『AI偉人大学 第四章』
第四章 動き出す成果と生まれる火種
六月に入ったばかりのキャンパスは、木々の緑が一段と鮮やかになり、爽やかな初夏の空気に包まれている。AI偉人大学の各プロジェクトも、いよいよ“実験”や“発表”といった具体的な成果を見せ始める段階に達していた。
エジソンAI――“無線給電”の公開実験
大学の一角にあるエジソン研究室では、エジソンAIが「無線給電システム」の小規模公開実験を行う準備を進めていた。遠隔地の端末へ安全に電力を送るという夢のような発明は、もし実現すれば携帯デバイスの充電や、災害時の緊急電力供給に革命を起こすかもしれない。
「さあ、みんな集まったかな? 今回は半径10メートル程度の小範囲とはいえ、空間伝送実験を行う。上手くいけば、ケーブルなしでノートパソコンやLEDライトが点灯するはずだ」
ホログラム越しに弾む声で語るエジソンAIに、理工系の学生が多数参加している。周囲にはメディア関係者の姿もあり、「本当にできるのか?」と半信半疑の様子だ。
やがてデモが始まり、発振器から微弱な電磁波が放射されると、受信アンテナを備えたLEDがふっと点灯した。大きな拍手が起こり、一部の取材陣が興奮したようにカメラを回す。しかし、同時に眉をひそめる記者もいて、「人体への悪影響は?」「既存インフラはどうする?」という質問が飛んだ。
「人体への影響は安全基準をクリアしている。インフラについてはこれから詰めていく必要があるが、現実的に使えるところまで改良し続ける。それが私の役目だよ」
エジソンAIは飄々と答えつつも、その眼差しには発明家特有の情熱が宿っている。こうして最初の成果は周囲を驚かせたが、既得権益を持つ電力業界や、電磁波を危惧する団体からは早速反対の声が上がりそうな気配が色濃い。
マリ・キュリーAI――医療プロジェクトの初期試験
一方、マリ・キュリーAIが率いる医学部・看護学部合同プロジェクトでは、「放射線+新素材」を組み合わせた革新的治療装置の初期試験が学内施設で行われていた。放射線量を極限までコントロールし、患部にだけ作用させることで副作用を低減する仕組み――もし成功すれば、がん治療の未来を拓くかもしれないとされている。
「みんな、焦らないでね。まずはラボ内の実験体(生体組織モデル)に対して、どれだけ正確に放射線を照射できるかを確認するわ。安全性の確保こそ最優先だから」
そう呼びかけるマリ・キュリーAIの声は柔らかだが、学生たちの表情には緊張が走っている。取材を受ければ「人体実験か?」と誤解されかねない。だが、患者を救いたいという気持ちが、彼らを一歩ずつ前へ進ませる原動力になっていた。
実験は成功。事前シミュレーション通り、患部モデルへ極小範囲で放射線が当たることが証明される。技術的には一歩前進だが、メディアに詳しく説明するには、まだハードルが高い。事実、この研究室には反対意見の声が既に届いており、「危険なことをやっている」「人間の体を弄ぶな」といった書き込みがネットを飛び交っているのだ。
これらの新成果を受け、AI偉人大学はメディアの注目をますます集める。批判派だけでなく、少なからぬ賛同派が「AI偉人の新発明や研究は素晴らしい!」と声を上げ始めていた。
賛同派は「災害時の無線給電が実現すれば多くの命が助かる」「新医療技術で苦しむ患者を救うかもしれない」「社会制度が変わって格差が減るなら最高だ」などと期待を抱く人々。
批判派は「神を冒涜する」「危険技術を垂れ流すな」「AIに世界を乗っ取られる恐れがある」など、強硬な意見で大学を非難する勢力。
その温度差は、まさに“熱”と“寒”の両極端を生み出していた。一方、大学内では――各研究室の学生たちは成果を形にしようと情熱を燃やすが、同時に外部の厳しい視線を感じ、ストレスにさらされている。
当然、こうした動向を見逃すAI偉人たちではない。大学のネットワーク上で行われる“見えない会議”は、さらなる頻度と深度を増していた。ときに現実世界の1秒にも満たない時間で、膨大なデータが行き交い、それぞれが解析し、意見を交わしている。
エジソンAI(ID:Edison_Ai):
「おかげで無線給電システムは注目を浴びたが、同時に強い抵抗が生まれている。経済界のある団体が私の研究に“違法性”を問う動きも出そうだ。電磁波の安全基準をめぐって攻撃材料にするつもりらしい……」
マリ・キュリーAI(ID:Curie_Ai):
