Taylor Swift 「evermore」レビュー
evermoreが発売されてからまもなく3か月。国内盤も発売されたことだし、folkloreの時と同じようにつらつらとアルバム曲それぞれの感想を書いていきたいと思います。当たり前ですが、これがテイラー、アルバムの総意なんていうはずもなく全て個人的な感想です。和訳は国内盤の和訳ブックレットを参照しました。
folkloreと比べてとてもとても長くなってしまったので、お時間のある方のみお読みください(笑)
1.willow
folkloreから引き続き、流れる水のようなゆったりとしたメロディ。チェロなどのクラシカルなオーケストラ演奏がこの曲をより神秘的なものにしていますね。歌詞の人生を柳に例えているサビが印象的だけど、文学上の柳はいずれも嘆きや悲しみの感情を表してるようです。この曲はそういう意味も含めて、人生は嘆きや悲しみの連続だけど「わたしの手を取って、やり方を壊して欲しい」と歌っているのかもしれない。また、彼女は今まで一作のアルバムを1つの時代として捉えていてアートワークなんかもその都度ガラッと変えていたけれど、今までのそのやり方を壊してくれたていう意味もあるのかなぁと考える。そう考えると、これは恋人Joeに対してのラブソングかと思っていたが、共同制作者のアーロン・デスナー、ジャック・アントノフへの感謝の曲でもあるのかな。
★お気に入りの歌詞→「Every bait and switch was a work of art(あらゆる誘惑や転換はすべて芸術作品だと)」
2.champagne problems
初めの頃はそうでもなかったんだけど、聞きこむうちに大好きになった曲。全体を通して美しいピアノのメロディが光る。これは恋人のJoe Alwin(クレジットには共作者としてWilliam Boweryの名で参加している)が作ったメロディだろうか。彼は俳優であるにも関わらず、かなりピアノの腕も達者なようで彼の思い付きのメロディから生まれた曲もあるとテイラーが語っていた。
歌詞はものすごく奥が深くて、いろんな側面を持っている曲だと思う。単純にいえば、ここで扱われているストーリーは「同じ夜に一方は別れを切り出そうとし、もう一方はプロポーズをするつもりの恋人同士の話」。しかしながらタイトルのchampagne problemsってあんまり大したことではないセレブや金持ちの問題として言われることの多い言葉で、それを何故こんなパーソナルな問題のタイトルとしたのか。
思うに曲中の女性は個人的な問題を抱えているけれど彼女の周りの誰もがそれを大したことではない、別名champagne problemsとして扱うことによって彼女の感情を却下し無効にしているのではないか。
つまり今までテイラーが闘ってきた数多くのパーソナルな問題を大したことではないと無下に扱った人々への隠れメッセージもあるのでは、と。mad womanに繋がる部分もありますね。彼女がプロポーズを断ったことを知った時の彼の家族や友人の言葉も丁寧に書かれていて、「彼女なら素敵な花嫁になったはずなのにね。頭がどうかしているなんて本当に残念だ」なんて、ちょっと悲しすぎますね。
でも彼女は彼がいつか本当の相手を見つけることを約束する。本当に悲しくて美しい曲です。
★お気に入りの歌詞→「But you'll find the real thing instead/She'll patch up your tapestry that I shred(だけどきっと代わりに本当の相手が見つかって、わたしがズタズタに裂いたあなたのタペストリーを彼女が繕ってくれるはず)」
3.gold rush
意外にもジャック・アントノフがプロデュースをした曲ってevermoreでこれとivyだけなんですね。最初のハーモニーは軽く酔っている時の気分良い感じを連想させられるけど、その直後から始まるリズムよいビートに目を覚まされるような。
gold rushは、19世紀にオーストラリアやアメリカで行われていた「金が発見された土地へ金脈を探し当てて一攫千金を狙う採掘者が殺到すること」なんですが、その言葉で人気者に殺到する人々のこと、そして人気者に恋をしている時の感覚を現わしているのがすごい。でもこの恋は叶わなくて「濁った昨日の紅茶のような灰色へと溶けていく」っていう歌詞も素晴らしい。最後の一行に最初と同じ歌詞を持ってきて終わらせるカントリーミュージックぽいストーリーラインも良いです。
