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ICUC-129_2022.10.2【歴史換算年齢】ICUC知的好奇心向上委員会

【ICUC知的好奇心向上委員会】の私の知的好奇心の向上&趣味の文字起こし。I see, You see ! Intellectual Curiosity Update Committee !

角田陽一郎129「歴史換算年齢」ICUC知的好奇心向上委員会

好きなアーティストと好きな話をすることほど、勇気をもらえることはない。
好きなアーティストの好きな作品があるからこそ、僕らはそこからまた何かを生み出せるんだ。
そんな話をして、自分の人生もう一花咲かせてみようかと、そんな勇気をいただいた。
今も昔も、やりたいことはたくさんあるのだ。

昨日ちょっとしたきっかけで気づいたことを、今いろいろ調べてみると、
これまでの自分のあらゆる行動の意味が、
今までの自分が懸けてきた歳月の意味が、
自分が考えていたことの何もかもが、
今、きっかり付合してしまった。
今、あまりのことに茫然としている。
なので記録しとく。2022/9/28/13:41

タイトルに惹かれて読んだら酷い本だなって思ったのでAmazonレビュー見たらだいたい同様な意見だった。一方でいい本だなって思ってレビューを見たら(時には悪意ある酷いのもあるけど)だいたいその核心を突くいい意見多かった。極論のノイズを自分で除去すれば、レビューってのはなかなか価値がある。
これ、Twitterだってテレビのコメントだって、なんなら政治や社会や経済や学問や人生だって、同様かもしれない。それぞれの極論に目が行って取り上げられやすいけど、そこに目が奪われて、大事な本質や真意が見えなくなってしまうのが、なんか勿体無い。

石井ゆかりさんの占いに「この9月は、想定外・予定外のこと、間違いや変更があなたを新しい場所へと導いてくれるタイミングです。予定通り、想定通りのルートからはみ出したところに本当に進むべき道が見つかる気配があるのです」とあった。
どういう意味だろ?と思っていたらまさにそういう9月だった。

『世界史の構造的理解』 長沼伸一郎(PHP)

角田陽一郎 オフィシャルwebサイト

mireva channel

動画の内容(+文字起こしメモ&感想)

今日ほど話すのを迷ってる回はない

 おはようございまーすぅーー。 知的好奇心向上委員会ますでございます。いや今、おはようございますって言って時間見たらもう11時で。もう間も無く日曜日も終わる感じでございますが。あれですね、10月になりましたね。10、11、12、あと3ヶ月で今年も終わりということで。早いですねぇ。早いっすねーって毎回、毎回言ってますけどね。うん。
 で、さっそく30分ぐらい話してみようかなと思うんですけど。どこから話そうかなーと思ってて。今日ほどですね、話すのを迷ってる事はないんですよね。迷ってる回は。で、なんでかと言うと。話したい事はあるんですよ。あるんだけど、あったんだけど、あまりにもすごい事なので話さない方がいいんじゃないかなってだんだん思って来たって言うか。んっふっふっふっふ。
 そう、あの…ね、水曜日にその事が起こって、僕の中では本当に革命的発想の転換だったんですけど。その革命的発想の転換っていう意味以上に、なんかね、あらゆる今までの僕の考えてた事とか、僕の生きて来た人生のタイミングとかとすごいガシャガシャッて符合しちゃった事があって。それを知った時にね、僕はね、ちょっとね、本当に…愕然とした。ええ?!そうなってるんだ!なんて思った事があるんですよ。なので、それが水曜日だったから、この週末のICUC知的好奇心向上委員会ではその話をしようかなって思ってはいたんです。
 思ってはいたんだけど、あまりにも、なんて言うんだろう?僕の中ではすごい事なんだけど、これ別に、これを見ている人がそのすごさにむしろ気づかないんじゃないかなーなんて。気づかないと言うか、なんて言うんだろう、気づかないというのはむしろ僕側の問題。”これ僕の話なので”と言うか。言っても”ふ~ん”って言われちゃう感じがしてて。言っても”ふ~ん”って言われるなら言わない方がいいんじゃないかなと思ったりと言うか。なんかそんな事を思ったんで、かなり迷ってて。
 で、昨日とかはね、コトブキツカサと市川美絵さんと銀座のMAMEHIKO銀座で「寿司生特」コトブキツカサ・ライブスペシャルってのをやったから、まあそういう話しでお茶を濁す…お茶を濁すーという手もあるんですけど。ああ彩さん、おはようございます。「気付かないとしても聞きたいでーす」いや聞きたいですよね?…聞きたい?いや聞きたいですよね?って言うのもおかしいな。いや、これね。迷って…うぅ~ん、迷ってるんですよ本当に。う~ん、でも話し始めますか…?でもね、う~んとね、結局いま僕が今日思ったのは、その話は話すけども、僕の確信には触れない話にしようかなーってちょっと思ってます。うん、だから、う~、その話が起こって、なるほど~と思って、それを僕の人生に符合してみたりとか、最近の僕の周りの環境に符合してみたらバシャバシャ色んなものがハマっちゃったっていうところの、ハマっちゃった話しは…やめようかなーと思いました。ただその話のきっかけになった話し。つまり、それは皆さんにはフィードバックされる話しなんじゃないかなーと思って、ちょっとそれを話してみようかなーなんて思ってるわけです。

