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夢の引力



15:25分、吉祥寺駅公園口。サスペンダーに眼鏡という出立ちで私とのDM画面を見せながら、25分遅刻した奇人が近付いてきた。

初対面である事を加味して10分前には到着していた律儀な私は暑さを凌ぐために入った店で別々の店員から2回、ひと通りの接客を受けてボディークリームを両手の甲に塗られていた。


「とりあえず歳は嘘じゃないな」というのが奇人の第一印象だった。



遡って5日前。掲示板界では地獄の谷底の入り口位に位置しているであろう「お笑い相方募集掲示板」という掲示板がある。前からそこを時々見ていながらいつも見るだけだった私がとりあえず誰かしらと連絡をとってみようと唐突に思い立ってページを開いた1番上に数時間前にされた投稿があった。
深夜だったがその投稿に載っていたメールアドレスにメールを送り、初めのメールから3往復で会う約束が決まった相手が奇人だった。



2歳下の奇人からアパートの停電工事が長引いて遅刻したことの謝罪を受けながら喫茶店に入った。
奇人に就職の予定は無く、完全にお笑い芸人として生きていくつもりらしかった。


奇人はアイスコーヒーを飲みながら、自分から頼み込んで友人と出場したキングオブコントで2日前に自らネタを変更したにも関わらず自分が序盤でネタを飛ばして落ちたこと。中1から高2まで非常にどイタい人間であったこと。仕事があまりできないこと。今後の活動で何があっても踊りたくないことを話していた。私は時々当たり障りの無い質問をしたりもしてみた。



お互い自分が書いたネタを見せ合った。奇人が見せてくれたネタを「めっちゃくちゃ面白い!」とは感じなかったし恐らく私のネタに奇人も同じ感想を持っただろうと思う。お互い一応笑っていた。因みに奇人は見た事がない機種の携帯を使っていた。




奇人は終始緊張していて敬語だった。2時間ちょっとで7回トイレに立った。同じ話を何度かした。もしかしたら今朝なんとなく選んだシースルーシャツとしっかりめのメイクのどちらか、もしくはどちらもが選択ミスだったのかもしれないと思った。奇人にとって私は想像と違ったらしかった。もの凄くふくよかな人かおじさんのどちらかが来るか、もしくはドタキャンされることを想定していたらしい。


初対面で特別ビビッとくるということもなく、感性がぴったり合致するということもなく、もの凄く未来に道が開けた感覚も今のところない。














しかし私は今、相方である奇人と舞台に立つ為のネタを考えている。
それ程までに夢の引力とは凄まじいのである。



初日の奇人。2人で写真に写る程ではないが相手を撮ることはできる程度の仲。

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