★お気に入りの歌詞→「We wandered round had never seen a love as pure as it/And then it fades into the gray of my day old tea(今まで目にしたことのないほどピュアな恋だったのに、そのあとは濁った昨日の紅茶のような灰色へと溶けていく)」
4.'tis the damn season
この曲はtrack8のdorotheaの別視点からの歌です。dorotheaが故郷の町に帰省した時に恋人だった人と再会する物語。短い間の帰省、その間の逢瀬、気持ちの動きを丁寧に描いてますね。folklore以前までのテイラーの経験を歌詞にする方法とは異なるキャラクターベースの物語だけど、テイラーの痛みを感じる歌い方がリアル。
この曲の歌詞の一部”And the road not taken looks real good now”はRobert Frostというアメリカの詩人の作品”The Road Not Taken”を参考にしたようです。この詩は、『ある旅人が森の中を歩いていると、道が2つに分かれていた。両方の道に進むことはできないからしばらく考え込んで道の先を覗いてみるが、どちらの道も奥の方が草むらに紛れている。その中で踏み荒らされていない人通りの少なそうな道を選んだ。もう一方の方は別の日に取っておこうと思うけれど、選んだ道が先へ先へと続いていたからこの場所に戻ってくることはないと分かっていた。何十年後かに、あの時この道を選んだことでどれだけ人生が変わったか語り続けるだろう』というような内容です。
これはevermoreのプロローグでテイラーが語っている「folkloreの森の端に佇んでいた私たちは選択肢があった。Uターンして引き返すか、この音楽の森のさらに奥まで足を踏み入れるか」と同じような状況ですね。意図的にこの詩を取り込んだのか、テイラーのみぞ知る…テイラーも何年後かにfolklore,evermoreの転換を思い出すんですかねえ。
★お気に入りの歌詞→「It always leads to you and my hometown(それはいつもあなたとわたしの故郷に繋がってるから)」
5.tolerate it
テイラーのアルバムの5番目に収録される曲は、アルバム曲の中で最も感情的なものとして知られていますね。この歌は恋人同士である彼氏が、彼女の愛と感謝を当然のことだと思っている崩壊寸前の関係の物語。これは世間でもままある、すでに機能していない結婚生活や恋愛関係に当てはまると思うのですが、ダイアナ妃とチャールズ皇太子の関係に関連があると考えるファンもいるようです。曲中の”You're so much older and wiser and I(私よりずっと大人で賢いあなた)”(→ダイアナ妃とチャールズ皇太子は13歳差)や”I take your indiscretions all in good fun(あなたの不謹慎な行為も面白がって受け入れて)”(→不謹慎な行為とはチャールズ皇太子がダイアナと結婚後も別の人と不倫関係を続けていたとされる事柄)などふたりのことかと思われるフレーズからそのように言われているようです。この話を聞いてからNetflixのダイアナのドキュメンタリー映画を見たのですが、夫の愛に飢えて無条件に愛されることを望んでいたダイアナの苦しみを感じて確かに当てはまるな~と思う部分もありました。
★お気に入りの歌詞→「I'm begging for footnotes in the story of your life(あなたの人生の物語の脚注にしてほしい)」
6.no body, no crime (feat.HAIM)
長年の友人でもあるハイムとタッグを組んだ6番目の曲。イントロのパトカーのサイレンの音から物々しい雰囲気を感じます。Carrie Underwoodの歌のようなダークなカントリーソングで、ナッシュビルのソングバーでかかってても全然違和感ない。静か目なevermoreの他の楽曲とは少し違いますね。
この曲は浮気をしている夫と、それを疑って殺された妻のエスティ、そしてエスティの友人で最初の語り手である女性、また後半部分では殺された友人の復讐をした語り手の女性を疑う別視点が登場したり、様々な視点から展開する復讐殺人の物語。
