ICUC-147_2023.02.12【ChatGPTに新刊のタイトルを相談したら:人類に最後まで残る2つの仕事とは?】ICUC知的好奇心向上委員会
【ICUC知的好奇心向上委員会】の私の知的好奇心の向上&趣味の文字起こし。I see, You see ! Intellectual Curiosity Update Committee !
角田陽一郎147「ChatGPTに新刊のタイトルを相談したら:人類に最後まで残る2つの仕事とは?」ICUC知的好奇心向上委員会
動画の内容(+文字起こしメモ&感想)
AIが僕の生活圏に入ってきた
おはようございまーす。ICUC知的好奇心向上委員会でございます。今日、10月のじゅう…10月?!(笑) 2月の、12日ですね。えっと…、はい…、うん。なんかね、今日もね、実はね、この話を。もう話すの止めようかな~、話そうかな~、なんて思いながら。本当はね、9時くらいからやろうかなーなんて思ってたら、気づいたら10時過ぎ。10時を回って…うん。なんでしょうねぇ?何を話そうかなーってこととか。考えてたら、そんな感じになってしまったと。まあそれでも話してみようかなーとか思っております。
先週1週間を振り返るとですね。あれですね。ChatGPTって最近あるじゃないですか。AIで受け答えをして頂けるやつ。あれを今週はなんかすごく、自分的にはね、自分のなんて言うか、生活圏に入ってきましたね。すごいですね。AIというものが自分の生活圏に入ってくる時代がくるんですね。
今、本をですね、本当は4冊なんだけど。直近で言うと2冊動いているものがあって。それこそ火曜日にその2冊の打ち合わせがあったわけですよ。で、1冊の方はもうタイトル決めをやりたいからってことで、それこそ月曜日のseasoningでタイトルを募集したわけですね。どんなタイトルにしようか?みたいな。
で、それを受けてね。まあ、編集者さんと話して。つまりラジオのリスナーの方からは何個か頂いてね。30個、40個くらい頂いたかな?Twitterで。なんかTwitterで、なんて言うんですか?そういう風に、つまり…書籍のタイトルを募集するって時代もまたちょっと面白いなーと思うんですけど。まあそんな事がある。それを受けて。で、編集者さんと出版社の代表の方と打ち合わせして考えてきたものとかがあり。とりあえずの仮タイトルは決まったんですね。
で、それが午前中で。午後はもう1個の本の。それは中身の話をしてたんですけど。その編集者さんがこういう本のコンセプトだって、面白いんで、それをChatに聞いてみたんですよ、GPTに。ChatGPTにね。
うん。そうしたらね、結構ね、返ってくるんですね。だから私の、元テレビマンのプロデューサーがこういう事について書く本なんですけど、なんかいいタイトルありますか?って言うと、わーっと上がってくるわけですよ。で、それを受けて、もうちょっと分かりやすいのがいいですねーみたいな。そうしたら、分かりやすいのが出てきたんですけど。その分かりやすく…。ChatAIが出してきたタイトルっていうのが、本当に、なんて言うんだろう?良いタイトルで。なんかよく出版社さんが。出版っていうか…サンマーク出版とかね、そういうところが出してそうな本のタイトルなわけですよ。
で、その後編集さんがChatGPTにこういうの50個考えてって言ったら、ちゃんと50個考えるんですね。ぴこぴこぷくぷくぷく~っと。面白いですね。
質問を閉じるほど良い回答が返ってくる
っていう様なことがあったんですよ。で、一方で。木曜日に知り合いから聞いて、ChatGPTの解説をnoteのね──noteってサイトのCXOをやっている深津さんと、徳力さんってnoteのプロデューサーが1時間でね、解説する動画を生配信してて。それを生配信では見れなかったんですけど、それがやっぱり面白いって聞いたんで。見てみたんですよ。そしたら──面白かったですね。
つまり。質問を僕らがして。その質問の前後みたいなものを考えて、Chatは検索…ある結果のところから該当するのに一番高確率な文章を選んでチャットで答えてるんですよ。それがまるで人間が考えて答えてる様なんだけど、所詮それはサイコロを振ってるだけだって言うわけですよ。ってことで、つまりAIがサイコロを振るのに一番降りやすくするためには、むしろその確率を閉じていった方がいいんですって。
