する。
③雑念が収まらなくなってきた時は、心の動き・雑念そのものに切り込んでヴィパッサナー瞑想をする。そうするとイライラ=雑念を生じさせている深層心理が分析できることがある。(心を観る瞑想)
④知覚した対象と、知覚した対象を「何で」感じているかを明確にする。これは「六門」といって6つしかないので簡単。
「〜を見た」「〜を聞いた」「〜を嗅いだ」「〜を味わった」「〜を触った」「〜を思った」など。
この際に「私は〜を思った」と主体や自我を表す言葉を入れないようにする。
意識の接触以外には存在するものはない、という仏教的な無我論の考察を深めることができる。(知覚の言語化)

サマタ瞑想の応用→残像集中法


色のついた円を描いた「残像カード」を作って目を閉じ、その瞬間にできる残像をなるべく目の裏に残るよう頭を働かせる。個人的にやってみたら、頭痛や耳鳴りがして集中力が切れそうになったらこの方法で集中力を高めることができることがわかった。
ヴィパッサナー瞑想で記憶力や集中力が上がる科学的な裏づけとして、復唱すると意味記憶が増幅される「リハーサル効果」が挙げられている。リハーサル効果は通常実際に口から声を出すことで発揮されるが、ヴィパッサナー瞑想ではそれを内語確認で行う。

サマタ瞑想をするコツ


サマタ瞑想をする際の目標であるサマディー(Samadhi、三昧)に到達するには、瞑想対象に対して次の条件を満たす必要がある:

①尋(ヴィダッカ、Vitakka):一点に集中できる。例えば目を閉じて音に集中すると耳の鼓膜に集中できる状態。
②伺(ヴィチャーラ、Vicara):瞑想対象を詳細に観察する。例えば座る瞑想をする際は腹に感じる感覚の発生する瞬間・変化する状況を内語確認する。
③喜(ピーティ、Piti):集中しているもの・状態に心地よさを感じる。心ではなく、食欲や性欲を満たすような身体レベルの心地よさ。
④楽(スカ、Sukha):落ち着いた深い喜びを感じる。ピーティと違い、官能的な喜びとは違った心から感じられる心地よさ。
⑤一境性(エカッガター、Ekaggataa):瞑想対象に没入するような合一感を感じる。例えば目を閉じた時の残像が実像と全く代わりなく目の裏に焼きつく状態。

サマタ瞑想を極めると、瞑想対象が実像と変わりない鮮明さで感じられるようになる。これは作り出せる概念であり、物事の本質そのものではない。またサマタ瞑想はサティを高速化させる=ヴィパッサナー瞑想がしやすくなる効果がある。
サマタ瞑想はやり方がよくわからないので、ヴィパッサナー瞑想の効果が実感できるようになったら改めて基本的なやり方を調べる予定。

基本的なヴィパッサナー瞑想のやり方を整理

歩く瞑想(身随観)


歩く瞑想を通して6感に生じる本当に起っていること=法(ダルマ)、イメージや思考・妄想といった実際には起こっていないことを区別する能力を磨く。
また、生起しては滅する感覚の無常性に対する理解が深まる。歩ってる時にいつでもできる瞑想。
①脚全体の感覚に集中し、地面につく感覚が生じるたびに「右」「左」と内語確認をする。感覚の集中に90%、内語確認に10%ほどの集中力を使う。
②脚の感覚以上に感じた感覚があったら「〜を感じる」とラベリングし、すぐに「右」「左」と脚の感覚に集中できるようにする。ラベリングがさっとできるようにするには、感覚を表す語彙力やどのような感覚があるかを学んでみると良い。
③「右」「左」というやり方で集中できるようになったら「離れる」「接触する」と2段階のラベリングを、「離れる」「移動する」「接触する」「体重がかかる」と4段階のラベリングをできるようにする
④脚の感覚以上に思考やイメージがなかなか消えない時は、ドンと足を踏んで「大きな圧力・痛みを感じた」と脚にラベリングできるようにする。(すり替え技法)