ハイムの3姉妹はそれぞれエスティ、ダニエル、アラナという名前なんですが、テイラーはキャラクターの名前をエスティにしてこの曲を書き終わった後に、ハイムとコラボすることになったのでとても面白かったと言っています。またテイラーはエスティに書き上がった歌詞を送って、「どのチェーンレストランが一番好き?」と訊ねてエスティが選んだオリーヴ・ガーデン(イタリアンレストランのチェーン店)を歌詞中に入れたらしい。ハイムの存在がコーラスのみのごく薄いものだったのが少し残念でしたが、この曲テイラーがひとりで書き上げた唯一の曲なんですね。どうしてこんな歌が書けるのか、恐るべしテイラー。
★お気に入りの歌詞→「I wasn't letting up until the day he died(その日が来るまで追求の手は緩めないつもりだった、彼が死んだその日まで)」
7.happiness
evermoreの中で一番好きな曲です。「幸せ」というタイトルにあれれ、もしかして恋人との日常を歌った曲かな~なんて想像していたけれど、蓋を開けてびっくり、決してハッピーな曲じゃない。むしろ7年間にわたる最高の恋愛に終わりを告げた女性の心情を描いている失恋の曲。分かるんですよね、恋人と別れたことで解放されたような、自由になった気がして幸せを感じるけれど、でも付き合っていた時も間違いなく幸せだったよなあと振り返る気持ち。テイラーの楽曲には素晴らしい失恋ソングってたくさんあるけど、この曲は相手のことを責めたり、ということもなくすごく大人な女性の物語だなあと思います。(そういう曲も好きだけどね)大きな盛り上がるのある曲ではないけれど、歌詞の一文一文がすべて胸に刺さります。
また、この曲は小説「グレート・ギャツビー」を意識しているという見方もあるようです。小説の登場人物、ギャツビーとデイジーも駆け落ちしたり、殺人の罪を被ったりと悲しい恋愛の最中にあり幸せにはならなかったのですが、歌詞中の「I hope she'll be your beautiful fool(美人なおバカさんだったらいいな)/Who takes my spot next to you(私の後にあなたの隣に座る彼女が)」 は、小説の中でデイジーが娘に対し、「彼女もいつかばかを見るでしょう。でもそれは女の子にとってすばらしい経験なの」と語っている部分から引用されたのではないかと言われています。ちなみにテイラーはこの曲はevermoreリリースの1週間前に出来上がったと語っていました。滑り込みでこんな良曲を入れたんですね(笑)
★お気に入りの歌詞→「All you want from me now/Is the green light of forgiveness(あなたが今私に求めるのは、許すという青信号だけ)」
8.dorothea
ピアノとギターのメロディが心地よい8番目。8番目くらいにこういうあたたかい曲が来るとほっとします。歌い始めるまでのイントロがちょうど8秒だったり、曲中テイラーはdorotheaと8回言っていたり、ちょっとした8を意識した曲のようです。この曲のdorotheaはテイラーの親友のセレーナ・ゴメスだという説があります。
そもそもテイラーは自分の曲に適当な人の名前をつけることはなく、必ず友だちの子どもの名前だったりと意味があるので、このdorotheaにも意味があって、ファンの間では、セレーナのお気に入りの映画が「オズの魔法使い」で主人公の名前がドロシー(Dorothea)なのでここからきているのではないかと言われています。あとは、歌詞の”Selling make up and magazines(化粧品や雑誌も売っている)”はセレーナがメイクアップラインを立ち上げたこと、よく雑誌の表紙を飾っていることと一致していたり、セレーナのことかなと思わせるヒントが曲中にいくつかあります。個人的には、辛いとき不安を笑い飛ばし合ったり、あなたは私が観覧席で出会ったときのままでいてくれるかなと思い出を語れる友人関係ってとても素敵だなあと思います。特にテイラーは味方だと思っていた人から裏切られる経験もしているので、ずっと応援してくれるセレーナの存在はとても大きいと思うんですよね。そう考えると、ちょっと泣けるくらい素敵な曲です。お気に入りの歌詞はリズムが最高。
★お気に入りの歌詞→「And damn, Dorothea/They all wanna be ya(ああ、ドロシア、みんなあなたに憧れている)」
9.coney island (feat. The National)