だから、漠然とした質問をするよりも、例えばもっとキャッチーなタイトルにしてって言うと、キャッチーという言葉から類推されるような確率的なもので本のタイトルを出してくるから、質問を閉じれば閉じるほどAIっていうのはいい回答が返ってくるんですって。
でもそのいい回答っていうのは、例えば機動戦士って入れたらガンダムって出てくる確率がやぱり高いんですよね。だからいい回答ってのは予想外じゃないんですよ。むしろ予想外なものが出てくるというよりは、極めて予想が、確率が高い様なものが出てくるっていう話を深津さんが仰ってて。面白いなーと思ったんです。
だからそのChatGPTの面白さみたいなことって、僕がね、数日前に本のタイトルをChatGPTでは答えてくれたのを見ていたら、それって結局、「わぁ!すごい。本のタイトルみたいだな。」って思ったっていうのは、本のタイトルみたいな、確率的に高いものをChatGPTが出してて。で、そのやってくれた編集者さんってのは、たぶん、っていうか、むしろそのChatGPTの使い方にすごい長けていて。もっとキャッチャーなものとか、面白いものとか言うと、そう言うのが出てくるんですね。
なんか奇想天外な小説のプロットをお願いします──みたいな事を、なんか全然、別件でやってみた事があるって言ったら、奇想天外な…なんだっけな?不器用な魔法使いが…?ちょっと忘れちゃいましたけどね。不器用な魔法使いが猫と恋愛する話とか何か出てくるんですって。で、なんか聞いてるとちょっと面白そうなんだけど。でもそれ冷静に考えると、魔女の宅急便なんだろうなと。だからたぶんその奇想天外な…。なんかその編集者さんがどういう言葉を最初に出したかは分からないんだけど、その言葉と高確率でマッチングしたのが魔女の宅急便なんだな…とかね(笑) なんかそんな事とか、慮れるというかね。
ChatGPTの得手、不得手
で、そのデータって現在のChatGPTを使ってる何か…何とかって仕組みでしたっけ?ちょっとド忘れしちゃいましたけど。その仕組みみたいなものは、2021年までのデータを5兆個?ぐらい記憶させてるのかな。だから、2022年とか2023年の状態ってのは、状況ってのは、入ってきてないんですって。まあだから、それもね、今後バージョンアップされたら、そういうのも入ってくるかも知れないしっていうのも面白かったし。
さらに言えばその5兆…かどうか分かんないけど、大量にデータを入れてるやつも、ほとんどが英語。日本語はわずかなんですよね。だから日本語で質問をするよりも、英語で質問した方が、極論すれば英語ができない人でも自動翻訳で英語で答えさせておいて、それを日本後に翻訳した方が、結果優秀な答えが返ってくるんじゃないかと。で、その頭の良さの違いってどれくらいなんですか?って聞くと、深津さん曰く、中学生と大学生ぐらい違いますよって。だから日本後で返ってくる答えって中学生レベルなんですって。ところが英語で返ってくるのは大学生レベルだっていう話を聞いて。それってすごい面白いなーと思うんですよね。
つまり、だからそこまで深津さんが言ってた話なんだけど。その前にね、編集者さんが僕の本のタイトルっていうので、そういう事をやった時に感じた「うわ!これ本のタイトルとしてなかなかいいじゃん!」って思ったっていうことは、つまりいいじゃん!って思ってる僕とか、編集者さんの頭の中にも何か既視感というか、もうすでにこういう本のタイトルだといいんだよねっていうものが、たぶん、何となく見えていて。それにこう…。
だから、所詮AIはサイコロを振ってるだけだって深津さんが仰ってたんだけど、僕らの…じゃあ仮に、プロ?の本のタイトルを考えるとかね。そういう…まあどれだけのプロかは置いといてだけど、実はAIと同じ様な感じというか。AIの真似事というかね。AIが人間の真似事をしてるというよりは、AIの真似事を人間がしてるんじゃないかなーというくらい、その既視感があるものの方がおお!いいね!って思うと思うんですよね。だからさっきのChatGPTのことで言えば、その既視感が無い様なもの。確率的に低いものをなるべく出さないようにしてるわけですよね。