世界史の構造的理解

 で、じゃあそれは何なのか?っていうと。タイトル、今日のYouTubeのタイトルに書いたんですけど。【歴史換算年齢】って書いたんですよね。(笑)意味分かんないと思うんですけど。【歴史換算年齢】っていうのを知ったわけです。で、じゃあそれ何か?と言うとですね、この本を読んだんですね。「世界史の構造的理解」長沼伸一郎さんのね。今、僕は世界史の本を書いてるからどんな本なのかなーと思って。
 で、長沼伸一郎さんって方は理系の方なんですよね。で、1987年に自費出版の「物理数学の直感的方法」っていうのの出版によって、理系世界に一躍名を馳せる。その後、どの組織にも属さず仲間と一緒に研究生活を送っているっていうことで、なんかこう「物理数学の直感的方法」「経営数学の直感的方法」「現代経済学の直感的方法」みたいな本を出されてる方なんですね。で、その方が世界史を…たぶん理系的に切るというか、「世界史の構造的理解」っていう本なんで、まあちょっと面白いなと思ってこの本を読んでいたわけです。
 そうすると、だからここでもう…ここでもう僕はちょっともう今日話したくない理由の一つなんだけど。こういう風に言うと良くないけど、そんなにいい本じゃなかったです、正直。こういう風に世界史を見た方がいいんじゃない?っていう構造的に解説している構造がなんかちょっと独りよがりな気がしました。うん、いや別に僕が世界史に詳しいわけじゃ全然ないけども。本当にそうなのかな?って思う様な事が多いなって。
 それでね、Amazonレビューとかちょっと見てみたら、やっぱりそういう風に書かれてるコメントが多くて。「あ、なんだよ、むしろAmazonレビューってちゃんとしてるんだな。」って思ったっていう。Amazonレビューがちゃんとしてるんだよなーって思ったっていうのは、だから僕数日後にその事書いてるんですけど。実はこの本に関してそう思ったって事なんですね。えーと、ちょっとそのSNSに書いた事を読ませて頂くと。

タイトルに惹かれて読んだら酷い本だなって思ったのでAmazonレビュー見たらだいたい同様な意見だった。一方でいい本だなって思ってレビューを見たら(時には悪意ある酷いのもあるけど)だいたいその核心を突くいい意見多かった。極論のノイズを自分で除去すれば、レビューってのはなかなか価値がある。

これ、Twitterだってテレビのコメントだって、なんなら政治や社会や経済や学問や人生だって、同様かもしれない。それぞれの極論に目が行って取り上げられやすいけど、そこに目が奪われて、大事な本質や真意が見えなくなってしまうのが、なんか勿体無い。

 ってことは書いてるんですけど。それはそれでまあ、まあ…まあいいんです。この話の本質ではないんだけど。で、けど。この本がそんなに僕の中では刺さらなかった…刺さらなかったなーって思ってるっていうところも僕の中ではちょっと面白いんですけどね。うん、面白いんですけど。

