創造のプロセス(古典とモダンな脳科学)
「これからの創造性」を考えるシリーズ。今回は、創造的なアイデアがどういう手順で生まれるのかという創造のプロセスについてです。
創造的なアイデア欲しいなーってなったら最初に勧めれる本に、ジェームズ・W・ヤング著の「アイデアのつくり方」があります。
創造的なアイデアの出し方について実践的で具体的な手順がシンプルに書かれており、アイデア本の名著といわれています。
しかしながらこの本、原著は1940年の刊行です。もう80年前の手法とも言えます。これだけ長い間、読み続けられてきたからには普遍的な要素が含まれているといっていいでしょうが、その間に科学技術は大きく進歩しておりより現代的な視点も出てきています。
ならば現代的な解釈により、「💡!ひらめいた!」という創造のプロセスが、誰にでも、どんな状況でも再現可能性があげることはできないか?
というわけで、その可能性についてい考えてみたいと思います。
古典的な創造のプロセス
「アイデアのつくり方」にも創造のプロセスの話はあるのですが、「内なる創造性を引き出せ」という本にその話を包括する形でよくまとめっています。
この本では、1960年代ジェイコブ・ゲッツェルズによって提唱された、以下のステップが挙げられています。
1. ❓ 最初の直感
2. 📗 浸透
3. 🥚 孵卵(ふらん)
4. 💡 啓示
5. 🔎 検証
「❓最初の直感」は、問題を発見する、または思いつくという予備の段階です。最初の直感創造性な人たちはよく、誰も気づかなかったような問題を積極的に見つけ出し解決しています。アルバート・アインシュタインもこう述べています。
「たいていの場合、問題を解決することよりも提起することのほうが重要だ。新しい疑問や新しい可能性を提起したり、古い問題を新しい角度から考察したりすることは創造的なイマジネーションを必要とする」
「アイデアのつくり方」はこの問題提起のステップが欠けています。ジェームズ・W・ヤングが広告代理店に勤めていたこともあり、自分の問題ではなくクライアントの問題を解決するためにアイデアを練っていたからかもしれません。
「📗浸透」は、情報の収集をして情報を解析・解釈することです。問題に関連する資料集めとそれらをまとめることにより、情報を脳に浸透させていくプロセスとなります。
「 🥚 孵卵(ふらん)」は、問題を一時的に手放すことです。アイデアを考えるのに適した場所として「三上」=「馬上・枕上・厠上」と言われるのを聞いたことがある人が多いと思います。馬に乗っているとき、寝床に入っているとき、トイレにいるとき、そういったリラックスした時に、アイデアが思いつきやすいというものです。ふとんの中ではないですが、夢でインスピレーションを得た事例で有名なのはケクレのベンゼン環でしょう。彼はストーブ前でうたた寝をしていたとき、原子がヘビのようにうねっており、一匹のヘビが自信のしっぽに噛みつきながら回っている夢を見て、ベンゼンの環状構造を思いついたといいます。
「💡啓示」は、ひらめいた瞬間のことです。アルキメデスが、王冠に含まれる金と銀の相対量をどう測定すべきか思案していて、お風呂の中で突然答えが閃いて「エウレカ!」と叫んだ逸話が有名ですね。お風呂が孵卵である問題から離れた状態であったかもしれません。山中伸弥 氏は NHKスペシャル人体『脳』で、iPS細胞のアイデアを閃いたのは、ご自宅でお子さんとお風呂に入っていた時だった、と言っています。問題を考え抜き浸透した状態で、孵卵状態で問題から離れることにより、啓示のようにひらめきが舞い降りたという共通のプロセスというわけです。
最後「🔎 検証」は、ひらめいたアイデアの誤りや有用性をチエックしながら、具体化していく段階です。19世紀に創造性のプロセスが検討されていたのですが、浸透、孵卵、啓示の3ステップと説明されてきました。1908年、偉大な数学者アンリ・ポアンカレが、この3ステップに検証のステップを追加しました。ひらめきがただの脳に飛び込んできたノイズかどうかを誰にもわからないので、検証という地道な段階は必須というわけです。
以上が創造のプロセスの説明でした。