でもほら、なんか巷ではというか、そういうの使ってると、なんかすごい答えが返ってくるみたいな──。だから、何だっけ?一番向いてるのは、仮にこういう事をやるとした時のリスクを教えてくださいみたいな。例えばちょっと炎上する様なことをSNS上で呟くとどうなるか?のリスクを教えてくださいというか。そうすると箇条書きみたく、こういうリスクが考えられますみたいなもがポン、ポン、ポン、と上がってくるんです。
だからそれって、じゃあそのリスクが仮に5つあるとして。自分の頭の中では3つぐらい思いつくかも知れないけど、残り2つくらいは忘れてる。そういうものがChatGPTはちゃんと検索してくれるから。出てくるから。そういう使い方みたいなものは向いてるかも知れないけど、サイコロを振る確率がすごい低いものというか、よっぽど斬新なものとかそういうものは、むしろ苦手なのじゃないか?っていう様なことを言ってたんですね。それってなんか、すごい面白いじゃないですか。
人類に最後まで残される仕事
それでね。…なんだっけな?その時言ってた話で、僕面白いなーと思ったのは、…えーと、ちょっと待ってくださいね~。これかな?そんな風にChat、AIがね、やってる風に。どんどん物事のサジェッションみたいなものをしてくるとすると、徳力さんが深津さんに聞くわけですよ。「人類に最後まで残されてる仕事って何なんでしょうか?」と。だってもうそういうののアイデアを出すみたいなものはね、つまりAIさんがやって頂けるからみたいな。
とすると。何なんだ?って話をした時に、深津さんは言うんですね。「2つあるんだ」と。人類に最後まで残されてる仕事。「最終決定をすることと、責任を取ること。」っていう風に言ってましたね。
うん。つまり色んなサジェッションが出てくるわけですよね。だから僕の本のタイトルで言うと50個書けって言うと50個書いてくるし。キャッチーなものって言えばキャッチーなものが出てくるし。分かりやすいものって言ったら分かりやすいものが出てくるんですよ。でもその中で、じゃあ採用って選ぶのは、人類なんですよね…っていう。
そっかぁ。だから人類に最後まで残される仕事って、最終決定をすることなんだなっていう。で、その最終決定をした時に、そのしたものに対する責任。じゃあその本が売れるか売れないかとか。それ、ChatGPTがこれを勧めたからこれにしたんですよ!──とは、言えないわけですよね。つまりその最終決定をして。その最終決定をしたことに対する責任っていうのはAIじゃなくて人類が取らなければいけないじゃないかと。つまり人類に必要…、最後まで残されてる仕事っていうのは、最終決定をすることと責任を取ることなんだと。
はぁぁ~(納得)と。これね、最終決定をする方がね、僕的な目線で言うとまたちょっと面白いなーと思うんだけど。最終決定をするのがディレクターなんですよね。現場で。この演出でOKとか、この編集でOKとか。で、それでディレクターがやったもの、作ったもの、それをまあテレビだったらテレビでオンエアするわけですよね?で、それが視聴率を取れるか?取れないか?みたいなことってあると思うんだけど。取れたら嬉しいし。取れなきゃ打ち切りだし。みたいな感じの時に、その責任を取るのってプロデューサーなんですよね。
そっか。だから最終決定をすることと、責任を取ることって──。まあ最終決定をすることってのもプロデューサーの仕事とも言えるけど。でも演出的な最終決定って、やっぱり監督、ディレクターなわけですよね。だから最終決定するのと、責任を取るのって、実はディレクターとプロデューサーの仕事なんだよなと思った時に、ちょっと面白いなーと思いました。
ChatGPTと放送作家の立ち位置は似ている
これ、見ている方がいたら…。まあ、僕の個人的な意見なだけなんだけど。放送作家さんっているじゃないですか。僕、放送作家さんって、そんなに好きじゃ無いんですよね。仲良い方とかいますよ。それは何でかって言うとですね。例えば会議とかやってるじゃないですか。番組の会議とか。やってて、放送作家さんなんかたくさん意見を言ってくれるわけですよね。こういうのがいいとか、ああいうのがいいとか。それはすごい嬉しいじゃないですか。そうなんだけど、奇想天外なこと言われても、そんなの、できないんですよね。こんなアイデアあるじゃないですか、──その時に、自分が若手の頃とかね、作家さんがそういう奇想天外な意見を言って「面白いですねーっ!」とかプロデューサーが言ってるんだけど。それ実際ロケやる方の僕にしてみたら、「そんなのできねぇじゃん!」とか思って。もうその会議のお茶を濁すと言うか、会議がうまく回ってるかのようなフリだけして、面白いこといってんじゃねーよ!とかって。ちょっと作家さんにムカついた事とか結構あるんですよ。