歴史換算年齢

 で、そうなんだけど。その中にむしろコラム的にですね、出てくるんですよ。第二章、第三章あって…番外編。だからたぶんコラム編なんですけど。番外編で『歴史を正しく把握するための「歴史換算年齢」』ってのがでてくるんですよ。で、これ何かと言うと。簡単に言うと坂本龍馬って32歳で亡くなってるじゃないですか。若っ!みたいな感じなんだけど。つまり昔の人って結構若くして活躍して若くして亡くなってる方が多いけど、今、それこそ長沼さんは理系の方だからだと思うんですけど、その頃に比べて──その頃ってのはいつか?は置いといてですけど──昔に比べて今の方が圧倒的に情報量が多くて。すごいすごい学ばなきゃいけない事がたくさんあるから、なんか本当は全世界のために、この世界のためにこういう風にやればいいんだよって思うためにはあらゆることを知らなきゃいけなくて。それがもう物理的に難しいんじゃないか?と。 なので、そういう野望を持ってる若い人たちも結局全部のことを把握することは出来ないから、結局蛸壺的に自分の専門だけ詳しくなるとか。それは一方で金儲けとかビジネスもそうだと。そうすると、世界をいい方向にしようと思っている若い人が仮にいても、あまりにも勉強する量が多すぎて間に合わない。──という事を言ってるわけです。まあそうだなーと思うんです。
 その時に、ただまあここには直接書いてなかったけど、なるほど、たぶんそういう要素が入ってるんだけど。ただ、今当時よりも明らかに平均寿命みたいなものが増えてるじゃないですか。そうすると単純に1.5倍に年齢を換算してもいいんじゃないか?と。という様なことが書いてあって。それを【歴史換算年齢】って言ってるんです。
 だから、どういう事かと言うと。坂本龍馬を例に取るとですね。例えば彼は18歳で土佐藩を出て江戸に来る。で、江戸の千葉道場に入るんですけど。18歳なんで、18歳を1.5倍すると27歳。うん、だからなんか司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読むとなんかまるで18歳で東京で出て来てるから、高校卒業して出て来た様な感じなんだけど。昔の感覚で言うともう27歳。で、出て来たんじゃないかと。
 で、土佐藩を脱藩して江戸に上り、勝海舟と繋がるみたいな感じなのは実際では27歳なんですけど。27ってのを換算すると40歳なわけですよ。で、坂本龍馬はだからそこから影に薩長同盟みたいな感じで活躍しますけど、暗殺されて32歳で亡くなるんだけども。結局それって32歳を1.5倍すると48歳。
 うん、だから何となく27歳で東京出て来て。40歳ぐらいで勝海舟と会って。そこから8年ぐらいかけて48歳で亡くなったって考えた方が今の時代の年齢の感じには合ってませんか?っていう様な事を書いてて。ああ!なるほどなー!と思ったんですよ。この、だから【歴史換算年齢】って面白いなと思って。
 で、この方はたまたま幕末のことしかここでは書いてないので、例えば新撰組で言うと近藤勇と土方歳三って…同じなんですね、34歳でたまたま亡くなってんですね。うん、で、34歳で亡くなってんだけど、34歳を1.5倍にすると51歳。うん。だから実は近藤が浪士組に参加したのは29歳って言われてんだけど、1.5倍すると43歳。だから逆に言うと40代ぐらいまではずーっと鳴かず飛ばずだったっていう様な感じ。
 で、ほんと43からは、もう本当に51までの、本当に何年間だけ活躍していたみたいな事に計算できるみたいなことが書いてあって。ああ!この【歴史換算年齢】ってのはちょっと面白いな!と思ったんです。

HCA ( historical conversion age )