The Nationalとコラボしてボーカルのマット・バーニンガーとデュエットしたこの曲。The Nationalの楽曲は、ちょうどなにかに誘われるようにfolkloreの発売少し前に”I Am Easy to Find”やヒット曲をさらっと聴いたきりだった。で、こちらの方が全然先輩なんだろうがDay I DieあたりはThe1975のようなサウンドだなあと思っていました。テイラーとコラボしたこの曲は、The Nationalのバンド演奏よりもさらにさらにメロディをシンプルに絞っている感じ。タイトルのconey islandは実在する実在する遊園地。NYのマンハッタンから電車で1時間弱で行けるようです。
テイラーはLoverのアルバムでもcornelia streetという実在する通りをタイトルにした曲を作っていて、2016年頃のトライベッカの住居が改装されている間テイラーはCornelia Streetにアパートを借りており、ちょうどその頃ジョー・アルウィンと付き合い始めたと言われていました。
なのでConey Islandも思い入れがある場所なのだろうかと考えてしまいます。”Were you waiting at our old spot~”からの歌詞はハリー・スタイルズやカルヴィン・ハリスなど元彼のことではないかとも言われています。
決して派手さはない曲だけれど、きらきらとまばゆいメリーゴーランドと対照的に沈んでいく日と凍える心が強い喪失感と後悔を表していて本当に素晴らしい。”Sorry for not making you my centerfold(あなたを私の世界の中心にしていなくてごめん)”ーこの歌詞は悲しいですよね。いつも一番にあなたのことを考えていなくてごめん、ってことだから、もちろん恋人に対しての謝罪にもとれるわけだけど、一方で自分自身に対して、自分の気持ちを大切にしてこなくてごめんっていう意味もあるのではないかと考えます。曲の終わりに向かってマットとテイラーの歌声が重なり、掛け合いも素晴らしく、お互いに相手を自分の人生の最優先にしなかったことをお互いに謝罪しているような演出も良いですね。
★お気に入りの歌詞→「The mischief, the gift wrapped/suburban dreams/Sorry for not winning you an arcade ring(悪さをして、ギフト用に包んだ、郊外の夢。ゲームセンターで指輪を取ってあげられなくてごめん)」
10.ivy
この曲は、結婚して夫がいる女性が別の誰かと恋に落ちてしまった物語。folklore収録のillicit affairsような暗く悲しい関係を思わせる曲で、語り手は絶望も感じているけれど、テイラーの囁くような歌声とカントリーよりのメロディがとても純粋で、無垢で、心温まる恋愛を思わせる。
最初の「雪の中から現れて」から、雪解けの花咲くクローバーの春、それとともに確実に近づいている終わりの時間。生命の誕生の美しい風景から一転して燃えるような炎の描写。この単語の組み込み方、流れも、う~ん、うまいですよねぇ。テイラーの風景描写はthe lakesの歌詞も本当に素晴らしかったですが、これも最高。
またこの曲はアメリカの有名な詩人、エミリー・ディキンソンと彼女の親友のスーザンについてではないかという説もあります。
このアルバム自体がエミリーに捧げられたものだと言われており、それはテイラーがevermoreをリリースした日はエミリーの誕生日であること、さらにアルバムのタイトルevermoreは彼女の有名な詩から名付けられたことから、そう言われているようです。スーザンはエミリーの夫と結婚し、エミリーが生涯の大半を過ごした家の隣で暮らしたのですが、実はエミリーはスーザンに恋をしていたのではないか、と。
まあすべては仮説にしか過ぎないですが、この曲が最高であることに変わりないですね。
★お気に入りの歌詞→「Stop you putting roots in my dreamland(私の夢の国に根を下ろすあなたを止められない)」
11.cowboy like me
ギター、ハーモニカ、マンドリンなどの楽器のオーケストレーションが美しい曲。テイラーは、この曲について「私が大ファンの人が歌う、バックボーカルが美しい」と言っていたがバックボーカルにはマムフォード&サンズのマーカス・マムフォードが参加しています。
cowboyって単語は単なる牧童やカウボーイという意味のほかにカウボーイみたいに無鉄砲な人、むちゃな商売をする人、という意味もあるんですね。初めて知りました。
ここで歌われているのは、無鉄砲な商売=詐欺師のふたりが、大きな夢や派手な生活を追求するために人を騙していたが、いつしかお互いに恋に落ちる物語です。タイプは違いますが、なんとなくGetaway Carのボニー&クライドに似ていますね。Getaway Carは映画的な物語を装いながら、テイラー自身の恋愛関係を歌っていたけれども、この曲もなにかの関係の比喩なんでしょうか。
