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旅行記 「8een」 青春18きっぷの旅
2022年8月13日(土)
「千葉-戸塚」
岡山で大切な人たちが待っていた。千葉から岡山駅まで新幹線を使えば片道約4時間、16,930円。日帰りも十分可能で、いつもならきっとそうしていた。時間は貴重だ。時間は命だ。環境の変化で今年は特に忙しい。今の僕にゆっくり旅をしている時間などない。
現実に反発するように心が動いた。青春18きっぷを買った。始発電車がゆっくりと進む。東を見ると朝焼けが背中を押してくれた。
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「戸塚-沼津」
時間のかかる移動。列車が走っても停まっても人に目がいった。服装、持ち物、手の動きや目線。どんな生活をしているのだろう。今何を見て何を思っているのだろう。妄想するのが楽しかった。
今後おそらく関わることのない人々。それと同時に、車掌さんに命を預け同じ方角へ共に向かう仲間でもある。ちぐはぐな関係性に心地良さを感じながら列車は進む。
静岡県に近づくにつれ雨が降ったり止んだりするようになった。窓からは束の間の晴れ間を映す駿河湾が見えた。
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「沼津-静岡-浜松」
仕事のこと、人間関係のこと、将来のこと。快速のない区間は考え事をするにはもってこいだった。進むべき方向に進んでいるのか。今見ている景色は本当に見たかった景色なのか。
新幹線が雨粒を弾き飛ばしながら僕らを追い越した。シャッタスピードを上げても歪むスピード。変化の激しい現代において速さは正義かも知れない。でもこの旅で見る景色は、速ければ速いほど見られない景色ばかりだ。
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「浜松-豊橋-大垣-米原」
帰省したときに見た古いアルバム。そこには亡き父に肩車され笑う自分が写っていた。失ってから初めて気づく大切さは山ほどある。人の心のそれは物質よりも遥かに重く、折を見て胸を締め付ける。
時間は傷を癒やしもするが、戻れない残酷さを突きつけもする。選ばなかった世界線。そこに僕の存在はないのだ。線路は続くよどこまでも。迷いなど微塵も見せずに。
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「米原-大阪」
家族旅行はいつも車だった。父が運転し、母が助手席で世話を焼き、後部座席には5歳下の妹と僕が座った。向かい合ってお互いの顔を見ながらの家族旅行はどんな気分なんだろうか。父は運転しながら何を見ていたのだろうか。
大学生になってから家族と関わらなくなった。幼い僕ら兄妹を記録し続け、一生のお願いで手に入れた父のフィルムカメラは、愛想を尽かすようにどこかへ行ってしまった。
「でな、そんときうちのオカンがな」耳心地の良い言葉が、列車のアナウンスより先に大好きな街に入ったことを知らせた。
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「大阪-岡山」
途中下車してお茶をしばいているうちに陽が暮れはじめていた。大都市から離れるにつれ車内から人が降りてゆく。みんなそれぞれの家に帰るのだ。無意識に探し始める灯りと人の姿。寂しさが呼吸を浅くさせる。旅に出てから初めて時間の長さを感じた。
初めて見る岡山駅の夜の顔は新鮮だった。若者の声で華やぐ場所で呑む気にはなれず、宿を探した。辛うじて滑り込んだ安息地はネカフェの椅子。もう野宿する歳でもない。二十歳、シアトルのバスターミナルで腹を蹴り起こされた痛みを思い出した。旅の初日が終わろうとしていた。
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2022年8月14日(日)
「倉敷」
両親の新婚旅行の場所であり、かつて愛した人が住む場所。12歳の夏、僕ら兄妹を連れ、両親は再びここを訪れた。備前焼に魅せられた父に付き合ってレンタカーでいくつも窯を回った。派手に転んで血だらけでかき氷を食べた。
あれから何度も訪れているが、街の景色は変わらない。ゆったり優しい岡山の言葉が、朝から感傷に浸る余所者を包んでくれた。
久しぶりに会う人に、いつもどんな顔をするか迷う。待ち合わせは11時。2時間も早く着いてしまった。
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「岡山-坂出」
瀬戸大橋から見る景色は想像以上だった。青に浮かぶ緑の島々。コントラストが美しい。
電車待ちの時間に駅の外を歩いた。子どもたちの姿に目がいく。家族の在り方は様々で、その家族にしかわからない問題もあるのだろう。だがファインダー越しに見たその有様は、どのような形であれとても幸せそうに見えた。