 なので【歴史換算年齢】なんで、historical conversion age (笑) もう僕が勝手に訳してますけど。historical conversion age なんで HCA。HCAで年齢を換算するってのはなるほどなーなんんて思って。そうすると歴史人物達の年齢を1.5倍にするってことは逆に言えば僕らの、今の現代人の年齢を3分の2にしてもいいってことですよね。1.5で割るというか。それが歴史人物たちの年齢と符合するのではないか?っていう考え方が出来るじゃないですか。って僕は思ったわけですよ。ああー!と思って。
 で、そうすると。ここからちょっと僕的な話になるんだけど。まあ僕は歴史好きだからかもしれないし。色んな人もそんな風に考えてんだと思うんですけど。歴史的人物がその年齢でそんな事をやってたみたいな。そういうものと自分の年齢って重ね合わせたり…皆んなしないんですかね?僕は結構するんです、昔からね。
 ナポレオンって30歳でクーデターを起こして頭領になるんですよ。で、だから僕もそれを高校時代に知った時には、じゃあ僕も30までには頭領になるぜ!って思ってたわけです。それは別に国家の頭領になるわけじゃないけど、テレビ局でいっぱしのプロデューサーになるぜ!とかを思ってたとかね。そう。でも、ところが30まででいっぱしになれないやーと思って挫折するとか。
 そうすると例えばブッダ。仏陀ね、釈迦ね。ブッダって35歳で悟ってんですよね。で、自分は35になった時に悟ってねぇじゃん!ってまた落ち込むとかね。チェ・ゲバラって39歳で亡くなってんですよね。それまでに革命するんだけど。そっかー、チェ・ゲバラって39で亡くなったのに俺は何もやってないなーとか。っていう様な事があって、42歳で松本清張って小説家デビューするんで、僕も42までに自分の名前で活躍しなきゃなとか。って、まあそんな事をずーっと、ずーっと考えてる人間なんですよ。あのー、すいません。だからこれがすごい自分的な話だっていうのはそううい事なんですけど。
 で、そういう風に考えて。それこそ2年前、3年前か、もう。49歳の時に夏目漱石って49歳で亡くなってんですよね。で、夏目漱石って「吾輩は猫である」を書いたのは38歳なんですよ。だから実質10年ちょっとで彼はあれだけの名作を残してるっていうのを知って。で、自分が42ぐらいで本を書き始めた時に、そっか、じゃあせめて漱石が死ぬ49までには自分を小説を書かなきゃなーなんて思ったりして。思ってたんだけど、結局小説でたのが50歳の時なんですね、『AP』。厳密に言うと51になる誕生日の、1日遅れちゃったから51なんですけど、まあそれは置いといて──とか。
 そういう風に自分の年齢と歴史的な人間を重ね合わせて。そこまで行かないけど…と思いながら。でも漱石も49歳って夏目漱石が亡くなって、西郷隆盛も49。あと信長ね。って感じると、うわぁ、もうそれを超えちゃったじゃんかーっていう、ある意味、なんて言うんだろう?自分の中での歴史人物の指標がどんどん無くなっていくと言うか。自分の方が遅れをしてるんだなっていう、なんかそれって僕の中では結構な、なんかね、うーん…落ち込むというより…落ち込むというのもまたおかしいんだけど。ああ、もう自分なんか無理なのかなーなんて思う諦め、諦念の一つの根拠だったりしたわけです。
 で、ちなみに。って事で森鴎外って60歳で亡くなってるんだけど、森鴎外は「舞姫」とか結構若い頃に書いてますけど。そこから50歳で歴史小説を書き始めるんですよ。で、それであの後半に「阿部一族」だ、「渋江抽斎」だっていう名作を残していくってあるんで。で、またそこはだから逆にそういう歴史小説を書いてる晩年の10年なんですよね。──と思ったんで、僕は49で夏目漱石が死んだ時にまさに文章を、死ぬ年齢になった時に、漱石から鴎外へって文章をメルマガで書いたりしたことがあるんですけど、つまりそれからはむしろ50に鴎外が歴史小説を書くタイミングぐらいで僕は小説を書いて、そこから自分のスタイルを見つけようかなーなんて事を思った──みたいなことは書いたりしてたんです。でもそれってある意味その諦念、もう自分の年齢じゃ無理なんだなーなんて思ってたんです。