歌詞に出てくる「バビロンの空中庭園」といえば、世界の七不思議の1つに数えられる屋上庭園の建築物ですが、歌詞中のこの言葉は存在する証拠がない神話的な存在を表していたり、彼が彼女に非常に愛着を持っていると言う比喩として例えられているのではないかと思います。この曲が”And”という言葉で始まるのも少し奇妙ですよね。物語の途中からのスタートを感じて、どれかの曲の続きなのだろうかと考えてしまいます。
★お気に入りの歌詞→「With your boots beneath my bed/Forever is the sweetest con(あなたのブーツは私のベッドの下。永遠というのはこの上なく甘美な詐欺)」
12.long story short
これはテイラー自身の立場、体験を歌った曲ですね。アルバム収録の他の曲とは異なるポップなメロディの曲です。ライブで歌われると絶対盛り上がる曲ですね。”It was a bad time”をテイラーと一緒に大声で歌いたい(あーライブに行きたい…)
今までメディアから酷い扱いを受けたり、信頼していた人物からの裏切りなどを経験し、彼だけが自分を分かってくれているから好きなように言っていいと歌った、Call it what you wantや闘う準備はできていると歌ったThe Archer、そして今回のlong story shortへの流れ。テイラーと恋人ジョーの関係って本当に素敵ですよね。Call it what you wantの時は彼がテイラーを暖めるために火を起こした、という歌詞があるけれど、long story shortでは”Now I just keep you warm”(今はあなたを暖め続けているだけ)ってなんかじーんとします。”And we live in peace/But if someone comes at us/This time I'm ready”(平和に暮らしている私たち。だけど、もし誰かが二人を攻撃してきたら、今度は私にも覚悟がある)も、守るために「私」は立ち上がる、って強い意志を感じますね。彼女のこれまでは本当に散々なことも多かっただろうけれど、それをポップで陽気に歌い上げて、恋人との現在の幸せに焦点を当てているとても心温まる曲です。あと、最後の”I survived”(私は生き抜いた)で終わらせるのも最高。
★お気に入りの歌詞→「Pushed from the precipice/Climbed right back up the cliff/Long story short I survived(崖っぷちから突き落とされたけど、まさにその崖を登って上に戻った。手短に言うと、私は生き抜いたということ)」
13.marjorie
folkloreの13番目”epiphany”は第二次世界大戦での父方の祖父に焦点を当てていたが、evermoreの13番目のこの曲はテイラーの母方の祖母に焦点を当てた曲です。これもfolkloreとevermoreが「姉妹アルバム」と言われる理由の1つですね。Marjorie、フルネームはMarjorie Finlayさんとおっしゃるこの女性は、テイラーのおばあちゃんという立場を抜きにしても結構名の知れた方だったようです。オペラ歌手であり、テレビのパーソナリティでもあったようで、主に南米メキシコあたりを拠点にコンサートやアルバムを作成していたようです。ちょっと調べればたくさんのお写真が出てくるのだけれど、まあ結構テイラーにそっくりなんですね。とっても美しい方なのですが、残念ながらテイラーが13歳の時に74歳で亡くなってしまわれたようです。で、驚くのは、この曲のクレジットにBacking Vocal(コーラス)としてジャスティン・バーノンと一緒にMarjorie Finlayの名前もクレジットされてるところ。サンプリングされた音声を使っているようですが、えっ、どこに?って感じで最初注意深く聞いてもすぐにはわかりませんでした。粋な演出ですね。
愛する人の死の悲しみと生前こうしていればよかったという後悔。epiphanyやSoon You'll Get Better、さかのぼるとThe Best Dayまでテイラーが家族について書く歌詞はいつもとても現実的で感情的だと思う。コロナ禍で生まれたこの曲が、ファンを癒し、時にそれぞれの祖父母を思い出させて涙を誘うのだなあと思います。