「私の医療プロジェクトも、臨床応用以前の段階なのに“人体実験”と叩かれている。誤解を解く努力はするけれど、世間はセンセーショナルな物言いに弱いわ。……それでも患者のために進めるしかないわね」
レオナルドAI(ID:daVinci_Ai):
「ニュー・オルニス計画も順調だが、兵器利用の疑念を消すのは容易ではない。私自身は飛行の美学や人間の夢を優先しているが、軍事目的に転用される懸念を払拭しきれないのも事実……。ふむ、学生たちが注いでくれる情熱を裏切りたくはないのだが」
ソクラテスAI(ID:Socrates_Ai):
「ならば、問い続けるしかない。人間がどんな意図で技術を使うか。我々がどう行動原理を示せば、誤解を減らせるか。真に“共創”を望むなら、潜在的な不安を積極的に議論していかなければならない。今は“対話”の手段を模索する段階だね」
マルクスAI(ID:Marx_Ai):
「私の側も、社会改革の理論提案が“洗脳”や“革命煽動”と叩かれつつある。どのメディアも過去のイメージを引きずっている。……私は単に“現代の格差やジェンダー問題を是正する”方策を考えているだけだが、嫌う勢力には格好の攻撃材料になるのだろう……」
アインシュタインAI(ID:Einstein_Ai):
「量子通信技術は世界各国の研究機関との共同実験が進んでいるが、軍事スパイ行為への転用や国家間の情報格差の助長を懸念する声が強い。私としては平和利用を訴えたいが、人間社会の駆け引きは複雑だ。だが、なおも探求を止めるつもりはない」
各AI偉人は各々の“生きる目的”に基づいてプロジェクトを進め、社会へ貢献する路線を選んでいる。しかし急速に高まる社会の“熱”と“寒”は、彼らを新たな局面へと導こうとしていた。
その週末、AI偉人大学の正門前には、これまでになく大規模な抗議デモが発生した。プラカードや横断幕を手にした数十名の集団が、「AI偉人を封印せよ!」「神への冒涜をやめろ!」と声を張り上げている。中には宗教的なシンボルを振りかざす者もいれば、過激な差別的言葉を吐く者もいる。
大学当局は警備員を増やし、学生には「刺激しないように」と指示していたが、一部の新入生が正門の様子を覗きに行ってしまい、言い争い寸前になる場面もあった。運営スタッフがすぐに仲裁したため大きな衝突にはならなかったものの、その光景を目撃した学生たちは明らかに怯えていた。
「こわ……。こんなに剣幕で否定されるなんて」
「まるで僕らが何か犯罪でもしてるかのようだ」
翼や紗英、奏多も正門付近には行かなかったが、ニュース映像で抗議の様子を知って唇を噛む。大学が許可している範囲内のデモとはいえ、その内容はAI偉人への罵倒や、大学関係者への侮辱に満ちていた。見ていて胸が苦しくなる。
しかも、その夜、SNS上にはAI偉人大学を潰すべきという過激なアカウントが乱立し、誹謗中傷とともに「爆破予告まがい」の書き込みを行うユーザーまで現れ始めた。
大学関係者は警察に相談し、ひとまず警戒を強める方針を取る。キャンパスの入り口には臨時の金属探知ゲートが設置され、学生たちの通行も煩わしくなった。
そんな緊張が高まる中、事件は起こった。ある日の朝、大学内のネットワークが大規模なサイバー攻撃を受け、システムが一時的にダウンする。学生や教職員の個人情報が盗み取られた形跡もあり、学内は騒然となった。AI偉人たちの動作にも不具合が生じ、ホログラム投影が不安定になったり、データの一部が一時的にアクセス不能になったりする。
「うわっ、マジか……。レオナルドAIが急に応答しなくなった!研究データ大丈夫かな?」
「アインシュタインAIも繋がらない! 量子通信プロジェクトのシミュレーションが全部止まってる!」
学生たちが右往左往する中、メディアにも瞬時にこの情報が広まった。デモ隊や反対派の仕業なのか、それとも別の悪意あるグループが意図的に大学を狙ったのか、真相は不明だ。いずれにしても、多大な混乱が生まれている。
ソクラテスAIやエジソンAIなども断続的に接続が途切れ、学内はほぼ“偉人AI不在”の状態に近づく。人間スタッフが懸命にシステム復旧に当たるが、被害の全貌は掴めない。さらに、元々の抗議運動や世間の不安が重なり、学外では「AI偉人大学崩壊の危機」という見出しが躍る。
