22.皿うどんに必要な勇気
読者の皆様は皿うどんに恐怖したことがおありだろうか?私はある。皿うどんを目の前にして震えおののいた事があるのだが、正確には皿うどんにお酢をぶちまけている人間に恐怖した。何だかんだ言って、一番恐ろしいのは人間という事なのだろう。
それは横浜で昼食を取っている時の事だった。皿うどんを注文した横浜出身のハマッ子な同僚。注文したそれがテーブルに着くや否や、お酢を手に取り円を描くようにかけ始めたのだが、一周、二周、三周・・・見てるこっちが悲鳴を上げてしまいたくなるほどジャブジャブとかけている。
そもそも、皿うどんにお酢をかけるところから突っ込みたかった。私の生まれ育った地域では皿うどんは何もかけずにそのまま頂く。だって、そのままでも充分に美味しいではないか。皿うどんにお酢なんて「上等な料理にハチミツをブチまけるがごときの思想」だ。
「皿うどんにお酢かけるの?」大量のお酢をブチまけた皿うどんを美味しそうに頬張るハマッ子に質問してみたら「えっ、かけないの?」と返って来た。質問に質問で返されたのは腑に落ちないが、「横浜じゃ当たり前だよ」みたいな雰囲気で言われたら田舎者の私は黙らざるをえない。
まあ、後々になって分かった事だが、世間一般的に皿うどんはお酢をかけたり、辛子をつけたりして味の変化を楽しむ食べ物らしい。無知な私が勝手に驚いただけだった。ハマッ子君、申し訳ない。
しかし、皿うどんは味変型の食べ物と理解出来てなお、長崎で主流になってる「皿うどんにウスターソース」は恐ろしい。少なくともお酢は体に良さそうだが、ウスターソースは何となく体に悪そうだ。私の平素の暴飲暴食をご存知の読者様から「お前がそんなこと言うなよ」との厳しい突っ込みがきそうだが、塩分過多になりそうで不安だ。
そう思っていたのだが、機会があり一度だけ家で試してみた事がある。
きっかけは近所のスーパーM。その店では北は北海道民のソウルカップ焼きそば「焼きそば弁当」から、南は沖縄で覇権的ステーキソースの地位を築いている「A1ソース」なんかの珍しい商品が定期的に入荷される、攻撃的品揃えのスーパーだ。しかし、割と味覚が保守的な私の地元の住民たちはあまり興味を示さないので、いつだって賞味期限間近の半額処分ワゴンがそれらの珍品で溢れている。余計なお世話かもしれないが、このお店の仕入担当は大丈夫かと不安になる。
ある日、そのワゴンの中に長崎のご当地ウスターソースである「金蝶ソース」を発見したので購入してみた。この金蝶ソースは長崎県民のソウルソースと呼ぶべき品らしく、皿うどんにこれをかけるのが真の長崎県民との事。「イカリのウスターソースと金蝶ソースの両方がある場面で前者を皿うどんにかける人は長崎出身ではない」そんな「非長崎人判別」にも使えるので覚えておこう。
金蝶ソース購入後、自宅で皿うどんを作って試す筆者。ちなみに筆者流の皿うどんの作り方は通常よりも豚肉を(かなり)多めに入れてアグレッシブさを増幅、「肉皿うどん」へとバージョンアップさせるアレンジだ。「野菜炒め」よりも「肉野菜炒め」が偉い様に、「皿うどん」よりも「肉皿うどん」の方が偉い。
ワクワクしながら皿うどんに金蝶ソースをかけて食べてみたものの、いまいちその素晴らしさが伝わってこなかった。豚骨ラーメンにからし高菜やニンニクを投入した時のような鮮やかな味の変化は感じられない。そんなわけで、ネット上で見かけるウスターソース過激派の「皿うどんにウスターソースかけないとか有り得ない」な気持ちはついぞ分からずじまいだった。
まあ、味の好みは生まれ持ったものや、育った環境によって違うからと思い、この件はこれで終わった。なお、残った金蝶ソースはメンチカツやハムカツにかけて美味しく頂きました。
それから何年も皿うどんとウスターソースの事は忘れていたのだが、最近になってSNSで皿うどんの写真を見て以降、急にこの事が頭から離れなくなった。「ひょっとしたら私の作った皿うどんにウスターソースを受け止めるだけの器量がなかった、もしくは他の原因があるのかも?」そんな疑惑が頭をよぎる。この味変が私の好みと合わないと断定するには「完璧な皿うどんに長崎県民と同じやり方でウスターソースをかけたけど、やっぱり口に合わなかった」という事実が必要なのではないだろうか。
ウスターソースとの再戦を決意した筆者。試合会場は高品質の皿うどんを提供してくれるあそこしかない。そう、リンガーハットだ。
余談だが筆者は学生時代に長崎の本店へ「聖地巡礼」に行ったことがある。長崎県出身の後輩がいて、彼が「リンガーハット本店のちゃんぽんは支店のよりも美味しいです」と言っていたので実際に確かめに行ってきたのだ。リンガーハットほど規模が大きいチェーン店はセントラルキッチンを採用してそうなので、お店によって味が違うなんてどう考えても嘘くさい話だ。しかも、高田純次ほどではないがその後輩もかなり発言が適当なことで知られている胡散臭い男だった。常識的に考えて、胡散臭い男が言ってる噓くさい話が本当なはずはない。
だが、実際に本店で食べてみたら美味かった。いつもの店を100とすれば120くらいあった記憶がある。「どうです、他の店より美味しいですよね」そう言ってニヤニヤ笑う後輩。本場長崎の地でちゃんぽんマウントを取られたわけだが、その屈辱を差し引いても良い経験だった。これは20年以上前の話なので今はどうか分からないが、興味がある読者様がいたなら現地で確認して欲しい※。