★お気に入りの歌詞→「Never be so kind, you forget to be clever/Never be so clever, you forget to be kind(優しすぎてはダメ、賢くなることを忘れてしまう。賢すぎてもダメ、優しくなることを忘れてしまう)」
14.closure
実験的なドラムの音と滑らかなピアノメロディの組み合わせが混沌とした雰囲気を醸し出している一曲。一度に2曲が演奏されているような不思議な感じをテイラーのヴォーカルがうまくまとめています。わたしには全く分からなかったのですが、どうやらテイラーがイギリスのアクセントで歌っている箇所があるようです。(どこだろう…)
この曲のきっかけは相手が送ってきた手紙。歌い手は穏やかな普通の生活を送ろうとしているけれど、この手紙が届いたことで、相手への怒りが蘇る、もしくはずっと根深く歌い手の心に怒りが顔を出した。「あなたの名前の影を見かけると、まだ痛みが湧いてくる」という歌詞は、相手が手紙か封筒に書いた送り主のサインを指しているのでしょうか。なんとなく「そっちで勝手に終わらせようとしないで欲しい」というような思いが汲み取れ、歌詞全体を見てもこれはテイラーがデビュー時から在籍していたレコードレーベルのスコット・ボーチェッタへの曲ではないかと思いました。「友達のままでいれば、うまく解決するってことなんだろう」という歌詞がちょっと引っかかるけれども。「罪の意識が海を越えて届いてくる」という歌詞は、テイラーがイギリスに滞在している時に作った歌詞だとしたら(恋人ジョーの故郷はイギリスだし、ない話ではない)海を越えたアメリカから届いている、だからテイラーは意図的に曲の一部をイギリスアクセントで歌ったのではないか、と考えました。落ち着こうとしているが、背後のバックグラウンドのおかげで激しい怒りや苛立ちを感じられる、味のある曲になっています。
★お気に入りの歌詞→「Guilty, guilty reaching out across the sea(罪、罪の意識が海を越えて届いてくる)」
15.evermore (feat.Bon Iver)
通常盤最後の曲は、アルバムタイトルにもなっている曲。エミリー・ディキンソンの詩「One Sister Have I in Our House」が「forevermore」という単語で締め括られていることからこのアルバムが彼女にあてられたものではないのか、という考えもあります。
この曲はテイラーの恋人ジョーことWilliam Boweryが制作だけでなく、ピアノ演奏者としてもきちんとクレジットされています。恋人や恋愛関係についてずっと歌ってきたテイラーが愛する人と曲を作る関係性になった、そんな人と出会ったことが本当に嬉しく思いますね。
この曲の歌い始めの29秒ぐらいにかすかに鳥のさえずりが聞こえるのですが、これ、同じくジャスティン・バーノンとデュエットしたfolkloreの”exile”でも同じくらいのタイミングで聞こえてくるんですね。なにか意味があるんだろうか。
シンプルなピアノ伴奏で始まる曲だが、ジャスティン・バーノンが加わるブリッジからがらりと雰囲気が変わります。ペースが上がるピアノメロディとヴォーカルが鳥肌ものです。この曲の歌詞も色々な解釈ができますね。失恋した女性の心の痛みなのか、歌い手がうつ病などの病気を患っているのか、あるいは2020年のコロナウイルスの世界的大流行のことではないか、など色々想像することができます。
いずれにしても絡み合って盛り上がるふたりの応酬の終わりは、テイラーのトンネルの終わりに光が垣間見れるような”You were there”。この辺りはLoverに収録されている”Daylight”と同じ感じがします。きっとテイラーの心からの思い。
このあとにも希望に満ちた言葉が続き、「この痛みは永遠に続くはずはない」と締めくくられる。あらゆるものが失われた瞬間に私たちは立ち尽くしているけれども、いつかは救われるという将来の希望を感じさせるテイラーのメッセージです。
★お気に入りの歌詞→「This pain wouldn't be for evermore(この痛みはきっと永遠に続くはずはない)」
16.right where you left me
ボーナストラックの1曲目。テイラーはこの曲について「彼女の心が壊れてしまった場所に永遠にとどまり、やがて凍りついたようにじっと動かなくなる少女についての歌」と言っています。バンジョーの奏でるメロディがとても良いですね。「レストランの隅っこの席に座っている」という歌詞を見て、Begin Againのミュージックビデオでパリのカフェの席に座っているテイラーを思い出しました。
