日韓首脳間の懇談での問題について考える
日本側は正式な会談ではないので「懇談」、韓国側は「略式会談」ではあるが、先日ニューヨークで行われた。韓国語使いとしての筆者の考えを前回同様につらつら書いてみた。
会談の位置づけはともかく、そもそもの問題の用語自体も異なっており、問題は根深いことが良くわかる。
まず、この会談にあっては北朝鮮問題で、米国からの関係改善の要望があることが米専門家の産経新聞への寄稿などからも読み取れる。「慰安婦」問題の起点になった河野談話も、1994年の北朝鮮核危機下での関係悪化を懸念した背景から出ている面もあり、北朝鮮核危機下での韓国の歴史問題への妥協が結果的に問題を「作った」愚行を繰り返してはならない。
(1)両国外務省での問題の呼称の相違の確認
日本の外務省:「旧朝鮮半島出身労働者問題」
韓国の外交部:「強制徴用問題」
そもそも今回問題となっている大法院判決の原告は事実関係として4人とも企業の募集広告を見たり、役場から勧められて応募など民間企業の賃金、待遇の諸条件に納得して働きにきた。彼ら全員が徴用の始まる1944年(昭和19年)9月以前に渡日しており、当時の制度上の「徴用」とは無関係で、徴用ではない。この点は明確にすべきだ。ところが、韓国の司法(大法院判決)は民間企業の募集で渡日した労働者も含めて全員を「徴用」と見なしている、これは併合当時そのものが「不法」で、不法状態下での行為は全て不法、という認識から発している。しかし日本側としては韓国司法の異常なこの判断を認めれば基本条約と請求権協定など関係の基盤が崩壊する点は何度も警告しているのは言うまでもない。
(2)両国外務省での「首脳間の懇談」・外相会談の発表による相違
両国での外務省の発表自体もポイントやニュアンスも当然ながら異なる。9月の首脳会談と外相会談を例に見てみよう。
首脳間の懇談の発表による相違(2022年9月21日)
【日本外務省の発表】220921
・両首脳は、現下の戦略環境において日韓は互いに協力すべき重要な隣国であり、日韓、日米韓協力を推進していく重要性について一致した。
・両首脳は、北朝鮮への対応における更なる連携で一致した。また、尹大統領から拉致問題について改めて支持を得た。
・両首脳は、懸案を解決し、日韓関係を健全な関係に戻す必要性を共有し、1965年の国交正常化以来築いてきた日韓の友好協力関係の基盤に基づき日韓関係を未来志向で発展させていくことで一致した。
・両首脳は、先の日韓外相会談を含め現在行われている外交当局間の協議を加速化するよう指示することで一致した。
・また、両首脳は、首脳間でも意思疎通を継続していくことで一致した。
【韓国大統領室発表】220921
・両首脳は,自由民主主義,人権,法の支配など相互に共有する普遍的価値を擁護するため国際社会とともに連帯し協働していくことに共感し協力していくこととした。
・先般我々は、(北朝鮮の)核兵器法制化や7回目の核実験の可能性を含む北朝鮮の核計画に関する深刻な懸念を共有し、それらに対応するために国際社会と緊密に連携していくことで一致した。
・我々はまた懸案事項の解決による二国間関係の改善の必要性に共感し、このた外交当局に対し外交当局間の対話を加速するよう指示しつつ,協議を継続することを決定した。
・両首脳は、首脳会談間のコミュニケーションを継続することを決定した。
外相会談の発表に見る相違(2022年9月19日分)
【日本外務省の発表の外相会談の発表】
・両外相は、現下の戦略環境において日韓、日米韓協力を推進していく重要性について改めて一致した。
・両外相は、北朝鮮への対応における更なる連携で一致した。また、朴長官から拉致問題について改めて支持を得た。
