子乗せ自転車が役目を終える時
数日前、電動自転車のタイヤがパンクした。
塞ぐことのできる小さな穴ではなく、完全に擦り切れて大きな穴が開いてしまった。
私はパンクしてただの巨大な厄介物と成り下がった自転車を手で押し、ゼエゼエ言いながらバイク屋まで運んだ。
私が使っているのは前後に子供を乗せることができる、いわゆる子乗せ自転車である。町でよく見かける、車体が低くて初めからチャイルドシートが取り付けられたオーソドックスなタイプだ。
もう数年乗っているのでだいぶガタが来ており、タイヤ交換をしてもらうついでにあちこち微調整してもらった。
鍵の錆び付きに油を差してもらい、歪んだところをまっすぐにしてもらう。ついでにフロントチャイルドシートの足置き場を最小限にしてもらった。もうそこに子供が乗ることはないからだ。
初めに子乗せ自転車を買ったのは7年前、長男がプレに通い始めた頃のはずだ。
それまで私の移動はもっぱら徒歩で、長男とは手繋ぎ(もちろん喜んで繋いではくれない)、次男はベビーカーか抱っこ紐に入れていた。
しかし幼稚園までの道のりを長男が歩きたがらなかったため、必要に迫られてこの電動子乗せ自転車を購入したのだ。
初めて電動自転車に乗った時のことは忘れられない。子供を乗せても軽々とペダルが踏め、坂道でも難なくすいすいと登ることができる。
多動傾向のある長男も自転車に乗ると機嫌がよく、目的地までスムーズに移動することができた。次男はもちろん地蔵のようにおとなしい。後ろに長男、前に次男を乗せるとろくに荷物は載せられなかったが、それでもよかった。それまでヒイヒイ言いながら芋虫のように地を這っていた私は、まるで翼を手に入れたように自由になった。
それから私は子供二人とどこへでもこの自転車で出かけた。
幼稚園や児童発達支援はもちろん、近くの公園、遠くの公園、電車の見える公園、子供用品を売ってる店、坂の下の公園。駅前の有料駐輪場に停めれば電車もスムーズに乗ることができた。お出かけして疲れて不機嫌になっても、駐輪場に自転車があれば安心だった。行動範囲が一気に広がる。
どこへでも行ける。雨の日も風の日も。
というのは嘘である。初めの頃こそ雨よけカバーをつけて雨の日も乗り回していたが、ゲリラ豪雨の日にスリップ横転して以来やめた。
そう、事故は多かった。
電動自転車はパワーがある分車体が重く、子供二人を乗せてさらに重くなると私の力では制御しきれなくて、何度か横転したことがあった。ヘルメットを被ってシートベルトを締めていてもまったく無傷というわけにはいかず、倒れ込んだ場所にたまたま出っ張りがあったせいで、次男の顔には今でも傷跡が残っている。眼球を怪我しなくて本当によかった。
一番大きな事故は右折車両に巻き込まれたことだろうか。
8人乗りの大きな車に相手方の不注意で後輪を巻き込まれ、私の愛車はぐしゃぐしゃにひしゃげた。
幸い、子供も私も擦り傷程度で済んだものの自転車は廃車となり、その時点で一度買い替えた。(お金は保険が下りたけど減価償却で全額とまではいかなかった)
シートベルトの嵌め方が甘かったせいで長男が抜け出し、後部座席から飛び降りたことがあった。本人は華麗に脱走したつもりだったようだが、道路に手をついた拍子に衝撃が加わり、骨にヒビが入った。
事故はともかくとして、この自転車に乗っている時、私たちはひとつの小さな塊だった。長男が無軌道に走り回ることも、次男がぼんやりとして出遅れることもない。ビュンビュンと通り過ぎるので居合わせた人と関わることもない。誰も話しかけてはこない。
車に比べればちっぽけだけど、車に比べれば遅いけど、それでも小さなひとつの世界がそこにはあった。
チーム俺たち。
イカれたメンバーを紹介するぜ!
ASD長男!
境界知能次男!
ADHD傾向でうつ気味の母!
そんな感じで楽しくやっていた。
「えー、自転車でここまで来たの?!」
偶然出先で居合わせたママ友に驚かれながら。
「言ってくれれば乗せたのに〜」
うんうん、ありがとう。
「雪とか嵐の日は言ってよ!迎えに行くから」
ありがとう、本当に優しい。
でも、チーム俺たちなんで。
だが、永遠に続くバンドが滅多にないように、永遠に続く世界はない。
小学校に上がった長男がまずバンドを卒業する。幼稚園の後半にはすでに後部座席の足置き場から足がはみ出して窮屈そうだった長男は、自転車から降りるとすらりと大人びて見え、こんなに大きな子を乗せていたのかと私は驚いた。
長男は自分の自転車を手に入れる、乗り回すようになる。
何段ギアだか何だかがついた、スポーティな男の子らしい自転車。
彼は彼の自転車で、次男を後部座席に乗せた私と一緒に出かけるようになった。惑星と衛星のようにくっついて走る。
続いて次男も幼稚園と共に子乗せ自転車を卒業することになった。
次男は何度聞いても自分の自転車に乗りたがらないため、今のところ衛星は二つになっていない。だから、あまり近所に家族三人で出かけることはなくなってしまった。行くとしたら全員徒歩か、誰か一人が自転車に乗るというパターンだろう。(次男一人だけを歩かせるのは可哀想なので)
とにかくこれで、解散である。
チーム俺たち・解散。
こうして、私たちがひとつの塊となってビュンビュンと風を切ることはなくなった。
これからどこかに行く時は、あくまで独立した個人の集合体として移動するのだろう。長男は以前のように走り回らないし、次男はまだ私の手をしっかり握っているので安心である。もう、子乗せ自転車は必要ない。役目を終えたのだ。
子乗せ仕様から荷物乗せ仕様に変わった自転車をじっと見つめる。
お疲れさま、子乗せ自転車。お疲れ様、私。
寂しいという気持ちはあまりない。
むしろせいせいしたと言ってもいい。
子供が成長してくれて本当に嬉しいと思う。えいやっと子供を担ぎ上げて座席に乗せなくていいし、ヘルメットやら何やらシートベルトを嵌めたかどうか神経質にチェックしないし、荷物をあちこちに引っ掛けて重心が崩れてよろよろ走らなくてもいいのだ。
自転車は暑いし寒い。転べば痛い。車と接触すれば負ける。走り続けるとパンクする。子供二人を乗せて遠方まで来たのにパンクした時の絶望感と言ったらない。
それでも時折思い出すだろう。
力を込めてペダルを漕ぎ、電気の力で車体がふわりと動く瞬間を。
あの心からの自由さ、晴れ晴れとした解放感を。
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