だからこれも全然ね、その作家さんに対してはむしろ好きな人だからよく一緒に仕事してるんですけど。他意がないんだけど。この前も「こういう企画があって」と言ったら、「じゃあ、こういうキャスティングしたらいいんじゃないですか?」って言うわけですよ。アイデアとしては成立してるんですよ。じゃあ、そうだなと思って、その類の人に出演交渉とかしてみたら、なかなか難しい事がわかって。だから僕その会議の時に言っちゃいましたもん。「って事で。作家さんがそう言うからね、そういうキャスティングしてみたわけですよ。」と。「そしたら、やっぱりなかなか出てくれませんでしたよ。」と。「こちらの条件がこうだと」と。
だから頭で考えたその人はいいよねって話と。実際それを、番組に出て頂けるって話は別問題なんだけど。そこは作家さんの領域じゃ無いんですよね。うん、だからChatGPTと放送作家さんの立ち位置って、番組作る上ですごい似てるなーと思って。ChatGPTは作家さんが色んな意見を言って、それが…なんて言うんだろう、実際僕ら、行為する人間が「お?!これ面白いアイデアですね!」とかっていう風に思うっていう意味では、ChatGPTに出して頂けるアイデアの数々が「これ、いいタイトルだね!」と思う事と、ほぼ同義と言うか。
ただ結局それを形にすると言うかね。するためには、それを選ぶっていう事と。で、形になって、その結果を背負う、責任を取る事ってことが製作者の方には問われていて。それを問わない人の意見って、僕がこう…ね?放送作家さんってそんなに好きじゃ無いんですよって言ったのはそういう意味ですね。人間的にとかじゃなくて。何回も注意するけど。適当に意見だけ言ってて、なんか、ずるいなーと思った事があるんですよね。
プロとしてChatGPT的回答、人間としてそれでいいのか?
だから僕が会議とかやってて、これはこれですごいマイナスだなーと思うのは──。自分がChatGPTだったとしてなんですけど。現実化できる…、ChatGPTだとして、質問されたところに普通に面白い企画ありますか?って質問されたとしても、それをなんて言うんだろう?実現可能かどうか?っていうフィルターを常に、僕の中では頭に入れて、実現可能なものを出力しているというかね。
でもそれって、じゃあ今度、実現可能かどうかっていうのって、予算とか時間とか、一番あれなのは今の芸能界とか、テレビ業界的な法則の中での…。そういう意味で言うと、さっきのChatGPTを使う時に一番大事なことは閉じることだって言いましたけど、空間をね。空間を閉じれば閉じるほど、より具体的なアイデアが出てくるって言ってましたけど。僕もまさに空間を閉じてるわけですよ、それが実現可能かどうかって。
でも、そうすると、閉じた方がChatGPTの使い方としては正しくて。マニュアルがはっきり、ちゃんとしてる方がバイト君がバイトしやすいみたいな事とちょっと似てるじゃないですか。で、本当はアイデアってそうじゃ駄目なのかなーなんて思ってるんだけど。自分がプロになると──だって締切もあるしね、とか。クライアントもあるしね、とか。そこに現実的な線がないと駄目なわけで。
そこを閉じちゃうっていうか、狭くするということにね、そのChatGPTの話を聞いて、僕が閉じれば閉じるほどちゃんと現実的な答えを出すと言う意味では、ChatGPTとしては優秀なんだけど。人間としてそれでいいのか?っていう(笑) そんなことをね、なんかすごい感じて。面白いなーと思いましたね。
うん…なんか、それって解というもの、答えというものをどういう風に出てくるか?出すか?っていう事なんでしょうね。でも本当はそこって無限にあるわけで。閉じちゃわない方が面白いですよね。でもそうすると、ほとんど無用なものが回答として出てくるっていうのも一方であるわけですよね。