僕はまだ34歳

 ところが。その【歴史換算年齢】HCA、historical conversion age (笑) で計算するとですね、つまり僕は今52なんですけど、34歳なんですよ。そう。だから35になるくらいの感じ。なんだ、まだ35になってない。来年の2月に35になる計算になるんですけど。35じゃんまだ。って言うと、まだまだ全然いいじゃん!って考えると、夏目漱石が小説書き始めたのって38歳なんで、あれ?全然大丈夫じゃん、これからじゃんっていう、なんか自分が年老いて、もう新しいことやらなくても、やる感じじゃないよねーなんて思ってたのが何か違うんじゃないかな?と思ったって言うか。
 ちなみに。そういう風に思ったのって、この本を、【歴史換算年齢】ってのを読んだのは28日水曜日だったんですけど。その前日に、火曜日にアジアン・カンフー・ジェネレーションのゴッチ、後藤正文さんと対談したんですけどね。ゴッチとはもう何年も知り合いではあるんだけど、ちゃんとガツッ話したのは最初にお会いしてうちの番組にですインタビューの時以来だから。本当にちゃんとガツッと1時間以上話して、すごい楽しかったんだけど。
 その時にね、ゴッチが今回のコンサート、新しい「プラネットフォークス」っていうアルバムを出して、コンサートをやってるんだけども。それって去年観た「アメリカン・ユートピア」っていうね、デビッド・バーンの映画にすごい感動して。いや僕もすごい感動して大好きな映画なんだけど。だからそこで超盛り上がっちゃったんだけど。で、あんなデビッド・バーンの素晴らしい舞台というかショーみたいなものを自分はそんなにまだ出来ないけども、これから自分もね、70になった時にやれるように今勉強中で、そういうライブをやってるんだみたいな話をした時に、そっか──ゴッチは僕より下ですけどね、年下ですけど、まあある意味中年のおっさんってとこでは一緒なので。そっか、70になったらこんな事が出来るって思ってロックやってんだなと思って、すんごいかっこいいなと思って。
 っていう様なちょっとこう、まだまだ自分は若さというか年取ったみたいなこととかでガチャガチャ…もうなんか引退だなとか、もうね、数ヶ月前には自分はプロデューサー引退かなーなんてことをこのICUCで喋ったりしてるし。なんか田舎暮らしだなーみたいなこととかって思ってたんだけど。本当にゴッチがね、「オトナの!」って番組──僕がやってたいそうせいこうとユースケ・サンタマリアがやってた番組、あれはすごいいい番組でしたね、あそこのフェス出て楽しかったですとか言ってくださって。じゃあまたやりたいですね!やりましょうよ!とかそういう話になって。そっかそっか、今からそういうことやってもいいんだな──ってことはそもそも思ってた。
 で、思ってたらこの「世界史の構造的理解」を読んで【歴史換算年齢】っていうのとちょうどその数時間後に知るわけですよ。それ、夜ゴッチと対談だったんで、深夜なんか興奮して寝れなくて。寝れないからこの本読んでたんですけどね。
 そしたらなんか──そっか、自分はまだ35になってないぐらいなんだって思ったら、なんか全然やれるなーって思ったし。さっきのブッダみたいな話をしたんですけど、ブッダってあれ29歳?ちょっと28なのかちょっと今資料がないからあれですけど。28かな?ぐらいで出家するんですよね。で、出家するんだけど結局色々悟れないんだけど、35の時に森の中で突然悟るんですよね。っていう様なのを見てて。
 え?じゃあ自分が…ってその自分の年齢をHCAしてみたところ、僕がこのICUCでは何度も何度も喋ってるんだけども、2012年の7月22日に新しい事をやろうって思い立った、それが今一緒に仕事やってる人間のたまたま誕生日で。その日にたまたま坂口恭平の絵を買うみたいな。なんかまあ色々あるんですけど。その時とちょうどそのブッダの28ってのがリンクして、ちょうど僕が28歳の時なんですよ。──27だったか29だったか、すいません、その辺があれですけど。つまりブッダが出家した年と僕のHCAの年齢が一緒で。で、悟った年齢がブッダが35ってことはまさに今の僕の年齢なんですよ。
 って思った時に、あれ?!僕がこの40代でじゃあTBSにいて新しい事を始めようと思った2012年から今の2022年までのこの期間って、そういうタイミングだったんだなと思ったし。それこそさっきナポレオンって話をしたと思うんですけど。ナポレオンって1799年にクーデターを起こして頭領になって。そこから1804年に皇帝になるんですよね。だからその期間ってまた6年ぐらいなんですけど、それってナポレオンが30歳の時に頭領になって、35で皇帝になるっていう期間と今の僕の2012年7月22日から今までのタイミングという期間がピタッ!ピタッ!ピタッ!って重なっちゃったんですよ。ぅわあぁ、なんかこれすごい重なってるなーって思っちゃって。何だこの重なりは…?!なんて思ったんです。

間違いや変更が新しい場所へと導いてくれる

 その時に、それこそね、占星術の石井ゆかりさん。僕お会いしたこともあるんだけど、石井ゆかりのことを結構いつも占いでやってて語ったりしてるんですけど。9月の月別占いで、獅子座なんですけど僕。その石井ゆかりさんの占いにこう…これも書いてるんですけど。

9月も終わる。
石井ゆかりさんの占いに「この9月は、想定外・予定外のこと、間違いや変更があなたを新しい場所へと導いてくれるタイミングです。予定通り、想定通りのルートからはみ出したところに本当に進むべき道が見つかる気配があるのです」とあった。
どういう意味だろ?と思っていたらまさにそういう9月だった。

