【短い物語】 戦い続ける人の病
「待て、止まれ!」
そう言うと、前の男の鼻先を弾丸がかすめた。
「お、おう、助かったぜ・・・」
目の前の男は俺の肩に手を置きながら礼を言ってきた。
戦いの中に身を置き続けて長くなると、戦場の大局が目に見えるようにわかる。
頭の中で、空から見た地図を同時に見ているかのようだ。
もちろん敵の配置もわかる。敵の狙い先もわかる。だから、指示も的確に出せる。
しかし、他のメンバーたちにはわからないらしい。
目の前の景色だけで精一杯らしい。
俺が見えている地図は一切見えない。
おそらく場数もあるが、経験してきた役割の差も大きいのだろう。
俺は長らく参謀という役割で戦闘に身を置いてきた。
ゆえに今回の戦隊の中でも参謀を務めている。
この戦隊の中では唯一の参謀だ。
今回の戦隊は敵陣に真っ先に突っ込んでいく遊撃部隊だ。
「今回の」と表現したのは、毎回作戦のたびにメンバーが変わるからだ。
戦隊の連携を敵に読まれないためだ。
今回の戦隊も、今行っている作戦が終了したら解散するだろう。
そして、俺はまたこの経験を自身の能力に加え、また次の戦隊の参謀として活躍していくのだ。
▼
ところで、この時代の社会に蔓延している現代病の一つに、
「戦徨症(せんこうしょう)」
というものがある。
成熟し切ってしまった社会の副産物とも言えるのだろう。
社会が進化により便利になり過ぎてしまい、自分の社会への埋没を避けられなかった人間は、この病に陥ってしまう。
社会の進化は、必ずしも人間の進化ではない。
移動から定住、狩猟から農耕へと移行したように、
生活の社会化は人間本来の情動を抑制した。
ゆえに、社会だけの進化を追い求めれば、人間の生存本能を失わせてしまいかねない。
そのため、社会が進化する際には、必ず人間の進化も人間自身は追い求めた。
いや、人間の進化を求められた人間だけが、人間を保てていると言ってもいい。
そんな、社会の進化に、人間の進化を追い付かせられなかった人間が、「戦徨症」になってしまっているのだ。
そして最近、この「戦徨症」が急激に増えている。
事態を重く見た政府は、住民登録はされているものの数ヶ月レベルで目に見える社会活動の動きが見られない場合に、その人間の部屋を訪問し、生存を確認するような法律をつくり施行した。
おそらく彼らも過去は戦ってきたのだろう。おそらく本気で戦ってきた人間がよりこの病に陥ってしまう。
そんな過去の反動で、社会の進化に取り残されしまった結果、ふと目の前に戦いがなくなった瞬間に対応しきれず、ひとり部屋の中で病に伏せていってしまうのだった。
▼
「よし、任務は以上のようだな」
今回の戦闘も無事終了した。危ない場面もあったが、参謀としてメンバーを守ってこれたと思う。
そして、今回の任務が終了したということは、このメンバーで会うのもこれが最後だ。
それぞれがまた別の戦闘へと参加していくのだ。
「ありがとな。また会えたらその時はよろしくな」
俺が声をかけると、皆が握手を求めてきた。
「こんな優秀な参謀と戦えて光栄だったぜ。次の戦闘でもまた活躍してくれ」
そう口々に褒めてくれた。そう言われると悪い気はしない。しかし、また気を引き締めて次の任務へと向かうのだ。
「じゃあな」
俺が皆に別れを告げると、メンバーは次々と姿を消して行った。
その姿を見終えると、俺もゴーグルを外した。
「ふう」
見慣れた作戦室に戻ってきた。
この時代の戦闘は、作戦室と呼ばれる個室からゴーグルで戦闘アンドロイドにアクセスして戦闘に参加する。
参謀であれば特にそうだ。わざわざ生身を危険に晒すことはないのだ。
さて、次の戦闘まで間もない。すぐ召集がかかるが、それまでに今回経験したことを次に活かすために復習しておこう。
そう言って、ノートを取り出してメモをしようとしたその時、
「ガチャ」
作戦室のドアが開いた。
「参謀、任務おつかれさまでした」
ドアを開けてきた見慣れない人間が声をかけてきたが、その人間は俺が参謀であることを知っているらしい。
「ああ、今回もうまく行ったよ。なんだ?次の任務の指令か?」
俺がそう聞くと、なぜかその人間は切なそうな顔をしながら、
「参謀、作戦室を出られてはいかがでしょうか?」
と言った。
俺はその言葉の意味がわからなかった。俺はこの作戦室から戦闘に参加するのが任務だからだ。
「いや、戦いは続いているのだ。俺が作戦室を出るわけにはいかないだろう」
しかし、その人間は執拗に促してきた。
「ですが参謀、他の作戦室の人間とブリーフィングするのも大切なのではないでしょうか。一度いらしていただけないでしょうか?」
確かに、これまで他の参謀職についている人間と話したことはない。
現状について情報交換しておくのも悪くないか。そう思い直し、しぶしぶ俺は作戦室を出た。
▼
作戦室を出ると、そこは俺が思い描いていた軍の施設ではなかった。
それどころか、俺が参加していた戦闘などなかったかのような平和な世界が広がっていた。
目の前の道は人々が行き来し、車が走り、その脇には背の高いビルが所狭しと建ち並んでいる。
「ここはどこだ」
すると作戦室から外へと誘った人間が悲しそうな表情をしながら言葉を返してきた。
「あなたは、戦徨症なのです。3ヶ月間、あの部屋からの社会活動が検知されませんでしたので、私が訪問させていただいたのです」
意味がわからない。俺はそのまま聞き返した。
「せんこうしょう?」
「はい、あなたは戦徨症、それも重度の戦徨症です。あなたがずっと参加してきた戦闘は、存在しません。あなたは、戦闘に参加し続けているという想像に落ちてしまっていたのです。そのため、あなたが戦闘の中で参謀だと思い込んでいたご自身も、あなたが保有していると思い込んでいる参謀という能力も、残念ながらすべて存在しないのです。
調べさせていただたいたところ、あなたは有名な会社で働く優秀なビジネスマンだったとのことです。しかし、5年前くらいから、その優秀さゆえ、新たに来る仕事もこれまでと同じように見えてしまい、刺激に渇望してしまった結果、戦徨症に徐々になっていってしまったようです。
これからあなたは、社会復帰センターで本来の自分を改めてつくっていくことになりますが、現在のご自身をまずは消し去らなければいけないため、それはとてもつらい作業になります。しかし、それこそが人間なのです。あきらめずに頑張りましょう」
な、何を言っているのだ。
何の冗談だ。
戻してくれ。俺を戦闘に。
俺を消さないでくれ。殺さないでくれ。
俺は戦闘の中にいてこその俺だ。参謀であるからこその俺だ。
それをなくしてしまっては俺じゃない。
俺から俺を奪わないでくれ。
たのむ・・。
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