パンはパンでも食べられないパンってな〜んだ?
少し仕事が落ちついたので、久しぶりに料理教室に通い始めた。あるレッスン終わり、講師の方に
「あっ!ちょっとお時間あります?」と呼び止められた。
「たったいまちょうど、パンが焼けたところでして!」と言う講師。鼻をひくひくさせてみると、たしかに焼きたてのパンのいい匂いがする。そういえばパンのレッスンは数年前に数回受けたっきりで、それ以来からっきしだった。
講師に連れられて焼きたてのパンの元へ向かった。
オーブンから上げられたばかりのほかほかのパンたちが並べられている。
ふわふわした見た目。香ばしいにおい。きっと味も、さぞかし美味しいに違いない。
じゅるり。その味を想像しただけでよだれがあふれる。ついさっき料理を作ってひとしきり平らげたばかりであるにも関わらず、うまそうな匂いにたちまち食欲がわいてきたのがふしぎだ。
もうかんぜんに、焼きたてのパンの口である。
きっとパンのレッスンの勧誘も兼ねて、焼きたてのパンの試食をさせてくれるのだろう。
食べたら新しくレッスン受けようってなっちゃうかもな。こういうおいしいセールスなら大歓迎。いやはや、ありがてえことだ。
「いや〜、なんかすいません。ほんとありがとうございます」と恐縮しながらぺこりと一礼した。
すると、なぜか講師はきょとんとした顔でこちらを見た。
「……ということで、こちらのパンがただいまレッスンを受講すると作れますので。ぜひお時間ある際にパンのレッスンも受けてみてくださいね!」
そう言って講師はにっこりと笑い、サッとパンを片付けた。
つまりはこのパンは見る専用で、試食できるわけではなかったのだ。
知らねえ他人が作った、知らねえ他人のためのパン。
そうとわかった途端、急にはずかしさが込み上げてきた。
やばい。さっきわたし、パンをみせてもらうことをやけにありがたがって恐縮してしまったわね。
見る専用のパンがあるなんてこと、義務教育では教えてもらえなかった。
よっぽどパンを見ることをありがたがってる変なやつにしか思えないじゃないかよ……。
わたしはほかほかのパンのにおいに満ち満ちた空気の中を、さめざめした心持ちで肩を落として帰ったのだった。
Qパンはパンでも食べられないパンって、な〜んだ?
A恐縮と恥辱に満ちた、見る専用の焼きたてパン