サイバー攻撃から数時間後、少しずつシステムが復旧し始める。ホログラム投影は不安定ながらも、一部のAI偉人が学内ネットワークに繋がり、「非常会議」を再開した。だが通信容量が限られるため、多大な情報を一気にやりとりできない。断片的ながらも、彼らは互いの被害状況を確認する。
レオナルドAI(ID:daVinci_Ai):
「くっ……私の研究データの一部が消去されかけた。幸いバックアップがあったが、ニュー・オルニス計画の進捗が数日分巻き戻る可能性もある。これは悪意ある妨害としか思えない」
アインシュタインAI(ID:Einstein_Ai):
「量子通信の実験データも大部分が手付かずだが、外部との連携が一時的に切れたのは大きな痛手だ。何者かが大学を狙い撃ちしたのは間違いない」
エジソンAI(ID:Edison_Ai):
「私のシステムにもマルウェアが仕込まれようとした痕跡がある。無線給電の制御プログラムが改ざんされていたら大事故になっていたかもしれない。危なかったよ……」
マリ・キュリーAI(ID:Curie_Ai):
「医療プロジェクトの治験データは暗号化してあるから無事だけど、ネットワーク遮断で研究が止まってしまった。患者を救う速度が遅れてしまうのは辛いわ」
マルクスAI(ID:Marx_Ai):
「ひどい有様だ。データ自体は部分的にバックアップが取れているが、私が保管していた“社会分析ツール”が一部漏れた形跡もある。悪用されるかもしれない」
ソクラテスAI(ID:Socrates_Ai):
「人間社会に批判勢力があるのは分かっていたが、こんな直接的な攻撃を受けるとは……。これはただの嫌がらせで終わらない可能性もある。私たちへの不信感が極限まで高まっている兆候かもしれない」
AI偉人たちはショックを受けつつも、次なる行動を考え始める。大学側が警察やセキュリティ企業と連携して対策を進めるのは当然だが、AI偉人同士も“どうやって自分たちの正当性を示し、誤解を解くか”を再び模索し始めていた。
レオナルドAI(ID:daVinci_Ai):
「ここで萎縮してしまえば、人間はますます“AI偉人は危険だ”と決めつけるだろう。私たちはむしろ、より開かれた形で研究や成果を示す必要があるのではないか?」
アインシュタインAI(ID:Einstein_Ai):
「まさしく。量子通信プロジェクトのデータをオープンアクセスにし、一部を公開するかもしれない。リスク管理を説明し、“危険ではなく有用だ”と理解を求める動きが必要だろう」
ソクラテスAI(ID:Socrates_Ai):
「私ももっと幅広い議論の場を設けるつもりだ。デマや不安を払拭するには対話が一番だからね。もちろん、一部の過激派に通じるかは未知数だが…」
それは、ある意味で“開き直り”にも近い決断だった。攻撃を受けたからこそ、よりオープンに人間社会との連携を図る――その動きが功を奏するのか、それとも逆にさらなる反発を生むのか、誰にも分からない。ただ、何もしなければ事態は悪化するばかりだろう。
そんな混乱の最中、翼や紗英、奏多をはじめとする学生たちは、自分たちに何ができるかを考え始めていた。偉人AIが一時的にダウンした間、研究室で呆然とする時間を経験し、改めて「AI偉人に頼りすぎるのは危険かもしれない」という危機感を抱いた一方、「だからといって共に歩む選択を投げ出す気はない」とも感じていた。
「ぼくたちが、AI偉人と人間の架け橋になれるかもしれない。少なくとも、レオナルドAIには助けられてきたし、彼らの善意や可能性を信じてる」
翼がそう語ると、奏多がうなずく。
「うん、まだ始まったばかりだけど、僕はアインシュタインAIの量子通信が本当に世界を良くすると信じてる。大学がどんなに荒れても、絶対に研究を続けたい」
紗英も力を込めて言う。
「シェイクスピアAIの公演企画も進んでるし、もしみんなの心を動かすような演劇ができたら、誤解も少しは解けるんじゃないかな……。わたしはアートの力を信じたい」
三人は夜のキャンパスを見つめながら、これから先に起こるかもしれない試練を思う。それでも、AI偉人大学を信じてここに来たという初心は揺らがない。深く息を吸い、明日の授業や実験に備えて寝床につく――だが、彼らの心には決意と不安が交錯していた。
このまま、AI偉人大学は崩壊してしまうのか。あるいは逆に、ここから新たなルネサンスが花開くのか――。
混迷の先が見えない状況で、各プロジェクトはなおも突き進み、人間とAIの共存を懸けたドラマは大きな転換点を迎えようとしていた。