瞑想の中心対象→足裏、膝、股関節

立つ瞑想


立っている状態で身体が感じる感覚に対して内語確認できるようにする。電車通勤などをしている時に手軽にできる。
全身の感覚に対してラベリングするのも良いが、集中対象を1点に絞る練習も兼ねて足裏の1点の感覚に集中するのが良い。
①立ち止まる時間の間、足を肩幅ほどに開いて自然に立つ。
②右足・左足のつま先か踵に生じる感覚に集中・ラベリングを行う。感覚の集中に90%、内語確認に10%ほどの集中力を使う。
③つま先・踵が床・地面に接触している感覚を「触れている」「接触する」とラベリングする。重心を傾けるなどして圧迫感が強まったら「圧力」「重心移動」などなどとラベリングする。
④足裏の感覚以上に感じた感覚があったら「〜を感じる」とラベリングし、すぐに足裏の感覚に集中できるようにする。

瞑想の中心対象→つま先、踵

座る瞑想


座っている状態で呼吸し、自分自身の体の動きに対して内語確認できるようにする。座っている際の瞑想の中心対象は腹部の感覚で、歩く瞑想・立つ瞑想の時は脚の感覚。
①結跏趺坐、もしくは達人座(仏教でよくみるアレ)で座る。この座り方で週痛できない時は、背筋が曲がらない楽なポーズをとる。
②片手を鳩尾(みぞおち)の下に当てる。自然に呼吸をしている時に感じる腹部の動き・熱といった腹の感覚に集中する。集中できたら、息を吸う時の腹の感覚を「膨らむ」、吐くときの感覚を「縮む」とラベリングする。
③「膨らむ」「縮む」以外の感覚がある時は、「圧迫する」「解放する」などより直感にあった言葉でラベリングする。
④腹の感覚以上に感じた感覚があったら「〜を感じる」とラベリングし、すぐに足裏の感覚に集中できるようにする。

心を観る瞑想(心随観)


歩く、立つ、座るときの感覚をヴィパッサナー瞑想できるようになったら、身体的な感覚のない「心」にもヴィパッサナー瞑想をできるようにする。「イライラ」「嫉妬」「傲慢」「嫌悪」といった、身体や精神に悪影響を与える感情を軽減する効果がある。

心を観る瞑想をすると、なかなか消えない身体の痛みが実は精神的なストレスや心的外傷だった、という精神的な成長をするのに重要な発見をすることがある。例えば、肩こりがなかなか治らないので「痛み」「肩こり」とラベリングしているときの心の状態そのものにヴィパッサナー瞑想をするとその時の感情は「怒り」で、怒りの対象はケンカして揉めていた「姉の顔」のイメージだったという事例がある。こうして心に浮かぶ感情・イメージを区別できるようにすると、心の働きや自身を取り巻く精神的な問題に対処しやすくなる。このような身体や感情に影響を与える潜在意識にあるイメージを仏教用語で「随眠」と呼ぶ。

心を観る瞑想のコツ


怒りの対象はケンカして揉めていた「姉の顔」のイメージだった、という事例の場合、サティを集中できる対象は4つある。

①腹部の感覚(「座る瞑想」で腹部に集中する)
②肩こり、痛みの感覚
③怒りの感情
④姉の顔のイメージ

1、2、3、4の異なる対象に対して行うヴィパッサナー瞑想はそれぞれ身随観、受随観、心随観、法随観と呼ぶ。これらの瞑想は「四念柱」と呼ばれている。

身体の感覚にヴィパッサナー瞑想するのは比較的簡単だが、感情やイメージに瞑想するのは難しい。心随観、法随観をするのは歩く瞑想などをしていて、こうした感情やイメージが自然と浮かんできた時だけでも良い。

痛みが発生すると、「痛いのは私だ」という「エゴ」が錯覚として生じる。これを「痛み」とだけラベリングできるようにすればエゴ性を克服できる。
怒り・イメージ等ではこれらの概念とエゴ性を区別することがさらに難しくなる。仏教では、法=本当に起っていることは「怒りの心」のみであり、「怒りの心は自分のものである」という考えは法と概念の混同と考える。このようにして自我から誤った認識が生まれ本質が見抜けなくなることを仏教用語で「無明」と呼ぶ。

ヴィパッサナー瞑想のコツ


ヴィパッサナーをしている間に音を聞く・雑念や妄想をする、眠気を感じつなどして集中が途切れてしまったら、それらにラベリングをして瞑想に集中できるようにする。

・音を聞く→「音」「聞こえる」
・雑念・妄想→「雑念が浮かぶ」「妄想が浮かぶ」
・イメージ→「イメージが浮かぶ」
・眠気→「体がぼーっとする、と感じる」「体がトローとする、と感じる」
・やる気が出ない→「面倒だ、と考えている」「投げやりでいい、と考えている」

