安倍総理を追悼する⑦イランの首都テヘランに翻った日の丸
FOIP(自由で開かれたアジア太平洋)外交の陰に隠れてイラン訪問(2019年6月)の実績の扱いがあまりに小さいことが筆者は非常に不満です。筆者は安倍総理のイラン訪問の意義は大きかったと思います。しかし、日本のメディアの扱いは意図的に貶めるような報道が妙に多く疑問です。以下はNHKの解説で比較的ニュートラルな解説です。
1回会談しただけで成果を期待する方が無理だし、ハーメネイ師のトランプ拒絶は当初から想定の範囲です。そもそも、ハーメネイ師に会ってトランプ大統領の想いを伝えられたのは安倍総理だけでした。通常「話し合い」が大好きなメディアは不思議なことに否定的な報道が相次ぎました。実に不思議です。筆者は日本エネルギー経済研究所の坂梨祥 氏の指摘に賛成です。
筆者が特に注目したのは、イランの首都テヘランで総理の車列を日の丸を立てた騎馬隊が先導したことです。この映像には正直、驚き感動しました。
外交慣習やプロトコルを覆すことに自己満足を見出す隣国の愚行を日常的に飽きるほど見てきました。私もその隣国の言語使いで恐縮ですが。イランの核開発など問題点や対立点はあるとしても、イランが日本に対して払った敬意については、率直に感動しました。そして、イランに対しても敬意を払うべきだと強く感じました。相互に敬意を払う、外交の常識・基本を改めて思います。
イランの核開発には私も当然、否定的です。しかしイランは存亡をかけて核開発をやっているだけに真剣なのです。それだけに、だからこそ、日本から訪問して、核合意を守れ、話し合おう、とを呼びかける日本の価値があるのではないのでしょうか。この価値を日本のメディアは意図的に無視しました。
実は1983年8月には父である安倍晋太郎外相(当時)がイラン・イラク戦争の仲介を試みようと両国を訪問し、停戦を呼び掛けた経緯があります。
この時は、アメリカから冷ややかな視線(1979年イラン・アメリカ大使館人質事件やイランイラク戦争等)があり、日本の外務省もかなり消極的(と言うか大反対)でした。そこを何とか会談にこぎつけて和平を呼びかけました。その時のカウンターパートがベラーヤティ外相でした。このとき安倍総理は外相秘書官として同行しています。
実に、36年前の訪問を「資産」としての活用して回収ということです。アメリカやインドとの外交では「岸信介」を演説で活用し、イランでは「安倍晋太郎」を活用。外交上の「資産」や「信頼」の活用とはこういうものかと実感します。
結果的には、この「はじめの一歩」が、最後になってしまいました。このことが残念でならないのですが、この「外交資産」をどう引き継ぐのか、を論じるのが本来の追悼のあるべき姿と思います。
この会談に尽力された薗浦健太郎代議士をはじめ、政治家の方々にしっかりとこの点を論じて追悼として頂きたいところです。(メディアが意図的にこうした面を無視している。)
なお、安倍総理のイラン訪問に関しては、NHKの岩田明子解説委員が同行取材を行い、テヘランからのリポートで黒のヒジャーブ(ペルシャ語だと「ヘジャブ」が近いか)を被って登場しました。白いほうは?という意地悪ツッコミはともかく、彼女の解説も、もう見られません。
イランの国際関係での問題については、高橋和夫氏の著作が参考になります。