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「坂出-観音寺-松山」
うとうとしているうちに陽が傾いていた。岡山でもらった手紙の封を切った。「また会えたね」別れた後のことまで想像してくれた健気さに胸が詰まる。会えることは当たり前ではないのだ。次の約束もせぬまま、ずいぶん遠くまで来てしまった。松山に着く前に翌日会う予定の友人に連絡をした。一人で入れそうな夕飯場所を教えてもらおうと思った。駅に着くと息子さんと車で町中華のお店まで送ってくれた。
宿で一息つき、Twitterを開いた。「旅をしている時ほど一人ではない」一人が好きなはずなのに、この言葉が沁みた。
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2022年8月15日(月)
「松山の壱」
6時半に目が覚めシャワーを浴びてチェックアウトした。約束は午後2時ごろ。それまでに初めての街を見て回りたかった。
松山城は12ある現存天守の一つ。人も物も移ろいやすく脆い。守るというのは簡単なことではないのだ。
千と千尋の街並みを期待していたが、道後温泉はアートと融合した新しい街だった。内湯と露天で汗を流し、待ち合わせ場所へ向かった。
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「松山の弐」
待つ間、松山に入ってから撮った写真を見返した。路面電車、青空、俳句、温泉。歴史ある街はどこか上品な雰囲気が漂っていた。初めて訪れた都市に心奪われる。いろいろなものを見過ぎた大きな子供には、どんな体験よりも貴重なものに思えた。
ティールアンドオレンジ。映像を作り始めて、初めて覚えた専門用語。それが松山の第一印象だった。
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「松山の参」
空はどこまでも青く、雲はひたすらに白く。夏の強い日差しを受けたサンキャッチャーが揺れる。美味しいコーヒーに映えスポット。だがそれすら脇役にしてしまう友人の笑顔が何よりここに来てよかったと思わせてくれた。
松山は温かかった。故郷とは少し違う、でもどこか懐かしい居心地の良さ。その空気を感じさせてくれたのは間違いなくそこに暮らす人だった。
東予港から大阪南港へ向かう船に乗り込んだ。もうすぐ旅が終わろうとしていた。四国を出る旅行者を、月が何も言わずに見送っていた。
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2022年8月16日(火)
「瀬戸内海-大阪」
海はいい。ただそこに在り、どんな心も飲み込んでくれる。
「海は怖えとこだ。でも優しいとこだ。海を見とけ。何でも教えてくれっから」幼い頃、漁師だった祖父とよく海を眺めた。少し意味がわかるようになってきた。
潮風、朝焼け。船室にはベッドもあったが、毛布だけ持ち出して一晩中甲板にいた。朝にはいろんな色があるなと思った。色付けるのは人の心だとも思った。はしゃぐ子供達が甲板に出てきた。彼らの目にはどんな色に見えていたのだろうか。
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「大阪-豊橋」
シャツ、スラックス、革靴で足早に歩く人たち。スマホから情報を得るため景色など見る余裕はない。
人の目は見たいものを見るようにできている。僕は旅などなかったように、日常に戻りたかったのだろうか。それとも早く日常を取り戻さなければならぬというつまらない自分に支配されてしまったのだろうか。
訪れる度にワクワクさせてくれた街が、この時だけは違う街のようだった。
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「豊橋-東京」
夏を探していた。
夏の思い出、夏の欠片、たとえこの旅が終わってもまだ手付かずの夏が残っていると思いたかった。灼熱の太陽の下、お楽しみはこれからだぜと天下の大泥棒のように決めたかった。
この旅はマニュアルフォーカスで取ると決めていた。だがなぜか設定が変わっていて、オートフォーカスは東京の文字に焦点を合わせた。そういうことか、と思った。
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「千葉」
いつもの雑音いつもの景色。違うのは「着いた」と口に出した自分だった。独り言など滅多にない。それに気づいたとき、いつもの景色が少し変わって見えた。
「いい旅でしたか」と背中が問うた気がした。
「おかげさまで」と小さく声に出した。
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おしまい。