眠気・やる気がない時は脳が疲れてる。休憩するか、ヴィパッサナー瞑想で再活性化させるとやる気を出せる。

慈悲の瞑想


まず言葉を思い浮かべたときの感覚を比較する、「言葉の瞑想」に取り組む。「殺人・喧嘩・争い」という言葉、「優しさ・幸せ・安らぎ」という言葉を思い浮かべたときの身体や心に起きる反応を比較してみる。そうすると意識に上がった言葉や概念がどれほど影響を及ぼすかを実感できる。

慈悲の瞑想では、マントラを唱える(心の中でもOK)ことで「四無量心」と呼ばれる仏教の美徳を身につけることを目的にする。慈悲の瞑想はサマタ瞑想や心・イメージを対象にするヴィパッサナー瞑想をしやすくなる効果がある。

私が幸せでありますように
私の苦しみがなくなりますように
私の願いが叶いますように
私に悟りの光が現れますように

全ての生命が幸せでありますように
全ての生命の苦しみがなくなりますように
全ての生命の願いが叶いますように
全ての生命に悟りの光が現れますように

慈悲の瞑想で唱えるマントラには、1行目から順にこのような意味がある

①慈しみ(Metta)
幸福な状態で生きたいという願い。エゴや闘争心を克服し純粋な慈悲や無我を身につける。幸福になりたい、という感情をメッタという。
②憐れみ(Karnaa)
人間か、動物かに限らず苦しんでいる生物を見ると人は心が動揺する。このようにして自然と感じる哀れみをカルナーという。
③喜び(Muditaa)
誰かが幸せにしているのを見て素直に感心し、一緒に喜ぶこと。人間や動物は自身が優位になるため、自然と嫉妬や他者の不幸を願う感情が共感による喜びを上回ることが多い。こうした煩悩を克服し、素直に他者と喜び合うのがムディターである。
④静けさ(Upekkhaa)
全てのものを公平に見てのめり込まない状態。傲慢さやエゴを静観して無我に対する理解を深めるのに役だつ。

慈悲の瞑想の文言は、意味が同じなら唱えやすい・自分にあったものに変えても可能。ただ言葉を繰り返すだけでは意味がない。できることなら、本当に涙が出てくるくらい真剣に祈るのが良い。個人的には「悟り」と言うものがよくわからないので(笑)このように慈悲の瞑想に使う言葉を変えている。

私が幸せでありますように
私の苦しみがなくなりますように
私の願いが叶いますように
私に新しい知恵が得られますように

慈悲の瞑想で難しいのは、嫌いなもの・嫌いな人に対して祈らねばならない場合。自分の嫌悪するものを克服して大慈悲を抱けるようになった人の例だと、芋虫が丸まってるのを見て丸まって眠る愛犬を連想した人の例がある。まずは「私が幸せでありますように…」と自分に対象を絞り、次に「全ての生命が幸せでありますように…」と大慈悲を起こす対象を広めてみる。

慈悲の瞑想は、安心感や自信感を向上させたり、サマタ瞑想・ヴィパッサナー瞑想の効果を上げるのに役立つ。

ヴィパッサナー瞑想をして良かったこと・変わったこと


①時間感覚が早まった。8時間ほどの仕事が体感時間で4〜5時間ほどに感じられるようになった。
②仕事後すぐ、帰る頃になると毎日頭痛と耳鳴りが酷くなるので家に帰ってすぐに寝ていた。ヴィパッサナー瞑想をした初日は帰ってすぐに読書や趣味に取り組めた。最近は瞑想に慣れてしまったせいかまた寝る癖がついている(笑
③頭痛が体感で半分ほどに収まるようになった。特に頭の左半分の頭痛が和らいだ。

ヴィパッサナー瞑想をして気になったこと


①自信がすごく湧くようになったほか、自分の感情に正直に表現できるようになった。上司にも友人にも思ったことをすぐ口にするようになったので、人によっては「なんだとぉ!」と口答えしたり思想・信条の対立が際立つようになった。最近はムカつくことがあってもサティを挟んで堪えるようにしている。
②緊張感をあまり感じなくなったので、趣味で絵を描く枚数が減ってしまった。ただし1枚あたりのクオリティーや描く楽しさは向上した。

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