・林外相から、先般の光復節や就任100日目会見での尹大統領の日韓関係に関する発言について、尹大統領自身が日韓関係改善に向けた強い意志を示したものと前向きに受け止め、歓迎している旨改めて述べた。
・朴長官より、旧朝鮮半島出身労働者問題に関する韓国側の立場について説明があり、これに対し、林外相は日本側の一貫した立場を伝えた。
その上で、両外相は、外交当局間で行われている建設的なやり取りを評価しつつ、日韓関係を健全な関係に戻すべく、問題の早期解決に向けて両国間の協議を継続していくこととした。
【韓国外交部発表の外相会談の発表】
https://www.mofa.go.kr/www/brd/m_4080/view.do?seq=372762&page=1
・両外相から最近急変する国際情勢及び朝鮮半島の厳しい情勢に鑑み,引き続き日韓米協力を強化していくことで一致した。
・朴外相から過去史懸案に対する望ましい解決案を迅速に導き出すために誠意を持って共に努力していこう、とした。
・両外相からこれまでの4回開催された外相会談等の韓日間の建設的に意思疎通をしてきたことを評価し、相互信頼関係に基づき今後も様々な機会に両国外交当局間の対話・協議を継続していくとの認識が一致した。
これらからわかる点として日本側は、従来通り「旧朝鮮半島出身労働者問題」としているが、尹政権発足後・朴外相就任後での韓国側の日韓外相会談の報道発表などでは「強制徴用問題」の用語がほとんど出てきてない。しかも、韓国側メディアが用いる「賠償問題」がほとんど出てきていない。(メディアの質疑応答では出てくるが)、さすがに韓国外交部の日本専門家も焦っているフシがこのあたりからも見て取れる。ただ、これをもって何かを評価するには全く値しない。
なお、日本側からは「1965年の国交正常化以来築いてきた日韓の友好協力関係の基盤」と言い、韓国側は「過去史懸案」としている。核心となる「徴用」「賠償」は避けており、対立を避けたい思惑や知恵とも解するべきか。ただ、筆者は日本側が婉曲な表現を使用したり、妥協案を早くから示唆したり、主張しないことで丸く収めようとする態度がかえって問題をこじらせてきた、と感じている。
また日米韓や北朝鮮情勢には触れており、首脳会談の開催にあたってのフライングリークが行われるのも、関係改善の督促が米国から韓国側にあり、このための米国に対する「関係改善努力してます」アピールだ。(強者に諂う韓国文化)一方で日本側から、政府高官(≒官房副長官)がフライングリークを「意図が分からない」「奇々怪々」とメディアにこぼしていたようだが、非常に甘く、猛省を求めたい。
韓国側が政権交代があり、人事総入替でリセットされた部分があり、文在寅の最悪は脱したかもしれないが、日本側もこれまで安倍内閣から官邸主導で進めてきた「官邸外交」が岸田内閣でリセットされている点で非常に問題ある。政府高官が今「意図が分からない」では安倍内閣当時から同様のウソツキリークは何回もあったにもかかわらわらず、この経験がリセットされている証拠だ。日本に政権交代なく政策継続性があると思い込んでいるのは日本の役所だけで、政権交代による人事変動での無知に機会を見出して付け入るのは、韓国側が「人治主義」で、むしろこの手練手管に慣れていると言える。ついでに韓国メディアも基本条約や請求権協定の解説はほとんど言及しないが、自民党の派閥争いは韓国メディアで驚くほどの数の記事になっている。それほど人治主義が大好きだ。
ところで、1998年の日韓共同宣言(小渕首相-金大中大統領)が尹大統領就任以降、突如として何回か出てきている。
しかし、2001年7月に韓国国会で「日韓共同宣言」の破棄を含め、対日関係全般の見直しを韓国政府に促すことなどを盛り込んだ決議を満場一致で採択されている。