 って書いてあって。え?「間違いや変更があなたを新しい場所へと導いてくれるタイミング」ってどういうことかなぁ?とちょっと思ってたんですよ。って思ってたら、だからこの本で【歴史換算年齢】ってのに出会ったって、つまり「間違いや変更が」っていうのはちょっと「想定外・予定外のこと」って意味で言うと、たまたま読んでたし。この本自体がすげぇ僕がこの本、超気に入ってこの本の文章が全部良いんですぅ!だったらちょっと分かるんだけど、”そうでもない”ってことなんです。だから、ちょっと「間違い」に近いじゃないですか。そっか、この本をそんなに僕の中でお薦めではないんだけど、この中で僕の人生が変わるぐらいの【歴史換算年齢】っていう概念を教えてくれたって事がまさにこの石井ゆかりさんの言う「間違いや変更があなたを新しい場所へと導いてくれる」っていう話と、ぅわあー!これリンクしちゃったわー!なんて、思っちゃったんですよ。
 で。先週話した──易の話をしてると思うんですけど。じゃあ僕がこの【歴史換算年齢】でまだ35くらいだからこれからは全然まだやっていけるなって。じゃあそういう風に思う自分の人生のことを易してみたんですよ。そしたら、易で沢火革(たくかかくっ)ていう──「たく」は沢ね。「ひ」は火です。「かく」は革命の革。沢火革っていうのが出て。で、革命の卦って64卦ある中で3つあるんだけど、その内の一番激しい革命の卦が出て。まさにあなたが今変わるタイミングだみたいなのが出たんですよね。
 で、それまでも八卦とか最近よくやってても、そんなに大きく動かない方がいいですよーみたいなのばっか出てたんだけど。その沢火革の時はもうまさに革命しましょうみたいなのが出たんで。僕の中で、だからここまで興奮して喋ってると皆さんに伝わるかどうかあれなんだけど、【歴史換算年齢】ってのを知ったタイミングのことは石井ゆかりさんも記述していて、そのことを易で占ったらまさに僕の中での革命的転換なんだっていう、変換なんだっていうことが書いてあって。僕ね、それちょっと、本当に、本当になんか…うな垂れたって言うか。あ、そういうことだったんだと。
 で、またそこから色々調べてみて、後で僕本当に書いてみたんですけど、例えばこの【歴史換算年齢】で言うとこれ本当に合ってるなと思うんだけど。例えば成人になるのって一応20歳、今18になったけども、元々20歳だったじゃないですか。ところがまあ20歳だけど今は30だよねーと言ってると20の1.5倍は30だから、昔は20で成人だったんだけど今は30で成人って考えると、すごい辻褄が合うし。そういう風にこう…なんて言うの?例えば24歳で大学を大体卒業して社会人になったりするんですけど、24歳ってのは昔で言うと16歳だとかね。ああ、なんかそういう風に考えた方がすごい計算が合うと言うと…あの、そういう感じがするなーと思って。すごい面白い概念だなと思ったんです。そう。
 だから24でさあ社会人だっていうけど、それってまだ16だなーなんて思ったりすると、それこそ大学を卒業するタイミングがちょうど15歳ちょっとぐらいなんですよ。だから昔は論語で言うと15歳にね、立って…?ああ、15歳で学を志して、「十有五にして学に志す。三十にして立つ。」って言ってるじゃないですか。それが昔だったら15歳で学を志して、30にして立つだったんだけど。その年齢を【歴史換算年齢】でやると、えーと…24歳ぐらい。23.何歳くらいで学を志しってのは、むしろ社会に出て──という感じで。30にして立つってのは実は45歳。45で立つってやると、あ!なんか僕の中で人生のスパンとしっくり来たんですよね。
 だからこの【歴史換算年齢】ってね、ちょっと皆さんも自分の年齢でやってみると…いや若い人はどうか分かんないけど、これを見ている方に若い人がいるかどうかも知らんけど。でも僕みたいな年齢の方とかはすごい勇気を貰えないかなーなんて思っちゃいました。

