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あの頃の、全てのサトシへ

これは、今からおおよそ30年前、ゲームボーイの小さな画面にかじりつき、憧れのポケモンマスターになるためにマサラタウンを出発した、全てのサトシに贈る文章である。

私が最初にポケットモンスターというゲームに出会ったのは、初代のレッド・グリーンが発売されてすぐ、弟が母に買ってもらったゲームボーイでのことである。

昭和後期に生まれた我々世代は、子供の頃にまだインターネットが普及しておらず、子供同士の遊びといえば、もっぱら外で遊ぶか、家の中でゲームであった。

ゲームボーイをプレイする弟の、ぴったり横に座り、耳と耳が触れ合う程の距離で、その小さい画面を夢中で覗き込んた。

操作しているのこそ弟であったが、姉の意見をしっかり採用してくれる優しい弟であったので、ほぼ2人で、初期のポケモングリーンを楽しんだ。

あの時のポケモンは、そのセールスターゲットである男子小学生が主人公であり、ルックスはズボンにTシャツ、ベストを羽織り、キャップを被った、The男子小学生で、名前はサトシ。

サトシのライバルも同じく男子小学生で、オーキド博士はThe博士の白髪頭のおじいさん。

私と弟はサトシに自分たちを重ね、お気に入りのポケモンを熱心に育て、道端で目が合ったポケモントレーナーと片っ端から戦った。


あれから約30年が経ち、私は少女から大人の女に成長した。
その間、ポケモンは様々なゲーム機に対応して形を変え、その時代に合った新しい「ポケットモンスター」として発売されていたが、大人の私には響かなくなっていた。

ルビーだのサファイアだの、ゴールドだのシルバーだの、そんなことよりファッションやメイクに興味があった。

ポケモンは、小学生の遊び。
ゲームなんて、子供がすること。

あれから30年。

職場でも部下の人数が増えてきて、お給料もいっぱしの大人の金額を頂けるようになった私は、一昨年の冬のボーナスで、Nintendo Switchを購入した。

ファッションもメイクも自分流が完成し、物欲も落ち着いた結果、「あつまれどうぶつの森」に集まった1人となった。

元々、根っからのゲーマー気質だったためか、あつ森に関しては650時間以上プレイし、私の島は森ではなく街になった。

その後、リマスター版のロマサガ3と、ドラクエXオフラインもそれぞれがっつりやり込んで、またあつ森に戻ってくるなどしていたのが最近の話である。

今年のクリスマス、夫がプレゼントを贈ってくれると言うが、何が欲しいのか悩んでいた。

財布だってバッグだってお気に入りだし、アクセサリーももう充分持ってるし、服だってたくさんある。
私の身の回りは、すでに私の好きで溢れているのだ。

あと他に、足りないもの…
まだゲットできていないもの…

…ゲットできていないもの?

遠くから、サトシの声が聞こえた。

私は昔のポケモンをよく知っているが、当時自分のゲーム機を持っていなかった。

しっかり全クリした気でいたし、エンディングも見届けたが、それは弟の隣で顔をくっつけて見ていた、サトシという名の、弟の冒険だったのだ。

私は、、、
私はまだサトシになっていない…!

心の中のサトシが、私に語りかける。
「ポケモン、ゲットだぜ?」

…たしか、ポケモンは去年新しいソフトが発売されていたはず。
慌てて調べると、「スカーレット」と「バイオレット」という言葉がヒットした。

スカーレット&バイオレット。
なんて素敵な響きだろう。
この2つのオシャレな単語に、38歳の私の欲望は溢れた。

スカーレット&バイオレット、君に決めた。

私はクリスマスプレゼントに、Nintendo Switchのソフトを買ってもらうことにした。

問題なのは、スカーレットとバイオレット、どちらにするかである。

レッドとグリーンの時は、弟のゲームボーイだったので、弟が選んだグリーンをプレイした。

でも今回は、私のSwitchで、私のソフトである。

昔はなかったインターネットとYouTubeで、スカーレットとバイオレットの違いを調べた。

コライドンなのか、ミライドンなのか?
ゲットできるポケモンの違いは?
通う学校の校章が違う?

見れば見るほど迷った。
迷った挙句、結局は制服の色で決めた。
私の新しい冒険は、スカーレットにした。
博士が女性である点にも好感が持てる。

昔のステレオタイプの、「男子小学生」「おじいさ博士」「少年のゲーム」というお約束を、時代の流れと私の価値観で塗り替える選択をしたかった。

ポケットモンスタースカーレットが手元に届き、ソフトをSwitchにセットして、電源を入れる。

画面の目の前にいるのは、弟ではなく私だ。

キレイでカラフルな映像が広がった。

驚いたのは、最初の設定の細やかさである。

主人公の名前を変えられるのは昔からだったと思うが、まず性別を選ばせないのだ。
男性とか女性とか、そういった区別はなく、見た目も自由に変えられる。
目の大きさや肌の色、髪型やメイクまで、事細かに設定できた。