ここまでは古典といっていい内容です。100年以上、研究者たちが多少の差はあるものの全体的には広く合意しているので、普遍的といっていいでしょう。
ただ、21世紀以降の脳科学の発見を含めた科学的な査証は欲しいところです。というわけで、ここから2020年代以降に創造のプロセスはどう考えていけばいいかについての予想します。
ここ10年の脳科学の発見
創造性と脳科学の関係で重要になってくる鍵の一つは、「デフォルト・モード・ネットワーク」です。
デフォルト・モード・ネットワークと創造性の関係については、以下のWiredの記事が詳しいです。
これらの記事によると、創造性の高い脳の使い方として、脳を大きく分けて2つのネットワークの利用法を説明しています。2つというのは、アイデアに集中したり、評価したり、コントロールしようとする時に活性化する「実行機能ネットワーク」と、ぼーっと空想にふけったり白昼夢を見るときに活動的になると言われる「デフォルト・モード・ネットワーク」です。これらのネットワークは、同時にはオンになりません。このネットワークのスイッチングと、通常つながっていないネットワークを接続することが、より創造的なアイデアを生み出せる可能性につながると述べられています。
仮説ですが、創造のプロセスにおける「 🥚 孵卵(ふらん)」が、この「デフォルト・モード・ネットワーク」に当たる説を提唱します。デフォルト・モード・ネットワークについてはまだわかっていないところが多いですが、この状態に持っていく、つまり「ぼーっとする」というスキルを向上させることが創造力のアップに繋がると考えます。
もう一つは睡眠です。睡眠時に脳内で何が起きているかがここ10年で色々わかってきています。
同じくWiredの記事が詳しいです。
簡単に説明します。脳は1000億以上のニューロンと、その隙間を埋める10倍以上のグリア細胞から成り立っています。
(日本生物物理学会のHPより引用)
脳のシナプスが信号を伝達するたび信号のセンサー部が、リン酸化して信号をこぼしやすくなります。このリン酸化が進んだ細胞は、睡眠中に周囲のグリア細胞とりこまれ除去されます。信号が多く流れる使用頻度の高いハブになっているニューロンほど刈り込まれて、効率的なネットワークになっていく、というものです。脳細胞自体、増えることは少ないのでニューロンの分岐が減るということは、つまり思考の柔軟さが減るということです。歳を取るにつれて頭が固くなるのはこのことが関与しているのかもしれません。
また、睡眠時に脳の老廃物が排出される、ということも2019年に発見されました。これまでは、脳には細胞から排出された老廃物を処理するリンパ系がないとされていました。しかし、ニューロンの隙間を埋めるグリア細胞の一部が睡眠時に縮み、その間を脳脊髄液が満たし老廃物を運び出す、ということがわかったのです。
睡眠の質が低いほど、アルツハイマー病の原因と言われるアミロイドβ濃度が高いことが知られていました。この最近の発見により、脳の活性化と睡眠の関係がますます深く関与してきていると言えます。思考に適した三上に枕上が入っていたことの裏付けができる日も近いかもしれません。
まとめ
創造のプロセスついて、古典的なステップと現代の最新脳科学との紐付けという目線でみてきました。しかしながら、モダンな脳科学という視点での創造性の説明は、進んできているとは言えまだわからないことが多いです。なので、古典的な解釈と現代的な解釈とのバランスが必要になっています。
特に「💡啓示」をどう起こすかは謎が多いところです。「 🥚 孵卵(ふらん)」状態に必要な条件は何か、その前ステップの「📗浸透」でどれほどの情報を取り込むべきか、「🔎 検証」で「💡啓示」の誤りを見つけたらどこまでフィードバックするべきか、など検討すべきところが多くあります。
「これからの創造性」として、筋トレのようにギリギリ持ち上がるウェイトのように調整された「📗浸透」の情報負荷と、筋トレ後に筋肉がつくときの超回復のような「 🥚 孵卵(ふらん)」する休憩を、どう設計するかを脳科学を手がかりに実証していく予定です。