いい俳句、五七五を作りましょうって言って、それをタガログ語でって言っちゃったとしたら、タガログ語で五七五の十七音ってどうするのか?なんて事とかは無いわけですよね。でも本当はタガログ語で俳句を作るとはどういうことだろう?って考えた方が面白いなーとか思った時に、今ある既存のデータの中で…まあ、タガログ語の十七文字があったらまた別ですけど、適当にタガログ語って言っただけですけど。そういう様なものが無い中で考えるっていうことって、今までの検索データに依拠したものしか、たぶんChatGPTでは出てこないし。
う~ん、うん、タガログ語の例が良かったかどうかはちょっと分かんないけど(笑) もしかしたらタガログ語で十七音ってのはこういうものだっていうことをもし生み出せたとしたら、俳句という世界が広がる。タガログ語の俳句というものができるかも知れないですよね。だってほら、英語の俳句て、あれ十七音みたいなことは無視してますもんね。なるべく短い感じで韻を踏んで、みたいなことぐらいのことは。まあ季語とかはあるんでしょうけど。
勝利の女神は頑張ってる男子が好きなんだ
だから。何が言いたいかっていうと、う~ん…。うん、ChatGPTは面白いなと思いましたね、すごい。だから面白いことを言ってくれる放送作家さんなんだなっていう事が分かったっていうか。ただそれがね、本当に想像的なのかどうか?っていうのは…。
今ね、コメントで「子供にChatGPTで遊んでもらいたい。とんでもない質問して、面白いものが出そうな気がする♪」うん…。そういう意味では面白いでしょうね。ただそれを子供にっていうところがやっぱり、このコメント言い得て妙で。なんか砂場で遊んでる感じなんでしょうね。僕が思うには。閉じた空間の砂場で。で、その砂場だけだって十分すごいクリエイティブなことはできるだろって言えば、全くできるし。なんかね、そんな事を考えてましたね。
本当はね、ChatGPTの話をしようかどうかなんて、全然考えてなかったんですよ。さっきまで。本当はね、映画の「BABYLON」ってのを観たから、バビロンについて話そうかなーとか思ってたし。今「あした蜻蛉の旅」って本を読んでて。うん、これってもう1990何年の小説で。志水辰夫さん。これ読んだ事なかったんです。ハードボイなんですけど。面白くてね。今、直前まで読んでて。うん、そんな話をしようかとか、まあそんなことを思ってたんだけど。
うん、もしかしたらね。そのChatGPTをね──その…功罪。良いところと悪いところみたいなのをつらつら考えてたからかも知れないけど。今日、さっき酔った勢いで呟いちゃったんですけど。インスタにね、写真だしてるのは鰤カマなんですけど。カマ食べながらやってたら、なんか…。ちょっとそれを読まさせて頂くと。
っていうことを書いたんですけど。うん、なんかそれ、僕がChatGPTの。実際ね、自分の本のタイトルを考えてみて、ChatGPTってのは何かってのを深津さんの話を聞いて。で、その後なんか映画BABYLONを観たからじゃないんですけど。映画にね、栄枯盛衰というか、盛んな時のいい感じと、落ちていく感じの寂しい感じみたいなものを観てた時にね。なんか最適解を求めるって言っても、例えばバビロンで言うとブラッド・ピット扮する人がね──まあだから映画についは中身は置いといてなんだけど。調子がいい時は調子が良くて、調子が悪い時は調子が悪いんだけど、ずーっと調子が良ければその映画っていうのはそもそも成立してないし。だからってずーっと調子が悪いだけだとね──と思った時に、うん…、なんかこう、それこそ本当に中学くらいから勝利の女神みたいなものがいて、その人がサイコロを振っていて。そのサイコロが良ければ自分は勝ちだし。悪ければ負けなんだなと思った時に、そのサイコロを振っている勝利の女神に対しては自分は何もできないわけで。で、それだったとするならば、自分が頑張ってるっていうことを勝利の女神様に見せておくと、勝利の女神は頑張ってる男子が好きなんじゃ無いかなって、勝手に思ってて。視聴率の神様もそうだなってTBS入った時には思いましたけど。だから根拠なく頑張ってたんですけど。
でもなんか本当にね、映画のBABYLONを観たらですね……、どっちでも一緒かな、って。ちょっと思ったんですよね。成功しようがね。勝利しようがね。負けようがね。っていうか。
