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反出生主義と反反出生主義と用語の使い方について

英語で「ジャーゴン (jargon)」という単語があります。ジャーゴンという言葉には「専門語、職業語」「隠語」といった意味があります。ただしジャーゴンという単語自体が差別的なニュアンスを含みうるため、本稿ではこの単語をなるべく使いません。本稿では、不適切な専門語・隠語について書いていきます。

具体的には、いち反出生主義者として、反出生主義および反・反出生主義と不適切な用語の関連について書いていきます。
ここで、反・反出生主義者とは反出生主義や反出生主義者に対して不合理な攻撃を行う者であると定義します。また、反・反出生主義とはそのような攻撃に用いられたり攻撃を正当化しようとしたりする言説や思想であると定義します。

1. 反・反出生主義者が用いる不適切な用語

ここでは、主に反・反出生主義者が用いる不適切な用語を3つ紹介して批判します。

最初に紹介する用語が、「無産様」です。これは、出生時に割り当てられた性別が女性でありかつ出産をしていない人を揶揄・攻撃する言葉です。この用語は、漫画「鬼滅の刃」に登場する悪役である「鬼舞辻󠄀無惨」をもじったもので、この漫画の作中で非道な行動を繰り返したキャラクターのイメージを利用して揶揄・攻撃する意図があることは明白でしょう。
そもそも、全ての人には生殖を行わない権利があります。また、様々な理由から生殖をすることが難しい人もいます。生殖しない人を揶揄・攻撃する用語を使ってはいけません。

第二に紹介する用語が「反出生フェミ」です。これはアンチフェミニストが考案したと思われる用語であり、まだまだ反出生主義にはネガティブなイメージが根強いことを利用してフェミニズムやフェミニストを攻撃する意図があるでしょう。ネガティブなイメージを持たれている対象を表す単語と別の単語を連結して、別の単語からもネガティブなイメージを想起させようとする手口です(似たような意図で作られた用語に、日本共産党へのネガティブなイメージを用いて立憲民主党を攻撃する用語である「立憲共産党」があります)。

第三に紹介する用語が「チー牛」です。発達障害者や就労移行支援の利用者の容姿を揶揄する障がい者差別とルッキズムの複合が由来となっており、この時点でこの用語を使ってはいけません(その由来や背景をよく調べずに、あるいは由来や背景を軽視してスラングやミームを用いることは、差別やハラスメントへの加担になりがちです)。この用語は、出生時に割り当てられた性別が男性であり独身かつ子無しである人を攻撃する用語として転用されています。独身者や子無しである人を攻撃する用語が拡散すると、あらゆるジェンダーの独身者や子無しである人が蔑視・攻撃されるようになります。

このような不適切な用語は他にも多数ありますが、全部を紹介して批判しようとすると記事が終わらないため省略させていただきます。
こうした不適切な用語はしばしば、それを用いるコミュニティの内部でしか意味やニュアンスが理解されません。そのコミュニティがたとえ、「インターネット上の日本語話者コミュニティ」程度の広さを持っていたとしてもです。内部でしか意味やニュアンスが理解されない言葉を常用するということは、コミュニティの外部から理解されることを諦めているとも言えます。
さらに、こうした不適切な用語は、しばしば現に存在する多様な人々を男女二元論的な前提に押し込んでいます。
反・反出生主義者たちは、こうした不適切な用語を使っていることを互いに確認することで結束を固め、そのコミュニティの外部への攻撃を先鋭化させていきます。また、副次的な影響として、コミュニティ内部でのハラスメントを透明化し助長する効果もあります。

私たち反出生主義者は、このような行動をとる反・反出生主義者を批判しています。しかし、反出生主義者を自称する者も似たような行動をとっていないでしょうか。

2. 自称反出生主義者が用いる不適切な用語

ここでは、自称反出生主義者が用いる不適切な用語として、代表的なものをピックアップして紹介します(これも、全部紹介して批判しようとすると記事が終わらないため一部のみの紹介とします)。

第一に紹介するのが「飯炊きオナホ」です。主に家父長制を支持・擁護する女性である名誉男性であり、かつ既婚である人を揶揄する蔑称です。この用語の問題は、批判のピントがずれており、そのピントのずれの原因もミソジニーにあることです。少なくない既婚女性が家父長制を支持・擁護するような状態に陥っている現状自体が、家父長制の結果です。女性をそのような状態に追い込んでいる男性にこそ蔑称が与えられるべきでしょう。

第二に紹介するのが「強産魔(ごうさんま)」です。出産という過程により生まれてくることを子に対して強制する人(要は、出産した人のことです)を。確かに、生殖・出産の前に子から出生の同意を得ることは不可能であり、生殖行為は子に対して生まれてくることを強制する行為だと言えます。一方で、避妊を伴わない不同意性交(ご存じの通り、特に女性をターゲットとしたものは強姦と呼ばれます)と中絶へのアクセス不全の結果として出産せざるをえない人がいる以上、この用語は不適切な用語です。

反出生主義者を自称する人たちも、このような不適切な用語を使っていることを互いに確認することで結束を固め、そのコミュニティの外部への攻撃を先鋭化させています。

では、逆に適切である(あるいは、さほど不適切でない)用語としては、どんなものがあるでしょうか。

比較的適切な用語の例を挙げるなら、「出生被害」でしょうか。これは、生まれてくることを強いられていること自体が被害であるということと、その被害を指し示す用語です。反出生主義者でない人には厳密な意味合いやニュアンスが伝わらない場合もあると思いますが、「出生に関する被害のことなんだな」くらいのことは理解されると思います。
この用語を使うことは、反出生的な思想を有するコミュニティの内部だけではなく、コミュニティの外部から理解されることをまだ諦めていないことを示しうるのではないでしょうか。

3. 不適切な用語を使わないようにしよう

本稿の結論を述べると、コミュニティの内部でしか意味やニュアンスが理解されないような不適切な用語を使うべきではありません。

反出生主義のコミュニティと反反出生主義のコミュニティでは、現状それぞれにおいて、多様な人々を男女二元論的な前提に押し込み、内部の結束を固める一方そのコミュニティの外部への攻撃を先鋭化させ、内部でのハラスメントを透明化し助長するような用語が多用されています。

このような用語の使用をやめて、より適切な用語を用いて語ることが、コミュニティを健全化し、また論理的な議論を再建するための第一歩であると私は考えます。


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