皿うどんとの再戦のためにリンガーハットへ。自宅周辺に店舗がないので久しぶりの来店なのだが、昔と比べてずいぶんと感じが変わっている。それこそ昔は「麺増量無料」を強く前面に打ち出した、ワンパクな胃袋を持つ客層向けの「こっち側」のお店だったのに、最近は自らをモグベジ食堂と称し「国産野菜」「食の安全」「減塩」「ヘルシー」云々をアピールする「あっち側」になっているではないか。一抹の寂しさを感じてしまった。まあ、こう言ったチェーンはいつだって出来心を起こしてヘルシー志向に向かおうとするが、結局はカロリー路線に回帰するのが常だ。歴史が証明している。
もっと真剣になるべきものが人生において他にあるのかもしれないが、再戦にあたり「皿うどん ウスターソース」で検索し、長崎県民がどれくらいかけてるのか下調べをしてきた。かけるソースの量に関する具体的な記述が見つからなかったので、ネット上にあげられている写真を目視確認で調査した結果、分かったことがある。「ウスターソース派の皿うどん愛好家は結構豪快にかけている」という事だ。そう言えば以前、自宅で皿うどんにウスターソースを試した時は小匙2杯程度しか使わなかった。きっとそこに原因があるのだろう。ウスターソース派がネットに上げてる写真を見る限り、そんなものでは全然足りない。どれくらいと聞かれても正確な量は言えないが、私の感覚を言語化すれば「やり過ぎなくらいドバドバかけてる」様に見受けられる。
それでは、実食開始。序盤は何もかけずに食べたのだが、やはり皿うどんはそのままでも充分に美味い。それに当たり前だがリンガーハットの皿うどんは私が作ったそれより遥かに美味い。いつもリンガーハットではちゃんぽんばかり頼んでいたので気付かなかった。「このまま味変せずに食べ終えても良いかもしれない」そんな考えが頭をよぎったが、ここは当初の目的を果たすべくソースをかける。
先ほど述べたように「やりすぎなくらいかけるべき」と頭ではわかっているものの、いきなりドバドバいく勇気はない。少しずつ量を増やしていった。少しかけて食べ、また少し追加して食べの繰り返し。「けっこうかけたけど、まだピンと来ない。でも、これ以上かけて大丈夫なのか?」と悩んだり、怯えたりしながらも、勇気を振り絞り更に追加していく。まるでチキンレースさながらの様相を呈していたが、あるラインを超えると一気に味が変化した。脳内に「!!!」と感嘆符が浮かんだ。似てる味を知らない、説明できない美味しさだった。ボーノとかハラショーと叫びたくなるデリシャスさだ。
やっと皿うどんとウスターソースの法則が理解出来た。これは自転車やバイクと同じ要領なのだ。怖くてペダルをゆっくり回すとふらついて上手く走れないが、勇気を持ってしっかりとペダルを回すと上手く走れる。そう、「ビビってると安定しない」のだ。「皿うどん×ウスターソース童貞」の皆様には「勇気を出して、思ってるよりも豪快にかけろ」と伝えたい。
ただ、これも自転車やバイクと同じで「調子に乗ると大けがをする」のもまた事実。かけ過ぎるのは勇気ではなく蛮勇だ。イキがってかけまくるとウスターソースの味しかしなくなるので要注意だ。
実に長い時間がかかったが、「皿うどんとウスターソースは相性抜群」という真実にやっと辿り着いた。塩分過多と思ったらサウナに行けばいいだけだ。これから皿うどんを食べる際は塩分のことなんか気にせず、必ずウスターソースをかけるナガサキナイズドされた食事法を常に実践しようと心に誓った。
しかし、一つの謎が解けると同時に新たな謎も浮かんできた。それも2つ。「本店の皿うどんは他よりも美味しいのか?」そして「リンガーハットのソースではなく金蝶ソースを使ったらもっと美味しいのでは?」という疑問だ。
とりあえず私は金蝶ソースの方を担当したいと思う。先日、出来心でパチンコに行ったら返り討ちに合い、ちょっとお財布事情がよろしくないので旅費が工面出来ない。
なので、「本店の皿うどんは他よりも美味しいのか?」については、読者有志にお願いしたいと思う。上手くいけば「本店の皿うどん、他よりも美味いですよ」とのマウントを取れるようになるかもしれないし、最低でも聖地巡礼の経験が出来るので悪くない話ではなかろうか。
注意点として、長崎本店で皿うどんを食べる際は必ず卓上にあるウスターソースをかけて欲しい。かけた方が美味しいというのもあるが、皿うどんの本場長崎でウスターソースをかけないと周りの長崎県民から不審な目で見られるかもしれないし、場合によっては不審者として警察に通報されるかもしれない。郷に入っては郷に従えだ。そして繰り返しになるが、ウスターソース童貞の方は勇気を振り絞ってこのアドバイスを忠実に守って欲しい。
「やり過ぎなくらいドバドバかけろ」
それでは、各人の健闘を祈る。
※・・・ネットでリンガーハット本店を攻めた方のブログを拝見したのですが、その方が店員さんに尋ねたところ「材料は他と同じ」との事。本店で食べてる高揚感が「他の店より美味い!」と錯覚させたものと思われます。読者の皆様と、今までドヤ顔の私から「リンガーハット本店、他より美味いって知ってる?」とマウントを取られていた皆様、大変申し訳ございませんでした。
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