なんかそれって、なんて言うんでしょうね、あえてChatGPTの話に、最後にね、くっ付けるとすればね。結局自分がChatGPTで、つまり自分はAIじゃないんだって、唯一言えるとすれば、人類に最後まで残される仕事として、最終決定をする事と責任を取る事って言いましたけど。何かその選択が間違ってようが、合ってようが、自分が決めたんだっていうこと。で、決めたことで、決めた結果が良いとか悪いとかがあると思うんだけど、良くても悪くてもその結果に対して跳ね返ってくるのは自分の人生だっていうことでしかないとすると、その最終決定をした中身とか、その責任を取る中身って実はすごい大事で。その中身を良いものに、良いものにしようと思ってたんだけど。それって結局そこを考えてることを突き詰めても、それは人工知能とやってることが一緒なんじゃないかなって思ったっていうことかも知れないです。…伝わるかな?これを観ている方々に。うん、つまりその考えている結果は、どんなものを出たとしても、それを選んだっていう自分、選んだことに対する結果に対する責任、それしかないんだなっていうことを感じたってことかも知れません。
はい。なんか尻切れ蜻蛉かも知れませんが。それ以上でも以下でもなく。こんICUCは今週は終わりにしたいと思います。
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文字起こし後の文字寝かし
最後のところ。
これを聞いた時に急に頭に「勇気」という単語だけが出てきて、びっくりした。なんで勇気?これは今すぐ引っ張り出さないと謎のままになるぞ?!と一生懸命引っ張ってみたところ、いつもの、大好きな攻殻機動隊の1コマがあった。
実際のコマ、話の前後は間違ってるかも知れないけど。確か人形使いが素子に同化しようと持ちかけて、確か老化というものについて議論していたシーン。もし人間が延命できたら──自分より大きな脳と、そこに繋がった老人が描かれていて、何かの結論を導こうとするものの、ああすればこうなる、こうすればああなる…で、いつまで経っても結論が出ない。”物知り”過ぎの結果、機能停止。つまりそれは老化とか死ではないのか?みたいな話だったと思う。
人類に最後まで残される仕事が最終決定と責任だなんて。なんて嫌なものが残るんだろうなと思った。最終決定から責任を取ることまでが一連の流れだとすれば、残るものは2つじゃなくて1つだと思った。「最善の選択の積み重ねは最善の生」というのも私が好きな素子のセリフだ。
私は責任を取ることを含んでいる言葉が「決める」ということだと思ったんだろうな。決めることが出来るといういのは、人が人らしく生きることそのものだと思ったんだ。決めないことだって決めないと決めるわけだから、決めないってことは実は存在しない。で、決めるには勇気がいる。つまり『人類は勇気だけはどこまで行っても持っていられる』。AIがどうなろうと決めないから道具であり続ける。人間は安心してずっと人間でしかいられないんだなってことだと思う。
こういうひらめきって、結局私の記憶の中から選ばれたものって意味では、AIが出す結果と何も違いはないんだけど。あの「!」という、急に眩しい!みたいな感覚は、AIにはない。いつも引っ張る途中から脱線して迷子になるけど、珍しく引っ張り出しに成功した。
「ChatGPT:決定:責任」は、「AI:人:人(AI:人)」であり、テレビ業界に置き換えてみると、「放送作家:ディレクター:プロデューサー(放送作家:製作者)」。
で、角田さんはプロ製作者という立場なので、前提として実現可能か?というフィルターを持っているから、「フィルター無:フィルター有:フィルター有」。これ「自由:不自由」とも言えるかも。
最初から質問を閉じている(不自由)。そうしないと仕事として成り立たないけど、人間としては、そんな風に最初からフィルターをかけているものが面白いわけがない。そもそも本来のアイデアというのは、そういったフィルター、制限が一切ないものではないのか?という、自分がベストと思うものがあるけど、現実はベターにしないと仕事にならない。
自由にベストを披露する放送作家と、ベターにせざるを得ない自分なのに、自分たちの方に責任がある(決定権もあるけど)。そこがちょっとモヤるなーって感じだろうか。
砂場の例。ChatGPT=砂場として、その時々の限界ありきな無限の可能性ということかな?
