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5年後の約束で、出版社が始まる。|独立日記 本屋への道069

2025.2.19(水)

今日は懇意にさせていただいている作家のEさんとランチ。新大久保の多国籍料理〈アジア屋台村〉へ。ベトナムの「コムガー」というチキンライスを食べながら話す。

会社での仕事の話も。最近の活動のことも。京都の文学フリマの話も。色々と相談する。Nuts Book Standを始めたことも事前にお伝えしていたのでnoteの話なども。

Eさんには人生を捧げるほど傾倒しているテーマがある。その偏愛の対象物を巡礼するように全国を隈なく探訪している。今は発行元に頼み込んで古い雑誌を丁寧に読み込み、歴史を検証しているそうだ。在野の研究者の鏡のような方なのだが、いつお会いしても尽きることなく対象物への愛が溢れている。深い愛着を創作の原動力とする情熱派なのだ。

Eさんは学生の頃から文学少女ということもあり、本というかたちへの想いも相通ずるものがある。SNSやWEBでの発信は、即時性があり、瞬時に共有しやすく、活動拠点としての起動力のよさもある。その一方で、改変されたり消えてしまったり、データとして消費されやすく、いまだ信頼性の低いメディアでもある。

WEBが便利で情報流通の主流になればなるほど、それを補うような本の良さも際立ってきているのではないか。本という物体はオリジナルだ。無骨で融通は利かないが、その分、消費できない人間の念みたいなものが込められるような気がする。次の世代にも残しておきたいという気持ちがあるなら、本以外には考えられない。そういう話もした。

Eさんと最初に出会ったのはもう10年以上前だった。場所はどこだっただろう。名古屋の〈味仙〉だっただろうか。当時Eさんが更新していたブログを拝読し、研究テーマについて初めてお話を伺った。

それから足かけ5年。一緒に本を作らせてもらった。その間に流通を頼っていた取次が潰れたこともあって、断念しそうな期間もあった。でもEさんは待ってくれていた。あてもないのに。待ちながらもずっと研究を続けている姿を、遠くから見ていることしかできない時もあった。

編集者と作家はいつも、お互いに待ったり、待たせたりする関係だ。でも待っていてくれる人がいるから、本をつくるという労力のいる仕事が成し遂げられるのだと思う。ひとりではできないのだ。

何があっても消えない火がある。きっとそれが相手の中に見えるから、長い時間のかかる仕事を一緒にやり遂げることができる。それにはインスタントな尊敬や信頼関係だけでは難しくて。お互いの芯みたいなものの存在を認め合い、いい本にするための共通のゴールに向けて、時にはぶつかり合えること。でないと、遠い先の未来の約束はできない。

「Eさんの集大成を作らせて下さい」とお願いした。

今回も前回と同じぐらいの時間はかかると思う。だから「完成は5年後」。

躊躇った。約束できるだろうか。口にするときが、未来の独立を決めるときだ。ひとりだったら、辞める決意を、新しい道に進む決意を、私はきっと保留にしてしまう。ひとりでは進めないと思った。編集者としての平沢が生まれ直した瞬間、NutsBookStandが出版社として、ふらふらとだが、たしかに立ち上がったような気がした。

自分の作りたい本が、世の中に合ってほしい本が、力を合わせることで生み出されるのなら。編集者と作家は、併走して長い道のりを走っていく。その重ねた歳月が、年輪のようにページに刻まれて本になる。

Eさんと一緒に本が作れたことは、私の誇りとなった。5年後に完成する彼女の集大成は、ふたりの、いや、これから関わってくれるであろうもっとたくさんの人たちみんなの宝物になる。そうしたい。そうしよう。

私は本屋であることに気づき、そして今日、出版社になると決めた。5年後の約束が、道なき道をつくってくれた。

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Nuts Book Stand
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