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瞬間小説(特別編)『ナツメロトラベラー最終話 <メドレー>』

第1話→ 瞬間小説​『ナツメロトラベラー』
第2話→ 瞬間小説(特別編)『ナツメロトラベラー第2話 <レクイエム>』

俺は、ボロ小屋のせんべい布団の中で、暗闇から目を覚ました。
そこは、とある貧しい農家だった。

この家では、家主と長男が戦争で帰らぬ人となり、「いと」という女性と、その幼い娘「ぬい」が、二人だけで細々と食いつないでいた。
自分たちがそんな状況にも関わらず、雑木林で気絶していた俺をわざわざ家まで運び込み、介抱してくれていたのだ。

彼女たちの恩に報いるすべを何も持たない俺に、唯一できる事といったら、「ぬい」に歌を教える事くらいだった。
とは言え、俺が教えてあげられるような歌は1つしか無かった。
ネットで見つけて以来、なぜか俺の心に深く残っている歌だ。
歌い手の名前は忘れてしまったが、若い女性である事は確かだ。
彼女の歌はとても素晴らしいものだったが、まだまだ知名度は低く、知る者はほとんどいなかった。
そんな彼女を俺は密かに応援していくつもりだったが、それはもはや叶わぬ事だ・・・。

「ぬい」は、俺が教えるその歌を一生懸命覚えようとしていたが、幼い「ぬい」にはまだ難しすぎたようだ。

身体が回復して動けるようになってからは、俺は歌を教えることをやめ、野良仕事を手伝うようになっていった。



そして、あっという間に5年の月日が流れた。

出会った頃は幼い少女だった「ぬい」も、いまやもう少女とは呼べないくらい美しく成長していた。
俺と「ぬい」は将来を誓い合う仲となっていた。
もう未来なんて戻れなくても良かった。
いや、戻りたくなかった。
「ぬい」は、生きる目的なんて感じた事の無かった俺が、はじめて手に入れた大切な宝物だった。
ずっとここで、この娘を守って生きていこうと、俺はそう心に決めていた。


そんな5年目の、そう俺がこの時代に来てからちょうど5年目のある日、
「ぬい」は俺を丘の上に呼び出した。

空には、冗談抜きで吸い込まれてしまいそうな、満天の星たち。
この時代には、こんな綺麗な星空がまだあったのだ。

どうやら「ぬい」は、歌を聴いて欲しくて、俺をここに呼び出したようだ。
俺が5年前に教えたあの歌を、「ぬい」はこっそり練習していたのだと言う。

「この歌とっても好き! 私たちの子供にも、その子供たちにも歌い伝えていきたいわ。」
「ぬい」は頬を染めながらそう言うと、照れくさそうに丘の頂まで走り、目を閉じて歌いだした。

呼ぶ声を 身体で聴いて〜♩ 
わたしなら ずっと ずっと 響かせる〜♩

合う呼吸 同じ幅 歩く先 続く心音〜♩
並ぶ肩 過ぎる風 踊る髪 響け心音〜♩

くるくると舞いながら、気持ち良さそうに歌う「ぬい」。
それを、俺は少し離れた草むらでしゃがんで聴いている。

ああ、俺はなんて幸せなんだ。
これまで感じたことの無かった、夢のような幸福感を今感じている。

しかし、あまりにも幸せすぎて、なにやらクラクラしてきたようだ。

いや・・・ちがう・・・これは!

気がつくと、俺の周りの空間がわずかに歪み始めていた。
5年ぶりのこの感覚は、間違いなくタイムトラベル現象だ!

でも、なんで今ここで!?
まさか? ぬいの歌で??

俺は慌てて立ち上がろうとしたが、足がもつれて前のめりに転んでしまった。

「ぐあ! ぬ、ぬい!」

幸せそうに舞いながら目をつむって歌い続ける「ぬい」は、俺の異変に気がつかない。

「待て!ぬいちょっと待ってくれ!」
そう叫んだ俺の声は歪んだ空間に遮られ、すでに「ぬい」には届かなかった。

歌っている「ぬい」の姿は、歪みの中で遠く遠く小さく小さく消えていく。
「いやだ! 俺はぬいを・・・!」

久しぶりのタイムトラベルに、めまいを覚え、もどしそうになり、
歪んだ異次元空間が涙でさらに歪んでいく。


「ぬい・・・ぬい・・・・。」



気がつくと、俺は渋谷の路地のゴミ捨て場の横で這いつくばって泣いていた。

俺を不審そうに横目で見ていた赤ら顔のおやじが競馬新聞を投げつけてくる。
新聞の日付は、俺が過去に飛んだ日のちょうど1週間後だ。

俺はなんとか気を取り直すと、もう一度あの時代に戻るべく、よろけながら近くの大型レコード店に走った。

「軍艦マーチをもう一度聴けば・・・。」

レコード店に着くなり、俺は店員の制止を振り切り「軍艦マーチ」のCDの封を勝手に開け、視聴コーナーでヘッドフォンを装着する。

「飛べ! 飛ぶんだ俺! ぬいの元へ!」

・・・しかし、いつまで経っても何も起こらなかった。

どういうわけか、俺のナツメロトラベル能力は無くなっていたのだ・・・。

絶望に打ちひしがれ、全身の力が抜けてしまった俺は、店員に締め上げられるままに、再び地面にキスをし、5年ぶりの鼻血を流した。

だがしかし、その時、俺の耳にあの歌が流れ込んできたのだ。


(歌→ https://note.mu/nuiru/n/nf8cb7b273fca )


呼ぶ声を 身体で聴いて〜♩ 
わたしなら ずっと ずっと 響かせる〜♩


こ、これは!!!

店内の特設コーナーで流れる、そのPVで歌っていたのは、
ネットでは声しか聞いたことがなかった「nuiru」というシンガーだった。
そう、俺が過去にいく前に応援していた、あのシンガーだ!
俺がいない1週間の間に、すっかり有名になっているではないか!

そして、PVの中で歌うその姿は「ぬい」と瓜二つ、いやまさに「ぬい」そのものだった。

まさか・・・!?

俺は店員の拘束を力ずくで振りほどき、編集部へ向って走りだす。

たしか特集の〆切は今日だったな!
今から特集の差し替えは可能だろうか?
いや、編集長に土下座してでも差し替えてみせる!
特集すべきはナツメロなんかじゃない!
期待の新星「nuiru」特集だ!
あの娘には聞きたい事も伝えたい事も山ほどあるしな!

俺は、生まれて初めての高揚感に追い立てられ、これまた生まれて初めての全力疾走で渋谷の街を駆け抜けていった。


<完>

※この回のアナザーラストバージョンは、土田じゃこさんのnoteラジオ『ノートノオト』vol.35で、ラジオドラマとしてオンエアされています。(’~‘)b

※作品中の歌として、「nuiru」さんの「心音」(こころね)を使わせていただきました。(作中人物の名前としても使わせていただきました。)
ありがとうございます!(’〜^)ゞ

☆表紙絵 by さとねこと さん → https://note.mu/satonekoto

 #小説 #短編小説 #瞬間小説 #SF

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