『暗夜行路』志賀直哉
「助かるにしろ、助からぬにしろ、自分はこの人を離れないで、何処までもこの人についていくのだ」
なんと献身的で力強い文章だろう。そしてなんと流動的で切ない文章だろう……
あの後、謙作はどうなったのだろうか?
思い返せば謙作の人生は波乱だった。
自分は実の父親の子ではなく母と祖父の不義によってできた子どもである出生の秘密。
祖母の妾のお栄を愛し、時には親のように頼り、時には友人のように慕う。
それから登喜子という芸者に一目惚れするもあえなく失望。
愛子という娘に結婚を申し込んだが、自分の昏い過去が邪魔をする。
そしてようやく直子という女性と結婚するも浮気される。
よくこれだけのことがあって女性不振にならないものだと思う。
特に直子に至っては、不倫相手との間に子どもまでできてしまったのにそれを許し一緒に育てる器の大きさは神レベルである。
ここだけ切り取ると『暗夜行路』が恋愛小説に思えてくる。
もっとも私もそのうちの一人だが、読み手によってはそんなもので耐えうるものではないという意見もある。
もっと倫理的で1本の強い筋が通っているらしい。
また志賀直哉の作品に関しては『城崎にて』を読了しているが、その鋭い観察眼、特に虫や動物、自然などの細やかな描写には脱帽した。
『暗夜行路』に関しては、正直そういったものは私的には感じなかったが、人間というひとつの生き物と捉えた時、その心の葛藤、失望、それでも希望を信じる気持ちなどを鑑みると、上記同様見事に「人間」を切り取っていることになるのだから大したものである。
長い長い文学の時間であった。
『暗夜行路』新潮文庫