その時々の限界というのは、2023年時点ではまだ2021年の単語までしか入っていないという限界。だけど、2025年になれば2023年の単語まで含まれて7兆語、10兆語に増えて続けるという可能性。どんなに可能性に溢れているといっても、所詮道具の可能性はそんなもんなんだ。適した質問(砂場遊びには釘と金槌よりカラフルなスコップとバケツ)って感じだろうか?う~ん、角田さんが言わんとしていることがいつも以上に掴めた気がしない。
話を聞いていて、何度も「なるほど、AIは道具だ/ChatGPTはものすごく触りたくなるいい道具だ/楽しい道具だ」と思っていた。私が道具というものが好きだからなのかも知れないけど、そんなに何度も道具だ、道具だと思ってた事が不思議で面白い。心のどこかで道具以上の何かになる不安みたいなものがあったんだろうか?そういう人を目の当たりにしたことがあるから、そんな心配ないという確信が楽しかったんだろうか?
角田さんは一人喋りしながら、頭の中というか、心の中を整理できたろうか?今日はあんまり話したくないんだって時は大体一人壁打ちのYouTube生公開になってると思うけど、配信者がそんな状態なので、それを聞いてる外野が書くコメントも何のっこっちゃ分からんことを書いていたりして。壁打ちの邪魔になってたら嫌だなーと思いつつ、ぶち込んだコメントが何かアシストになるかも知れないし。それは驕りすぎだとしても、少なくとも一人壁打ち生公開の、それぞれ視聴者自身の解釈の助けとして、メモとして、書いてもいいなーとも思う。
勝利の女神はどうして女?──外国語はめっぽう駄目だけど、ドイツ語やフランス語の名詞に性別があると聞いた事がある。日本人には全くよく分からん感覚だけど、一応判断できるというか、男女どちらかを類推する術はあるらしい。最近できた単語にはこの術で男女どちらとするか決まるんだろうな。で、女神は勝利という単語(ニケやヴィクトリア)が女性名詞だったから、偶像を作る時に女性の形になったそう。
どの国の神話もそうだけど、支離滅裂で面白い。アフリカ部族の神話に「男女は別々の小屋で寝るが、祖母が注意しても孫(男子)が母親と一緒に女性の小屋で寝てしまう。だから毎晩寝た孫の顔に屁を浴びせるうち、孫は病気で死んでしまった。」という謎すぎる神話があって。よく似た話が他の部族にもあることから、部族単位での祖先を探す手掛かりになると聞いた事がある。学者の視点の真面目さも面白いけど。…去年「屁は便がエアロゾル化したものだから、マスクをした方がいいのだが、そもそも下着に服にと何枚も布を当てているから大丈夫。」という、誰も心配してない話を知り、その2つを知った私にだけ、孫の死亡に説得力ができてしまった。
ものすごくどうでもいい話。でも、子供がAIで遊んだら絶対ウンコ縛りで質問を閉じていくと思ってたものだから、つい。