瞬間小説『暑中見舞い』
あれは、真夏の全国興行ツアーの最終日だった。
若さゆえの勢いで、とあるプロレス団体に所属したものの、元々地味なキャラクターな上、目立つ必殺技も編み出せず、いつまで経っても人気レスラーにはなれそうもないと思った俺は、このツアーを最後に転職する事に決めていた。
その日は、試合中も転職先に出す暑中見舞いの文章に悩んでいた。
「暑中をお見舞いします・・・、じゃないな。暑中お見舞いをお見舞いします。だったかな・・・。なんか違うな・・・。」
そこでタッグの相棒からのタッチ。
そう、ここで俺はプロレス人生の最後を飾るべく、「卍固め」をキメる段取りだった。
しかし、ここで俺は何を間違えたか、
「卍固めをお見舞いしてやる!」と言うはずのところで、
「うりゃー!暑中見舞いをお見舞いしてやる!」
と叫んでしまった・・・。
恥ずかしさで顔どころか全身が赤くなってしまい、俺の体温が上昇する。
ただでさえ暑い真夏の試合、密着度の高い卍固めで、羞恥心で真っ赤に燃え上がった熱い体を押し付けられたら、たまったもんじゃないだろう。
観客の爆笑と共に、相手は即座にギブアップした。
人生、何がきっかけで変わるか分からないものだ。
必殺技「暑中見舞い」が話題になり、俺は一躍有名プロレスラーになった。
しかし・・・
秋には飽きられ、涼しくなるにつれ技の威力も落ちていき、冬にはやっぱり転職を余儀なくされたのだった・・・。
そして今、俺は某カイロのメーカーで働いている。
たぶん・・・天職だと思う。
<完>
☆表紙絵 by さとねこと さん → https://note.mu/satonekoto
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