男の子の髪型とか、女の子の髪型といった区別ももちろんない。
女の子だって短い髪型を選べるし、男の子だってメイクができる。

私は、ゲームの中で限りなく自分に近い存在を冒険させたくて、実物に近い、黒髪ショートヘアに真っ赤な口紅を塗ったキャラに仕上げた。私と同じ位置に、涙ボクロもつけた。いかにも38歳のキャリアウーマンで、サトシもビックリである。
ちなみに、この見た目の設定だけで1時間は使った。すでに満足度は高い。

そして、これから主人公「ゆか」の冒険が始まるのである。

新しいポケモンスカーレットは、実にきめ細かく、現代社会を反映している。

道端のトレーナーとは、目が合っても話さない限りバトルが始まらないし、野生のポケモンは目視出来る上に、こちらの方が強いと見ると汗をかいて逃げていく。
また、場合によっては主人公が道を進んでいる間に、ポケモンだけを戦いに向かわせて、終わったらちゃんと戻ってくる。

不要な争いを避け、無駄な時間を使わせない。
なんてスマートなゲームになったんだポケモンは。

平成の初期に子供をやっていた我々世代は、より時間を使って、より苦労した者だけが、強くなり、勝利を掴めると教えられてきた。

それが今では、ゲームの中でまで、効率的に、無駄を省く仕様になっている。

でも、やりたい人はしっかり一戦一戦主人公とポケモンで協力して戦えるし、キズぐすりを与えて支援したりもできる。

私は、ポケモンだけ戦わせに行かせるということはまだしていない。努力したい派なので、しっかり時間を使ってやらせてもらってる。

あと、出てくるポケモンがみんな、初めましてである。
私はポケモンが151匹しかいなかった時しか知らないから、自宅を出発して初期に出てくるであろう相場のポケモンが全然ちがくて驚いた。

まず最初にパートナーとして選ぶポケモンが、全員知らないやつなのだ。
ゼニガメは?もういないの?
その答えすら、まだ分かっていない。

それから、ドット絵でなくなったから、多少の見た目の変更があることは理解していたつもりだが、
「コラッタだ!」
と思って戦いを挑んだのが、パモとかいうかわいいやつだったり、
「ポッポ!お前は変わってないね!」
と思って挑んだら、ヤヤコマとかいう知らないやつだったり、知らないモンスターばかりで戸惑った。
そのほか、私が知ってるプリンとかピカチュウに限りなく似てるのに、何かが足りないピチューとかププリンとかが出てくる。

そりゃ、30年も経てば私だって変わったけど、ポケモンも変わりすぎじゃない?あの頃のポケモンはどこ?

そう思っていた矢先、やっと私が知ってるコダックに出会った時のエモさは、凄まじかった。

…久しぶり、コダック!⁝( ᵒ̴̶̷̥́௰ᵒ̴̶̷̣̥̀     )⁝

懐かしくてすぐにパーティーに追加した。ちなみにグリーンの時コダックをパーティーに入れたことはない。

あと、音質こそ格段に上がったが、ポケモンセンターの音が同じで感動した。このメロディーじゃなければ、ポケモンも私も回復しない。

とまぁ、ここまで長々と思いを綴ってきたが、私の現在の進捗は、まだオープニングイベントの学校に到着していない。
学校に到着する前の段階で、こんなに感動して、noteを書いてしまっているのである。

しかし、残念なことに、私はこの気持ちを、一緒に住んでいる夫と共有出来ない。
なぜなら、年上の夫は、ポケモン世代ではないからである。

ポケモンの事を全部「ピカチュウ」と言う。話にならない。

そして、職場で1番のゲーマーの先輩とも、ポケモンの話が通じない。彼も同じく、ポケモンのレッド・グリーンか発売されたころにはすでに高校生だったという。

そう考えると、私たち30代後半世代は、奇跡の世代ではないだろうか。

子供の頃、あんなに夢中になれるゲームが登場して、そこでたくさんのバトルを重ねてそれが知識と経験値となり、大人になってもなお、新しい冒険が待っている世代。
それが私たちなのだ。

就職氷河期を経て、やっと働き始めた当初は、厳しい上司に怒られても必死で歯を食いしばり、努力と根性で今のポジションを築き、
今は繊細な部下の心が折れないように指導して、パワハラやセクハラに気をつけながら生きている。
昔と今の狭間で板挟みになり、なんとなく腑に落ちないながらも笑顔で上司の愚痴を聞き、部下の相談に乗る世代。

男女平等の名のもとに、共働きでなければ生活できない賃金しか払われず、働いても税金を取られ、家や車を持っても税金を取られ、お酒を飲んでも、温泉に入っても、宿泊しても、相続されても、何しても国から税金を取られるのに、自分の年金の心配をしなければならない世代。

そんな私たち世代にだけ与えられた、心躍る冒険の世界が、ポケモンなのではないか。

いつもいつでも上手くいくなんて、保証はどこにもないけど、(そりゃそうじゃ)
いつでもいつも本気で生きてる、コイツたちがいる。

現実世界は私たちにはちょっとまだ苦いけど、子供の頃に始めた冒険を、今もまた続けられる。

私と同世代の、全てのサトシへ。
お互い大変だけど、私たちの未来がどうなってるのか、ちょっと楽しみだよね。

私たちを取り巻く世の中の様子がおかしいのは、きっと進化の最中だからだよね。

だから、ひたむきに頑張ろう。
私たちの世代には、きっと最後までポケモンがついている。