実母との距離感
我が家は、夫と娘と私の実母と同居している4人家族である。
母と私は昔からぶつかりやすいところがある。
派手に言い合いをするというよりは、
「むっ」っとし、数日間口をきかなくなるという形で、時折喧嘩をする。
とはいえ、いつも仲が悪いわけではなく、好きなものや好きな考え方は似ているので、合うときはとても良い関係なのだが。
最近は、コロナの流行による外出の自粛でここ2ヶ月くらいは自宅にこもることが多かったためか、今ひとつ関係は良くない。
お互いの行動が、気になってしまうのである。
つい先日も、母の部屋の戸を閉めたことがきっかけで喧嘩になった。
しかも近年稀に見るほどの、母のキレっぷり。
表情はこわばり、語尾は強く、威嚇するする。
初めはうけ流そうかと思ったが、母の堂々たる宣言っぷりに、
「これはちゃんと受け止めないと」と思い、立ち上がって正面切って話をした。
どんどん変わる母の表情に、私もかなり動揺した。
細部までは思い出せない、売り言葉に買い言葉的な言い争い。
もっと大人になれ、やら、数年前の態度を指摘されたりだとか、
ばんばん飛んできた。
きっかけとなった「ドアを閉める」の行為には、ちゃんと言葉をつけた。
「ドア、閉めるね」と伝えたのだが、閉めた理由が気に食わなかったらしい。
私は母のしていた電子機器の機械音がどうしても気になった。でも母の行動を邪魔しタックなかったため、ドアを閉めるという形で少し楽になりたかった。
母は、そんな私を「堪え性のない」「みんな我慢しているのに、お前だけいつも」のように罵った。
どうやら、私が母に対して面白くない気持ちを持っているから、この小さい機械音も気になって口撃してきたのだろう、というのだ。
全くそんなことはない。
むしろ、最近の私たちの関係はうまく行ってたと思うし、
根本的に理解し合えなくても、認め合えば良いのだと思っていた。
同居する上で、母には多くのことを感謝している。
毎回「ありがとう」というのは恥ずかしいので、たまに言葉にして伝えるようにしていた。母もそれを聞いていたし、感じ取ってくれていた。
母に対して昔のような尖った気持ちではなく、
コロナのこともあり、高齢になってきているので、包括的に考えられるようになってきていた。
そこにきての、この些細な音からの、喧嘩。
正直、勘弁してほしかった。
ただでさえコロナのことでストレスが溜まっている。
おまけに、実の親との些細なことでの喧嘩。
でも、思った。
言われれば言われるほど、溝ができる。
昔みたいに、親と子が一つという時期ではない。
今回の言い争いについては、心底傷ついてしまったところがあり、
溝もはっきりできてしまった。
でも、同居は続く。
母の体調面心理面も、無視できない。
そっと見守り、受け入れ、尊重しようと心に決めた。
また、私からの言葉や行動はきっと母に対して鋭く感じられるのだろうから、極力話すのを控えようとも思った。
全く、いらぬ努力を強いてしまう状況。
全身全霊でコロナに立ち向かっていきたいのに、困った状況である。
言い争いから1週間が経った。
私もたまに挨拶以外の言葉をかけるようになってきたが、
相変わらず重たい空気がのしかかる。
正面から顔を見るのも、怖い。
夫や子供は、そんな私の心理をわかってくれている。
同時に、母のこともフォローしてくれている。
なんともありがたい。
こうやって、違う形で家族の連携が取れつつあり、
私と母の距離は埋まらないままきっと、何年も過ぎるのだろう。
どうにかしないと。と思わなくなってしまった。
努力して近づいた挙句このザマである。
少し、疲れてしまった。
コロナのこと、自分の将来のこと、色々が不完全すぎて力が抜けてしまう。
親との諍いは、本当に根こそぎ疲れてしまう。
本当は、なんとかしたいけど、今はその底力がないな。
なので、無理は禁物だ。
ここで無理すると、自分を責めてしまったり、余計にストレス抱えたりするので、よくない。
模倣しよう。
あれこれ先々考えないで、「今」に集中しよう。
私に足りなかったマインドフルネス。
今こそ、実践するときだ。
すべては呼吸から。
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