「瞑想と心理学で魂の本質を知るクラス」のカリキュラムの中で行う 霊性ノートの書き方を解説しているNOTEです (有料講座なので記事も有料となっております) 「霊性ノート」の書き方 毎日の瞑想の記録としてノートを書いていくことは 自分の本質に気づき、人生の意味を見つけていく大事なプロセスになる 日常の中で泡ブクのように色んな考えや思いが心の中を去来していくが その意識を明確化し、よりマクロ的な視点を持つことができる
今回は身体のお話し 私自身、幼い頃身体が弱かったので、いろんな民間療法を学んだ 食事療法や、整体マッサージ、アロマやオイル、電気療法、レイキや、 ちょっと非科学的なものまで含めるて様々である その頃から「肉体」に興味があり、どうしても知りたい気持ちがあったことの一つが 「人間はなぜ食物を食べ、それを排泄しないといけないのか?」だ 医学的な疑問というよりも、もっと根本的な疑問としてである 「食欲がなければ、人間はもっとラクに生きられるはず」 食べるためだけの仕事はしなく
この歳になると「早く孫の顔見たいでしょ?」と聞かれることがある または、カウンセリングしていてクライアントさんに 「婚活が上手くいかなくて、親に孫の顔見せてあげれないのがつらいです」 という相談をたくさん受ける そんな時、私はきょとんとした気持ちになるものだ 「そうか、世の中の子を持つ親は、自分の子孫を楽しみにしているのか…」 私は「血族」に対する思い入れが薄いのかもしれない それは「なぜに肉体を持って生きていくのか」に繋がっている どうにも、肉体に対しての執着がない
現在新たな講座を構築している内容です
最近私の周りは、素敵な人に囲まれているなあと実感したこと 自分が起業して、いろんな経験をさせてもらいながら10年近くになった最初は手探りでやってきたが 現時点での結果は、周りにいる人たちをみればわかるんだな、と思う 私のことを見てくれている人は見てくれているんだと、心があたたかくなる出来事があったのだ 人は、いろんな経験の中から自分なりの哲学や道筋を見つけていくものその中には、うまくいかないこともたくさんある いや、うまくいかないことの中にたくさんのヒントがあるもの
断捨離を少しずつ進めているところだが、 捨てるということは、心の整理なのだなと実感している 「片付け」とは、決めない限り進まないもの クローゼットの扉を開く、 そこに不規則に積み上がった服やカバンたちが 目に入ったとたん、そっと扉を閉めたくなる、が、我慢する とにかく、山を崩すことから手を付けるしかないのだが しばらくすると気がつくのだ 扉の向こう側にあった山が 扉のこちら側に移動している、だけやん… こんなことを、数日繰り返しているうちに気がついたことがある 私
昨今、浮気や不倫など、人々の日常の中にあふれている 身近でもあたりまえのように目にするものでもある 動物の「本能」なのであろう 男女がお互いを求め合う「欲望」なのだ ただ、この欲望のあつかい方には、その人の「あり方」が如実に顕われる 無軌道にこの「欲望」を解き放てば、己の性を満たすまで、相手を探し求め続けることになろう または「欲」があっても、自分の中で消化し、適切な形で自分を満たすことができる人もいるわけで、それは人それぞれなのである 人はなぜ故に、このコントロー
人生とは、あれも欲しいこれも欲しいとなるものである それも大事なことではあるが、本当はその人の人生にとって 本当に欲しいものはそれほど多くはないものだ 「人生をかけて、求め続けているもの」は、そうそう簡単には見つからない なぜなら、幾転生かけて求めているものだからだ だからこそ、そこには煌めきがある その破片でも見つけられた者は幸いである そして今世、どんな生き方を選ぶのかは本人次第 人には持って生まれた「能力」があるが、その力をどのように使うのかは 本人に任され
小学校1年のある朝目が覚めたら、身体がまったく動かなかった 首がまわらなくて、持ち上げることもできなかった 母親は、私が学校行きたくないから仮病をつかっていると思い 一生懸命におだてたり、怒ったり、なんとか、起こそうとしてた でも、それが演技でないことがわかると、 パジャマのままの私をおぶって、大学病院へと連れて行ってくれた 診察室のベッドに横にされたかと思うと「検査をしますと」 看護師さんに抱えられて処置室へ連れていかれた 「背中に大きな注射器を刺して、液を取るから
私は、幼い頃から、この世のしくみがよく理解できなかった 幼稚園に通うバスの中で、ぼんやりしていたら 身体がバスの外へ出て、上から自分が乗っているバスを見下ろしていたり 大きな病院の処置室で寝ているのに、別室で母親が医者と話しているのを見ていたり 小さい頃は、それが普通のことだと思っていたので、なんの疑問もなかったが、成長するにつれてどんどん困惑していった たとえば 田舎だったせいもあるが自転車置き場に自転車を停める時に 鍵をかけなければいけないことに、どうにも納得が
私が結婚して27年経つ その時のお義母さんと同じ歳になろうとしているが、当時のお義母さんは、フラダンスや大正琴を習っていて、とても活動的だった だけど、その数年後、目がチカチカするようになったと、目を使うことを極端に避けるようになり、あれだけ好きだった大正琴もやめてしまったのだ その時、まだ若かった私にはその気持ちがわからなくて「病気でなければ、好きな事やめなくてもいいのに」と思ったことを思い出す 今だからようやくわかる これ以上に身体が老化していくことが、怖いのだ
私は九州の筑後川という大きな川の近くで生まれた 幼い頃はよく「あなたは筑後川から拾ってきたのよ」とからかわれたものだ そんな筑後川がこのお盆の時期に氾濫しそうなほどに荒れている あの悠々と水をたたえたゆったりとした流れが、轟々とした荒々しい響きに変わっているのだ 小学校の頃、古い校舎の渡り廊下の天井には、木製の船が吊り下げられていた。昔はよく川が氾濫していたのだろう。もちろん実際に使用する目的ではなく、過去の大水害の歴史を語るものとして置かれていたと思うが 当時の私が
書くのをやめようと思ったけれど、行き場のない気持ちを吐き出したくなった 去年から始まったコロナ渦、私自身の身の回りで陽性になった人はいない いや、いなかったのだ それが、突然の知らせで「亡くなった」と… 「いや、何それ どういうこと 意味わからない Why?」 私自身、人の死に対してフツーの人よりも耐性がある おととし、お義母さんが自宅で亡くなっていて3日後に発見された時も、驚きはしたが、今回ほどの「意味わからない」感情は出てこなかった 今、悲しみを越えて「どういう
自分が今 「自分という乗り物」に 乗って人生を旅しているとしたら と、そんな話なのだが その時はまず 乗り物の運転の仕方を 理解しようとするものだ 車みたいなものだとすると 日々の手入れも必要だろうし 進むために、ガソリンや電気もいる いざ乗ってみれば アクセル踏んで発進して ブレーキ踏んで速度を落とす そんなことしながら 人生進んでいくわけだ 人は、 なりたい自分になれない時は 自分には「力」がないと諦めている時だ それは 単純に、ガソリンや電気が足りてないだ