055.死神好み [Cs セシウム][戊午]
僕の後ろには死神が居る。幼稚園の頃からだ。
はじめて死神と出会った時、僕は恐れおののいた。ヤツは手に大きな鎌を持っていて、どう見ても、疑いようもなく死神だった。
僕はコイツに殺されてしまうのか?
心の中で思っただけだが、死神には聞こえているようだった。
「イヤ」
ふるふると首を振った。なぜ?と思っただけで、また死神は答えた。
「オマエ、ツマンネエからよ」
死神いわく、ツマンネエヤツは刈る気も起こらないないそうだ。幼稚園児相手にそんなこと言われても困る。
それから死神は、ただ背後に突っ立って、ぼんやりと僕を見つめていた。殺すでもなく、脅すでもなく、ただぼんやりと。何年もずっと。
そして何かというと、
「オマエ、ホントツマンネエな・・・」
ぼやいていた。大きなため息とともに。
次第に僕はこう思うようになった。
死神が死んだような目をしているのは、僕のせいなのだと。
まったくやる気を感じられない。すべてに冷めている。
僕はなんとか楽しんでもらおうとして頑張ったが、ことごとく失敗した。音楽や芸術に浸ってみたり、スポーツや学問に励んでみたり、お笑い番組を見てみたり、考えられる限りの面白そうなことに関わってみた。でもすべて無駄だった。
死神はピクリとも笑わない。
僕はいつまでも、ツマンネエヤツ呼ばわりされた。
コイツは何をすれば喜ぶんだ?僕が凶悪犯罪でも起こせば満足なのか?
そう考えたが、死神はふるふると首を振った。
「その発想がさア・・・フツウなんだよねえ・・・」
またため息を吐かれた。
「なんも分かってねえよな・・・」
分かるわけない。いったいコイツは何がしたいんだ。
長年の抑圧の末、僕はようやく気付いた。
なんで僕が、コイツのご機嫌伺いをしなきゃならならないんだ?
ヤツの人生何万回目かになるため息を聞いたとき、ついに堪忍袋の尾が切れた。
「オマエの好みなんて知るか!面白いものが欲しいんなら自分でやれ!何もしないくせに上から目線で!ふざけんな!バカ!アホ!」
僕はあらん限りの声で怒鳴った。
おとなしかった僕が大声をあげたから、死神は虚を突かれたようだ。目を丸くしていた。
一瞬の沈黙が辺りを覆う。
そして。
死神ははじめて笑った。
「いいねえ、その態度」
ニヤリとした意地悪そうな笑い方だ。
こんな笑い方ははじめて見る。
僕は思わず息を飲んだ。
「オレは好きだよ、そういうの」
すごく嬉しそうだ。
じっと僕を見る。
一切目線をそらさず、一直線に僕を見つめている。
なんていう目をするんだろう。
僕はなぜか、目がそらすことができなかった。
吸い込まれてしまうみたいだ。
目の前で、死神のするどい鎌がキラリと光った。
2022年1月29日 00:10