反出生主義と人類の責任の限界について
1. はじめに
Wikipedia日本語版の「反出生主義」の記事の最近の版によると、森岡正博は「反出生主義実現のためには人類を消すと同時に、人類以外の生物の進化を全面的に制御する必要がある」という趣旨の主張をしているようだ。「生物とその苦痛感覚は物質から、物質と宇宙は『無』から生成する可能性」があり、それらの生成を制御する必要があるとの趣旨だ。
しかし、反出生主義者は人間である。「無」から新たに生成する物質・宇宙のような、そもそも人類が物理的に干渉できない事柄については反出生主義者は責任をとることができない。人類の有感生物に対する責任には限度があり、その範囲内で反出生主義を実践するしかないと考えざるをえない。
では、その人類のとりうる責任の限界はどこ/いつにあるのだろうか考えてみよう。
2. 人類の責任の空間的限界
人類の責任の空間的限界は、現時点では、地球全域だけでなく木星の公転軌道内まで、と考えるのが妥当ではないだろうか。現に人類はアポロ計画により、月の表面までは到達したことがあるほか、国際宇宙ステーションで一部の宇宙飛行士たちが活動している。さらに、NASAは月や火星への人類の進出を検討している。こうした宇宙移民計画が技術的に可能となるのが何年後かは分からないが、月や火星までの範囲は空間的限界の範囲に入れるべきだと考える。また、逆に、ガス状天体である木星以遠への移民は現時点ではあまり現実的ではないとされている。また、太陽系外の天体で暮らす生命体に対して間接的に絶滅を促すために哲学的なメッセージを送ることも、現実的ではないと考えるべきだろう。
3. 人類の責任の時間的限界
人類の責任の時間的限界の検討は、空間的限界の検討より難しい。たとえば、放射性廃棄物の放射能がウラン鉱石並みまで低下するには数万年~10万年程度かかると言われており、放射性廃棄物の処理に関しては人類の責任は10万年後まで続くと考えていいだろう。
では、反出生主義が扱う最重要テーマである生殖についてはどうだろうか。人類は地球(と木星公転軌道内)での有感生物絶滅後どのくらいまでの期間の生殖を予防することができるのか。現時点で私には判断することはできない。そもそも、全ての有感生物を絶滅させる具体的な方法が確立していない以上、責任は時間的に有限ではあるがその具体的な期間を判断することはできない。
4. 人類の責任の時間的限界を超えて
有感生物の絶滅を志向する反出生主義にとって、人類の責任の時間的限界を超える方法が一つある。それは、石板のような劣化にしにくいメディアに反出生主義のメッセージを書き残し、はるか未来の地球に発生した生物や訪問した生物に解読してもらうという方法である。未来の地球を機械で監視したり、太陽系外で暮らす生物と複雑なメッセージのやり取りをしたりすることより、はるかに現実的な方法と言えるだろう。ただし、石板も経年劣化するものであり、人類の責任の時間的限界を延長することはできるものの、無限に延長できるわけではないことに留意が必要だろう。