plan36

 で、あとね。そういう風に変換していくとね。例えば内の親父って3年前に…2年前に亡くなったんですけど。77で亡くなったんです。渡哲也さんとかと同い年だったんですけど。同い年で同じ年に亡くなったっていう感じですけど。77で亡くなったんですよね。そっか77…だから僕は何となく自分も77で死ぬんだなーなんて思いながらやってたんですけど。その77ってのを歴史変換すると51。今の僕の年齢になるんですよね。
 …とかね。そういう歴史変換するだけでなんか僕の中での今まで自分の人生でこういう事が起こった、こういう事が起こった、みたいな年齢との辻褄がピシッ!ピシッ!ピシッ!ピシッ!ピシッ!ピシッ!とハマっちゃったっていうのがすごいなんか僕の中では本当に沢火革(笑) 革命的な展開だったっていうようなお話です。
 うん。だから僕が今思ってるのは、これから来年2月に僕は35歳になるので。そっか、自分がこれからまさに…それがね?ブッダが悟ったのが35っていうと、その事を知るということが僕の中での悟りなのかなーなんてちょっと思ったりもしたりして。そう考えるとその中でと言うか、30…次の6ぐらいまで。だから36って言うと僕の中で54歳なんですよね?僕の中でと言うか…だから、ええと、54歳になると36歳になるんですけど。そっか、そうするとあと2年ぐらいでちょっと今僕が考えてることとかを、ちょっとやっていこうかなーなんて思って。僕は今インスタとかにね、ハッシュタグが「#plan36」って書いてんですけど。それは僕の中でのね、それこそ水曜日からだから翌日の木曜日とかはその「#plan36」を立ててましたね…僕の中で。そっか、今こういう事をやってて、こういう事を作ってて、こういう事を考えてて、こういう人とこういう事をやってるっていうのが、この1年2年ぐらいでちょっと形にしてみようみたいな事がすごい見えたって言うか。うん。なんかそれがすーごい、すっごい、面白かったんですよね。
 はい。結局【歴史換算年齢】のことだけ話そうかなーと思ったら、僕の中での──石井ゆかりさんとかね、易とかね、だんだん怪しい感じになって来て。それを皆さんがどこまで…なんだコイツ、変なこと言ってんのかな?なんて思われてもしょうがないんですけど。でも僕の中での辻褄がカシャカシャッて合ったっていう事のね、このドキッ、なんかビックリした感っていのがね、すごい、すごい今週のね、ちょっと僕の中では悟った…うん、なんかタイミングでしたね。
 だから、なんて言うんだろうねぇ?それこそ数ヶ月前にも第二章って言ってたりとかしてるしとか。数週間前にはユウレカっていう話をしてたけど。なんかそのきっかけになる様な考え方のチェンジのタイミング。まあ、コロナが明けるのかどうか分かんないけど、うん。今年、ウクライナで戦争があって、コロナがね、こんな感じになって…みたいな感じでなんか考え方を変えなきゃいけないなーって中で、自分の中での仕事のものとかね、人生とかね、人間関係とか、空間とかね、そういうモノの時間と空間の転換点なんだなーなんて思ってる事がちょこちょこ起こってる中での【歴史換算年齢】のタイミングだったってのが、なんかやっぱり意味があったんじゃないかなーなんて思って。ああ!話したくないなーなんて言いながら結局話しちゃった(笑) いや、でもこの本…まあもし興味あったら読んでみてください。でも僕はそんなに好きじゃない。…でも好きじゃないてことをたくさん言ってるのって別にこの方に他意があるわけじゃなくて。うん、むしろこの方と世界史について議論してみたいなと思いました(^^) はい。そんな感じで今日のICUC知的好奇心向上委員会は終わりにしたいと思います。では皆さん10月、がんばりましょう。

文字起こし後の文字寝かし

(好き勝手に思った感想を書き残しておくことを文字寝かしと言うことにしました)

 僕にとってのすごいことを話しても、聞いた人は「ふ~ん」で終わっちゃう──
 先日、高熱の夜の明け方に目が覚めると「世の中を信頼できれば私らしくいられる」とひらめいた。それが角田さんとかICUCで会った友達が原因だというのは間違いないんだけど、後でメモ、後でメモと必死で思っているうち、案の定また寝てしまった(思い出せてよかった)。
 私は寝ぼけて何を見つけたのかというと。世の中というのは人と言い換えることができて、その人を信頼できていれば、そもそも大きく外したことはやらかさないし、ちょっと外れた事をしてもその人の視線がそんなに気にならないってことだと思う。私にとっては人にどう思われたかより、私が人にどう思われたと感じるかが問題なので、信頼できる人がいるという事は、自分らしく振る舞うことが楽になる。たぶん寿司生特からの何日か、ずっとそういう思いに浸ってて、脳も寝ながらいい具合に温まって、トンと結論が出たのかも。
 ──視聴者の感想は「ふ~ん」だとして、仮に視聴者を信頼できたら話しやすくなるだろうか?ICUCにいた人だけでも信頼してくれたらそれは嬉しいし、こちらも角田さんの革命的発見は全力で祝う。でも配信、世の中の人を信頼するにはどうすればいいのか?どんな状況なら信頼できてることになるんだろうか?

