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湯気のある風景

藤枝くんはお昼に私の席に近づいてきて言った。

「ますみさん、大丈夫なんですか?」

藤枝くんは銀縁の眼鏡をかけ長めのストレートヘアを目元まで伸ばしてる。私達は食品を輸出する小さな商社に勤めている。部署は違うが似たような仕事をしている同僚だ。

私は藤枝くんの存在に気づかずふいをつかれるようにして彼を見上げた。答えあぐねていると「飯いきませんか?っていうか俺今日これ買ってきました。」と言って茶色の紙袋を差し出した。

「おお。ありがとう。いいね。」

私達は会社の会議室で藤枝くんの買ってきた包みを広げた。駅近くにあるバインミーのお店で藤枝くんがサンドイッチを買ってきてくれたのだ。ここのバインミーのパンは外側がぱりぱりとしていて美味しい。レバーペーストとなますが良いバランスでパクチーもたくさん入っている。藤枝くんといつしかランチを差し入れしあい一緒に食べるようになって久しいなと思いながらバインミーを見つめた。

わたしはますみさんから連絡がない旨、仕事もまわらなくなってきたことなどを話した。藤枝くんはふんふんと相槌を打つ。いずれ部長が話をしにますみさんの家にいくのではないかとも話した。

「体っていうよりこころって感じですよね。ますみさんの状況。」藤枝くんはバインミーをむしゃむしゃとほうばる。痩せているのによく食べる。

「そうねぇ。何がきっかけなのか。仕事なのか。他なのか。あんまりうち社員同士でプライベートの話しないからわからないんだけどね。」私もなんとも言い難い。お互いに仕事の近況等を共有しバインミーを平らげた。

なんとはなしに藤枝くんがたばこいいですか?と聞いてきた。その段になるとわたしはたばこは吸わないのだが喫煙できる屋上のスペースに二人で登って話をすることになっている。

屋上スペースからは駅の方向に向かって小さな路地が走っているのが見える。高いところから見る景色はひとのこころをすっきりとさせるなとしおは思う。

藤枝くんはたばこをゆっくりと吸ったり吐いたりしながら最近行った名勝の話をしだした。藤枝くんは各地の名勝をめぐるのが趣味だ。この前の休みには富山にある雨晴海岸に行ったらしい。ネーミングがいいね、などと言い二人でスマホをのぞき込んだ。写真で見る限り風光明媚なところだった。

「藤枝くんはなんで名勝を巡ることにしたの?」と聞いてみた。

「自分の大好きな景色の近くに住むっていうのが俺の夢で。その場所を探し続けてるんです。しおさんの夢はなんですか?」

藤枝くんにそんな夢があったことに驚きながら「夢かぁ。」わたしは答えと言葉を探した。大人になってから見る夢っていいなと思いつつ。藤枝くんは銀縁眼鏡の向こう側で目をくるくるさせて答を待っていたのだが「考えとく。」私はそう言って景色をじっと眺めた。藤枝くんのくるくる目は場所を失った。

「またバインミー買ってきますね。」にこっと藤枝くんが笑った。藤枝くんは人好きのする笑顔を持っている。

「あ、支払い。するね。今度は私が何か買ってくるよ。渋谷方面に行く途中にあるイタリアンでピザのテイクアウトやってるんだってさ。」鉄製の階段は足を下すとゴーンゴーンという派手な音がする。響くのにまかせ私達は階段を下りた。こだまする靴音に耳を澄ませながら。








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