尹大統領がこれを持ち出すのであれば、同国会決議の撤回と有効宣言を韓国国会で再度全会一致での採択が最低限の条件だ。そうでなければ、ただの願望表明で意味がある表明とは言えない。さらに「1998年の良かった当時の関係に戻す」という意思があるなら大法院の異常判決破棄が絶対条件だし、そもそも、岸田外相の日韓合意の履行を韓国国会で決議させる方が先だろう。
不思議なことに日本のメディアでこの韓国国会の決議に触れたものはほとんどなく、韓国の都合の悪い話を避ける言いようのない薄気味悪さを感じる。
(3)両国のメディアの呼称と問題
両国のメディアでの呼称が全部同じではなく、それぞれに問題の認識が反映されている。主なものを拾ってみよう。
【日本側メディアの呼称と問題】
朝日:徴用工問題
読売・毎日・日経・共同:元徴用工問題
産経:いわゆる徴用工訴訟問題
NHK:「徴用」をめぐる問題
産経が「いわゆる」「訴訟」をつけたり、NHKが「」を付けているのは、日本政府の認識を踏まえているからで、他は「元」を付けることにどういう意図があるのか意味不明だが、問題の本質をゆがめている。朝日に至っては、そのまま「徴用工問題」など、問題でないものを「問題」とされている。筆者からすれば「韓国司法の国際法違反判決問題」としなければ、問題の本質からずれてしまう、という認識だ。「徴用」と言う単語を用いることが既に韓国側の思うツボになっているところもある。
外務省も、質疑応答で「徴用」と言うメディアの質問は、「旧朝鮮半島出身労働者問題のことか?」と確認するべきだ。
ところで最近になって、日本側に妥協を促すような記事やコラムが連発されるようになった。フジテレビの鴨下ひろみが代表的な例だが、具体策も何もなく「動く時だ」と説教を垂れる愚にもつかない評論を嗤うだけでは収まらない。
日本の韓国大使館が日本メディアなどに積極的に働きかけていると筆者は感じた。拉致被害者家族にも面会し拉致問題での連携を持ち出すことで日本の保守系を軟化させようという作戦も、彼らの常套手段で額面通りには受け取れない。
全部関係改善での東京の韓国大使館のアピールだろうが、反対に日本の在韓大使館は、彼らの働きぶりをむしろ見習うべきで旧朝鮮半島出身労働者問題に関してのHPの説明も「やっつけ仕事」感が充満していて問題だ。在韓大使館はこの問題をたったのPDF3件しかアップしていない。しかも日本語のシートをそのまま韓国語訳しただけだ。これでは認識の相違もあるのは当然で、自民党の外交部会で問題にしてもらいたい。
もう一つ、日本メディアからは外相のタッチの形がどうだとかフンイキがどうとか、愚にもつかない質問も多い。一方で韓国外務省は質問した記者と社名も含めて発表しており、この点は見習うべきだと思う。
【韓国側メディアの呼称】
聯合ニュース:徴用被害者への賠償問題
朝鮮日報:強制徴用賠償問題
中央日報:強制徴用被害者賠償問題
ハンギョレ:強制動員被害者に対する賠償問題
KBS:強制徴用被害者賠償問題
「徴用」とするか「強制動員」なのかで用語が分かれるが、「徴用」だと当時の制度としての徴用ではなく応募と言う点でおかしいので、ハンギョレなどの「強制動員」が判決の趣旨を踏まえた(判決そのものが無茶苦茶だが)呼称と言える。問題はいずれも「賠償」を用語としてセットにしており、いずれも日本側の認識とは大きくかけ離れている点だ。判決そのものから導き出された「賠償」を問題にしており、日本側からすれば論外だ。
筆者が最も感じるのは、韓国司法の異常さもさることながら、むしろ日本の外務省の怠慢だ。これらを「やっつけ仕事」でやっているから首脳会談のウソツキリークが平気で行われている。韓国批判も結構だが、日本側でいうべきこと・やるべきことが行われているとは到底思えない現実がある。
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