愛とシゴトとナイチンゲール(4)それは看護じゃないかもしれない
ある日私は、先輩に呼ばれた。吉井さんのことでちょっと話したいと言う。先輩は、日勤者が帰宅した後のナースステーションに静かに待っていた。日勤が終わった後は本当にけだるい。早く帰りたいのになあという思いと何を言われるのかなという緊張感が入り混じる。
「何でしょうか?」と立ったまま尋ねた。
「ねえ国武さん。ハッキリ言うね。あなた、吉井さんのナースコール取りすぎだと思うのよね」先輩が話しを切り出した。
「わかってると思うけど、吉井さんがうちらを呼ぶのって、そんなに大事な用じゃないことが多いのよね。吉井さんにとって大事なのは、薬の時間と、褥瘡の処置の時間だよね。吉井さんはきっちりしてるし、その時間は厳守した方がいいと思う。でもそれ以外は、そんなに急用じゃないから、時にはかわすことも必要なんじゃないのかな」と先輩は一気に話した。
「それに、あなたが吉井さんにかまっている間、他の患者さんのことはうちらがカバーしてるんだけど、そこ、ちゃんとわかってるかな」先輩の言葉には、私へ怒りも含まれているのも感じた。
私は返事できずに立ち尽くしていた。先輩には、その態度が反抗に思えたらしく、さらに話を続けた。
「ねえ、看護って何だと思う?あなたがやっているのは、家族でもできることよね?看護師は患者さんの家族じゃない。それはわかるよね?確かに吉井さんはあんな状態で、何をするにも人の助けが必要よ。ちょっとした雑用でも、吉井さんは誰かに頼まないといけない。それは私にもわかる。でもあなたのやってることって看護なのかな。よく考えてみて欲しいだ。看護師として仕事する以上、他の患者さんのことや業務のバランスも考えないと思うのよね」と先輩は私を諭した。
それは紛れもない正論だった。私のやっていることは看護じゃないかも知れないと思った。吉井さんにとって、私は家族の役割どころか、召使いかも知れない。吉井さんの家族は遠方に住んでいて滅多に面会に来なかった。とても吉井さんの身の回りの雑用を頼める存在ではない。
しかし、私が担っていることは、吉井さんが吉井さんであるために必要なことだと固く信じていた。表面的にはただの雑用に見えるかもしれないけど、誰かが代わりにやらないことなんだ。ようしなければ、吉井さんは吉井さんらしさを失ってしまう。それをやるのがたまたま私だっただけ。
しかし目の前の先輩に向かって、それをうまく説明することができなかった。言葉にしてもわかってもらえる気がしなかった。言葉にするのを諦めて、その場から解放されるために、私はただ俯くしかなかった。
思えば看護師になって、自分の思いを説明するのをどこか諦めていたところが私にはあった。看護だとは誰も認めてくれないけれど、自分は患者さんによって大切なことをしているのだ、と固く信じていた。しかしそれと同じくらい、誰にも理解してもらえないとも思っていた。自分の看護が正しいという自信はどこにもなかった。
※これは、個人の体験に基づくフィクションです。