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奇書が読みたいアライさん『このライトノベルが奇書い!』を読んだのだ

 ライトノベルというものが世に生まれ落ちてたぶん、おそらく、30年近く経った。
 「字マンガ」「文学ではない」「貧相な読書」などと一部から言いがかりをつけられ難色を示されながらも、その歴史はスレイヤーズにブギーポップやハルヒ、SAO、Reゼロなど数多の名作で彩られた華やかで豊かなものであることに間違いはない。
 だが、ラノベの歴史はそれだけでは語れない。
 SFやミステリといったジャンルとの汽水域でのせめぎ合い、既存文壇の権力構造から切り離されているがゆえの前衛性、何が売れるかわからないのでとりあえずやってみようという試行錯誤、そして商業主義と文学芸術とフェチズムの隙間から漏れ出る狂気じみた情念……研究書ではまず書かれないであろう裏の歴史を物語るのは、ラノベの牢獄に収容されているようなクセの強い奇書の数々だ。
 この同人誌は、ラノベの裏歴史を祝う数多の奇書に光を当てたブックガイドである。
 90年代〜10年代まで、『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』のような有名どころから『ツルツルちゃん』のような廃刊レーベルの作品まで実際に読んでレビューしている。
 取り上げられる奇書のバリエーションとしては、『ハムレット・シンドローム』『ツルツルちゃん』『これは学園ラブコメです』などの前衛文学のエスプリを感じさせるものや『アクアリウムの夜』『後宮楽園球場』といったカルトな作風のもの、『俺の妹がカリフなわけがない!』『君が衛生兵で歩兵が俺で』という今の世では概念爆弾と呼ばれてもおかしくないもの、『宅配コンバット学園』『ドラマチック・ドラマー遊月』の単純なクソさが限界突破しているものまで幅広い。
 
 電子化の有無も記載されているので、気になってすぐ読みたい人のための配慮もなされているが、電子化されていない古い作品の書影がガビガビ画質だったりするところに苦闘を感じる。
 さて、この本で一番興味深かったのは、個々の奇書の持つ強烈な個性も去ることながら、90年代・ゼロ年代・10年代で出てくる奇書の傾向が変遷していることがわかるところだ。
 90年代は『ブラックロッド』『妖神グルメ』のような海外ジャンル小説の奇想を受け継いだ作品が存在感を放つ一方、『東京忍者』『血まみれ学園とショートケーキ・プリンセス』といったスラップスティックコメディにケミカルXをトン単位で大量投入したようなハイテンションな作品が目立つ。
 これがゼロ年代になるとライトノベル研究を含むオタク評論ムーブメントや、西尾維新や舞城王太郎といった(もちろんこの二者の作品も紹介されていますよ)ファウスト系作品群の台頭の影響で、『左巻キ式ラストリゾート』『勇者と探偵のゲーム』などのメタフィクションを志向した作品や『ハムレット・シンドローム』といったライトノベルと文学との境界の限界に挑戦した作品、そして『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』『紫色のクオリア』という後続作家への影響が凄まじいパイオニア的作品が続々と産み落とされていく。
 ライトノベルそのものの円熟化と多様化が進み、なろうやカクヨムの普及で「誰でも小説を投稿できる」ブレイクスルーが起きた10年代は、『高校受験に必要な数学21分野が全部学べるスタディノベル』『宇宙人の村へようこそ』『イックーさん』のような何がウケるかわからないけどとりあえずやってみよう精神に溢れた怪作や『野崎まど劇場』『王子降臨』『横浜駅SF』のような奇想で彩られた作品が蠢いた。
 欲を言えば、『はじめてのゾンビ生活』『わたしはあなたの涙になりたい』といった20年代の奇書にも触れてほしかったのと、『ファンダ・メンダ・マウス』や『図書迷宮』や『ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート』や『ビスケット・フランケンシュタイン』や『放課後バトルフィールド』や『パニッシュメント』が何故入っていないのかという気持ちもあるが、贅沢な悩みだろう。
 ラノベの奇書を知ることはすなわち、ラノベが歩んできた暗闘、ひいては日本社会のうねりを知ることに他ならない。
 これはただ単に変な本を紹介するブックガイドではなく、教科書にはまず間違いなく載らない文学とサブカルチャーの試行錯誤の歴史絵巻なのだ。




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