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ショートショート 「金の斧、銀の斧」
とある町の初夏の日の湖。
水面にはキラキラと太陽が反射し、
キレイに澄んだ水色は清涼を感じさせる。
ここは、地元の住人でもごく少数しか知らない特別な避暑地であった。
「梨園のおっちゃんが言ってたのはここか。来るのには苦労したが、とてもキレイなところだ。おっちゃん、こんなに素敵なところなら、もっと早く教えてくれたらよかったのにな。まったく、もったいぶって。」
H氏は近所の老人から教わったこの秘密の場所に到着し、一息ついた。
と言っても、老人の教え方はとても荒っぽく、
スーパーのチラシの裏にマジックで書かれた手書きの地図をH氏に渡しただけ。
「うん。空気も澄んで気持ちがいい。さて・・・」
独り言を呟き、H氏は乗ってきた車から荷物を下ろした。
まだ若いH氏の趣味はキャンプ。
世間的には、遊び盛りの世代だ。
今日は、初めての場所ということもあり、ソロキャンプの予定だった。
早速、こだわりのテントと焚き火台をセットして火の準備に取り掛かる。
湿気が多く、周囲の木を薪にするのは難しそうだった。
H氏は持参した丸太を斧で割って、薪にする。
「薪割りこそ、今日一番の楽しみ!」
とばかりに目を輝かせ、少年のような顔でお気に入りの斧を振る。
力仕事で腕に溜まった乳酸を散らすために、
ぐるりと肩を回した時だった。
「あ!やべー!」
”ジャポッ”
自慢の斧は、H氏の手を離れ、湖の中へ飛び込んだ。
H氏は斧を救出するべく、すぐに探しに湖へ入ったが、どうやら見つかりそうもない。
こんなキレイな湖なら、すぐに見つかると思っていたが、そうはいかなかった。
「あれ、気に入ってたんだけどな〜。最悪だ。また買うのも悔しいし、なにより嫁さんに怒られそうだ。」
H氏は落胆し、よろよろと力なく湖から出た。
「あなたが落としたのは、この銀の斧かしら?」
「エッ?」
思わぬ声が聞こえ、H氏は足を止め、顔を上げる。
そこには見事な美少女が、斧を持って立っていた。
黒いサンダルにデニムのショートパンツ、そして少し大きめの白いTシャツを着た美少女の手に、銀色の斧は違和感がある。
「あ、いや、あのー、すみません。ちょっと手がすべって落としてしまって。危ないですよね、失敬。あれ、でも僕のはこんなにキレイじゃないな。僕のではありません。」
白く美しい肌、サラッとキレイな黒髪、クリクリした大きな瞳。少し近づくと、フワッと甘い匂いもする。
少女の美しさに、思わずH氏は緊張してぎこちなく返答したが、
よく見ると自分の斧ではなさそうだった。
「そうですか。じゃあ、こっちですか?」
少女は向かって右を指さした。
切り株の上に、少し濡れた、見事に金ピカの斧が置かれている。
「いやいや、すごいですね、この金の斧。まったく、庶民の僕なんかはこんなの使いません。僕のはもうちょっと、汚いんですが、でもとても馴染んで使いやすいやつで。貰い物だったんです。でもまさか、なくしてしまうなんて。」
H氏は少し笑い、そして少し悲しい顔をすると、少女は答えた。
「あなた、案外正直者なのね。じゃあ、この金の斧と銀の斧、どっちも持って行っていいわよ。ただし・・・」
「え、なんですか、この昔話みたいな・・・」
”ズバッ”
H氏の首が
金の斧と銀の斧によって飛ばされた。
「ただし・・・、あの世にね。奥様にも、そうやってなんでも正直に話してたら、こんな死に方しなかったかもね。知らんけど。」
任務完了のメールを送信し、少女は後始末をはじめた。
「気の多い男は大変ね。浮気や不倫で、こうしてプロの殺し屋にやられちゃうんだから。」