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ドラマを作り、手放す。

今日は朝から家族で出かける予定だったんだけど、
朝起きたら目がお岩さんみたいになっていた。

昨夜寝る前に観た、このドラマの最終回のせいだ。

済州島の「プルン村」という架空の村に住む、様々な思いを抱えながら暮らす人々が、ある時は主役に、またある時は脇役になりながら描かれている。

ドラマを観始めたときは、田舎のコミュニティらしい「ウワサ好き」「おせっかい」「仲間外れ」みたいなことが目につき過ぎて、ちょっとウンザリした気持ちがどこかにあった。
けれど、それぞれの登場人物の背景にある親子の不和や、友情のもつれ、うつ病、離婚、金銭問題などが徐々に明らかになってくるにしたがって、目が離せなくなってしまった。

それぞれの登場人物が抱えるドラマは、池の中で時々ぷかりと浮かんできては、また底に沈んでいく。水面に浮かんだ時にしか他のひとの目には映らないけれど、登場人物それぞれの心の奥では通奏低音のようにずっと流れている。
そういう様がとても丁寧に描かれていて、「ドラマ」というエンターテインメントの真骨頂を見た気がしている。

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みんな、心にドラマを抱えている。
ある時はそのドラマを生きる糧にしているし、鎧にしたり、武器にしたりする。そうしてアイデンティティを形作る。

「私たちのブルース」を観て、強く感じたのは
ついドラマを作ろうとしてしまう、ひとの心の不思議だ。

○○は、わたしをバカにした。
みんなに○○が知れると、白い目で見られる。
親は自分を大事にしてくれなかった。
○○がいると、自分たちはダメになる。
○○がいないと、自分は死んでしまう。

わたしの中にも、作ってしまったドラマがあった。
その中のひとつが

「父は母の気の強さに辟易して、蒸発してしまった。」

というドラマだ。
父が最初に蒸発したのは、わたしが幼稚園生の頃で、その頃の夫婦間の問題なんかわかるわけはないのに、わたしは長年そう思い込んでいた。

そのドラマからわたしは、自分の感情を、気の強さを
ひとに見せてはいけないということを学び、自戒し続けてきた。
そのドラマを自分の中に流し続けるために、膨大な時間とエネルギーを使い続けてきた気がする。

「私たちのブルース」を観終えて、
私たちは、自分が一生懸命作り上げたドラマを手放し、そのドラマとは正反対の価値観を手に入れるために生きているような気がした。

自分がドラマの主人公だとして
それはどういうテーマのドラマなのか、考えてみるのも悪くない。

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とにかく、キム・ヘジャ演じるオクドンと、イ・ビョンホン演じるドンソクの親子がサイコーだった。オクドンの演技が、素晴らし過ぎる。ドラマが濃厚過ぎて、見返す気になれない。

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