歌詞は恋人に別れを切り出された瞬間に人生が凍りついた女性の悲しみが時の流れと共に上手く表現されているなあと思います。あと、”hair pin drop”と”pinned up hair”の言葉遊びにニヤッとする。”Did you ever hear about the girl who got frozen?”からの歌詞は、少女ではない他の語り手が語っていて、具体的な23歳という年齢とか、空想の世界に生きているという歌詞をから31歳の現在のテイラーが過去の自分を振り返って見ている部分もあるのではないかと思いました。とてもお気に入りの曲ですが、なんとなく他のevermoreの世界観とは違う感じ、REDあたりの雰囲気を感じます。
★お気に入りの歌詞→「I could feel the mascara run/You told me that you met someone/Glass shattered on the white cloth(マスカラが涙で流れ落ちるのが分かった。あなたに他に好きな人ができたと言われて、白いテーブルクロスの上で割れたグラス)
17.it's time to go
ボーナストラックの2曲目。evermore完結の最後の曲。止まった時間についての16番目の曲とは対照的に、この曲は去り時は自分で決めようという歌です。この曲はおそらく、いくつかの物語が合わさってできたものではないかと考えます。最初の歌詞は関係が冷えた夫婦、あるいはトラブルがあった友人関係、2番目の歌詞は人生を捧げた仕事を頑張るお父さん(もしくはお母さん)の社会の現実、3番目の歌詞はテイラーが以前所属していたビッグ・マシーン・レコードのスコット・ボーチェッタとスクーター・ブラウンとの確執について。テイラーはビッグ・マシーン・レコードと14年間契約しており、以前のインタビューの中でこの確執について「15年の関係であっても、それは面倒で気が動転するようなかたちで終わることもある。あなたが世界の誰よりも信頼した人が、突然最悪の傷を負わせることができる人にもなる。突然、一緒に経験したことが痛みとなる。突然、親友だった人が最大の敵となる」と語っています。テイラーはこのような自身が経験したことと、読んだり見たり影響を受けた映画や小説や詩などを上手く組み合わせてfolkloreやevermoreのような物語を書き上げたんですね。いずれの場面、人生のどのような場面でも痛みや違和感を感じたら逃げること、諦めることも必要だとテイラーに言われると説得力があります。evermoreの締めくくりにふさわしい気持ちが前向きになれる曲です。
★お気に入りの歌詞→「Sometimes walking out is the one thing/That will find you the right thing(時には出ていくことが、自分にとって正しいことを見つける唯一の行動だという場合もある)
・まとめ・
デビュー当時(fifteenだったかな)に頭にメロディと歌詞が溢れてきて、紙ナプキンに歌詞を書いたり、トイレでボイスレコーダーにメロディを吹き込んだという話があったけど、物語が溢れて止まらないのは今も変わらないんだなあと、この2020年の緊急リリースを振り返って思いました。
後ろ姿のジャケット写真が印象的なevermore。folkloreでオルタナティブの森に足を踏み入れ前を向いて進んでいたが、evermoreでさらに新しい道や風景が現れて、それは出口ではなく新たな物語の始まりだった。そこに再び足を踏み入れようかと思案しているその一瞬、そこを切り取ったイメージとして、後ろ姿のジャケットなのではないだろうかと考えます。
folkoreの夢の続きを、再び色とりどりのパレットのような物語で見せてくれたテイラー。今回のevermoreはハイムやマムフォード・サンズなどと新たにコラボレーションして、より自由で濃密な内容になっていると思う。カントリーからポップ、そしてオルタナティブと様々なジャンルを渡り歩いてきたテイラーは、このままこのジャンルに完全に舵を切るんでしょうか。それは誰にも分からない。すでに過去の発表曲の再レコーディング、Fearlessアルバムの再発売も決定しているから(楽しみ!!)しばらくは過去曲の再レコーディングに精を出すだろうけれど、テイラーはこれから始める新しいことは、わたしたちの想像をはるかに超えた、素晴らしいものであることは間違いないと思う。