 【歴史換算年齢】で換算しても天上天下唯我独尊って言っちゃうのは早すぎる(笑) 検索してみたところ、60歳以降はそのまま加算するということだったので…60歳→90歳だから、葛飾北斎が最後の絵を描いたのが88歳→118歳。こういうの見ると、やっぱり天才と凡人の差は年齢云々じゃないなと思い知らされる。
 歴史上の人物がその歴史に残る偉業を残した年齢と自分の年齢については気にしたことはない。長沼さんは、歴史上の人物と比較することは真面目な方にとって精神的に厳しく、劣等感を抱いて当然と書いている。今まで、色んなことで”私はこれが成せるかもしれない”と思うことはたくさんあったけど、大体はニュースで若い人が〇〇達成みたいなことを聞き、1つ1つきっちり可能性を潰して来た感覚がある。それは夢、それは妄想、身の程を弁えろと。わざわざ歴史上の人物を見る必要もないし、年齢を換算する必要もない人が、喜びの声と共に「あなたはもう完璧に乗り遅れたよ」と教えてくれる。
 だから角田さんが歴史上の人物の年齢を視界の隅に置きながら何かを成そうとするす姿は、私の世界にはないもので、ただもうすごいとしか思えなかった。もう1つ私とは出来が違う人なんだと思う点が思考の柔軟さ。例えばナポレオンの様に30までに頭領になるぜ!と角田さんであれば国家の頭領じゃなくて例えば…となるんだろうけど、私の場合は国家の頭領でなければナポレオンを参考にする意味がないと思ってしまう。本質を捉えられない、論点が定まらない、融通が効かない、頭が硬い。結局それで身動き出来なくなって、20代後半で壊れたな…ってことを歴史換算年齢で見てみると、16歳くらいだった。すごく妥当だ。青春だ。そこから人生やり直して来た感じがあるんだけど、今は45→30歳だったので、これがすごく、すごく今の自分にしっくり来ている。それでももう20代じゃない。やれる事はなんでも始めなければ!──明日から年齢を聞かれたら30歳ですと答えるか(童顔でバレないかも知れないし。)

 アジカンの後藤さんは同い年だったかな?と思ったら後藤さんが1つ年上だった。外見も素敵だし、歌声も好みなんだから、もうちょっと曲をちゃんと聴こうと思う(まず聴く習慣自体を作らねば)。
 後藤さんにはデビューしてから25年積んできたものがあって、25年後にデビッド・バーンの様なライブを目指している。ああ、いいなぁ。25年分も積んできたものがある。まだまだ積んで積んで、70歳を目指すんだ。いいなぁ。…と思うんだけど、角田さんの様に今まで積んできたものがバラバラな人もいる。ある日それらの繋がりを革命的に発見することでしか出来ないこともある。逆に後藤さんの様に同じものを積んだと思われているけど、それは私の視力不足ってこともある。とにかく、人の積んだことを羨んだってどうにもならない。今の自分がこれに注力すべきだと思うものに全力で注力するしかない。

 最近、とても暖かく迎えてくださった陶芸家の方が田舎へお引越しされた。最初は窯が亡くなるなら別の道に進む転換点の様に思ってらしたようだったけど、大掛かりな片付けをされ、田舎に移られると、なんかイキイキされている。それは都会という場所とか今までの年齢では実現できなかった田舎での”活動”なんだと思う。なんだか生まれ変わってまたアーティストをされている。
 私の父は死ぬ前、病院のベットの上で「人生は1度きりだ」とニコッと笑った事があった。あれは父の諦めと慰めだけど、おそらくあれが私宛の遺言になったんだろうと思う。メルマガDIVERSEの「はじまりは、何回はじめたっていいのだ。」は新月の代名詞的なものだけど、1回の人生の中で生まれ変わることはある。という意味では人生は1度きりじゃない、そんなに何度もはないけど。
 plan36ってなんだろうな?と思ってたけど、そういう事だったのか。角田さんの人生は2度目になるんだろうか?

 寿司特で角田さんの喉の調子が悪そうだったのがすごく気がかりだったけど、その後お出かけされている。角田さん達がみんな元気だったことが分かってすごく嬉しい。私は流行りの刑期を全う中。来週、刑期が明けたら…そうだな、ラーメン食べに行こうかなと思う。やっぱり元々外界と接点が少ない暮らしだったので、とにかくよく寝た他は、あんまりいつもと変わらなかった。


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