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「ゴレンジャー」のお面

四十年以上前、父と近所の夏祭りに行った。お盆で、公民館の敷地が会場だった。いくつも夜店があって、市民たちはグラウンドに設えられた櫓の周りで盆踊りを始めていた。当時「あとの祭り」などということわざを、筆者が知っていたかどうか。

幼少期の私は、よく女の子に間違えられていた。それでも筆者が好きなのは男の子向けとされる少年マンガや戦隊もので、特に当時流行りの「秘密戦隊ゴレンジャー」は、大のお気に入りだった。

説明しておこう。この番組は石ノ森章太郎原作の実写特撮もので、悪の怪人をゴレンジャーと呼ばれる五人の正義の味方が退治する話。五人は変身すると特殊な戦闘服を身にまとうが、キャラクターの位置づけは以下の通りだ。アカレンジャーはリーダーで主人公、アオレンジャーは二番手、キレンジャーはカレー大好きの三枚目、モモレンジャーは紅一点、ミドレンジャーは可能性を秘めた若者。筆者の大のお気に入りは、最後のミドレンジャーだった。緑色が好きだったのと、いつも「まれに活躍するキャラクター」に自分を重ねてしまうからだと思う。

この夏祭りで筆者は、父にミドレンジャーのお面をねだった。どうしても欲しかった。だが、父は駄目だと言う。夜店のお面は、確かに高い。だが筆者は子供なので、もちろん値段のことは分からない。いつもなら少しくらい買ってくれそうなものなのに、と訝ったものの、ミドレンジャーのお面は筆者にとって、あまりにも魅力的だった。

どうにかならないか、と懇願する筆者に、父は条件をひとつ出した。「そんなに欲しいなら、盆踊りの輪に入って踊ってこい。そうしたらひとつだけ、買ってやろう」

筆者は当惑した。踊り方も知らないし、第一筆者は幼い頃、極端な引っ込み思案だったからである。他の人の前で、一人で踊るなんて。でも、やるしかない。やれば、ミドレンジャーのお面を買ってもらえるのだーー。

筆者は盆踊りの人混みに飛び込むと、一曲のあいだ必死に踊った。でも振りつけを知らないから、家で物まねしていたデンセンマンの「電線音頭」を踊ったのだ。これなら覚えている。「ヨイヨイヨイヨイ、オットットット」の独特な振りつけを身体で覚えこみ、一人で踊る幼児。周囲はどのように捉えただろうか。だがこちらは必死だったので、周囲を観察する余裕も無かったのである。

……そして踊りは終了した。終わった、やりきったのだ。いっぺんに襲ってきたのは、虚脱と期待だった。父は言った。

「よし、じゃあ約束通り『ゴレンジャー』のお面を買ってやろう」

もう祭りも終わりに近いとはいえ、筆者の期待と興奮は頂点にあった。だが、喜び勇んで夜店に駆けつけた筆者は愕然とした。ミドレンジャーのお面はもう無かったのだ。ミドレンジャーだけではない。主人公のアカレンジャーのお面も、二番手のアオレンジャーのお面も、紅一点のモモレンジャーのお面ももう無かった。売れ残っていたのはあの三枚目、「カレー大好き」キレンジャーのお面数枚だけだったのである。

一枚でも買ってもらったのかどうか、全く覚えていない。


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