09.欲望の街 新宿・前編
人種の壁、宗教の壁、政治的イデオロギーの壁。立場の違いが人類を争わせる。しかし、それらの壁もいずれは乗り越える事が出来るだろう。人類は愚かな生き物だが、完全に愚劣というわけでもない。では、第三次世界大戦は何によって起こるのだろうか。私が最も危惧しているのは犬派と猫派の壁だ。決して理解しあえない。もしそうなったら、私は猫派の志願兵として戦場に出る事になる。昔、野良犬に追いかけられた恨みを晴らすために。犬派の皆様、戦場で遭ったらお覚悟召されよ。
次に危惧されるのはカレーのビーフ派、ポーク派、チキン派の壁だ。これも各人が強いこだわりを持つので、容易には理解しあえない。3つの陣営が争うので三国志みたいになりそうだ。各勢力を例えるなら、さしずめビーフ派は魏といったところか。カレーと言えば牛肉、これは認めざるを得ないだろう。ポークとチキンの勢力差は手元に資料がないので私の憶測になるが、日本一のカレーチェーン・ココ壱番屋がポークカレーをメインに出しているのを考えれば、ポーク派が魏の次に大きい勢力の呉になりそうな気がする。そうなるとチキンは蜀。3陣営の中で最小勢力だ。ちなみに超マニアックなマトン派は兀突骨でお馴染みの南蛮族といったところか。
私が志願するのはもちろんチキン派だ。ビーフ派の大軍勢に蹂躙されたり、ビーフ派と組んだポーク派に手痛い打撃を喰らいそうだが構わない。捕虜になってビーフ派やポーク派に転向するよう拷問されようとも、私はチキン派を貫く。誰が何と言おうと、私の中で「カレーといえばチキン」だ。
と、少し大げさになったが、まあ私はチキンカレー好きということだ。勿論、ビーフもポークも食べる。牛丼チェーンで申し訳ないが、外食で食べるカレーで一番好きなのは松屋だ。ビーフカレギュウがお気に入りだ。牛めしの頭(どんぶりに乗せる具の事)をカレーに乗せるなんて、何という贅沢感、非日常感だろう。ちょっとしたお祭りに相当するワッショイ感だ。機会があれば松屋が運営している「マイカリー食堂」に行ってみたいとも思っている。松屋はカレーに力を入れている優良企業だ。
次点はこれまた牛丼系だが、東京チカラめしのカレーは美味かった。焼き牛丼の頭がカレーの上にパイルダーオンしていると豪華絢爛。これもちょっとした宴と言って差し支えない。もう店舗がほとんど残ってないのが残念だ。
こんな事を書いてると「チキンカレー食ってねえじゃねえか!」とのブーイングが北はデリー、南はムンバイあたりから聞こえてきそうだが、これには訳がある。チキンカレーを売りにしてるカレー屋さんが私の生活圏内にないからだ。しょうがないので自分で作る。我が家のカレーはチキンカレーと相場は決まっている。
市販のルーと鶏肉で作ったカレーはそれはそれで美味い。だが、やはり素人料理の域は出ない。荒ぶる何かが足りていない。やはり、飲食店でガツンとしたチキンカレーが食べたい。
そんな外食チキンカレー難民の願いを叶えてくれる店がある。「新宿中村屋」の本店だ。言わずと知れた、カレーの老舗。カレー好きを自負する者なら生涯一度は巡礼しないといけない聖地だ。そこで食べれるのは「恋と革命の味」という謎のキャッチフレーズの名物料理、「純印度式カリー」。食べてる時にオスカルやアンドレの気持ちになれるかもしれないその名物カレーは、大勢のチキンカレーマニアの舌を魅了している。
以前は関東に住んでいたので、年に2,3回は新宿に行く用事があった。交通の便が良いので、関東に散らばってる友人たちとの飲み会や、地元の友人が関東に出張に来た時に集まるのは決まって新宿になった。
「今日は新宿で飲み会だな。それなら早めに出て、新宿中村屋でチキンカレー食べて、それからディスクユニオンを梯子して夕方まで時間を潰すか」と、チキンカレー派の私はいつも思うのだが、新宿中村屋に辿り着くのは口で言うほど容易ではない。
新宿といえば欲望渦巻く街。「新宿」「欲望」と聞いて真っ先に連想されるのは海綿体関連の誘惑だろう。エロスが滾りがちな方々にとって魅力的なのだろうが、筆者は品行方正なナイスガイなのでそんなものにはあまり興味がない。だが、さすがは新宿。あらゆるジャンルの欲望が渦巻いている。私にとって危険なのはジャンクフード方面の欲望だ。新宿中村屋へ辿り着くには数多の誘惑を振り切っていかねばならない。まさに茨の道だ。
新宿中村屋に行くためにまずはJR新宿東口を目指す事になる。危険度はどの路線で行くかによって変わってくるが、京王線が一番危ない。改札を出てすぐに「C&Cカレー」があるからだ。
ここも半世紀以上の歴史を持つ老舗で、数多く存在するジャンクフード店の中でも神格化されている存在だ。才野の方か満賀の方か忘れてしまったが、藤子不二雄先生(※ネットで調べてみたのですが、FなのかAなのか確認出来ませんでした)が生涯を通して愛し続けたという伝説的カレーチェーンだ。それ故、ジャンクフードマニアにとってC&Cでカレー食べる行為は原宿でクレープを食べるのと同じくらいオシャレだ。
味の方はと言うと、実に普通のカレーだ。特徴がないのがC&Cの特徴だ。何度か食べた事があるのだが、印象が薄すぎて味の記憶がない。巨匠がこのカレーのどこに惹かれたのかが分からない。だが、巨匠の他にもC&Cを絶賛する著名人がそこそこいるのだから、人としての高みに昇り、凡人には辿り着けない境地に達した者たちだけが分かる美味しさがあるのだろう。
まあ、外食で普通のカレーを食べれる事なんてそうそうないので、アグレッシブなカレーばかり食べ過ぎて「普通のカレーっていったい何だろう?」なんてカレー迷子になった時はここを訪れると良い。カレーを見つめ直すきっかけになってくれると思う。
それと以前、社畜は「忙しいマウント」を取りたがると言ったが、ジャンクフードマニアは「食べた事あるマウント」を取りたがる。一度は食べてみて、「C&Cカレー、行ったことありますよ。さすが、カレーの名店。老舗ならではの味でしたよ」と、マウントを取ってみるのも悪くない。
改札を無事に通過出来たら次に待ち構えているのは新宿駅構内、広大なダンジョンだ。真・女神転生のラストダンジョン「カテドラル」が可愛く見える広さだ。残念なことに私は極度の方向音痴であり、更にオートマッピング機能非搭載の迷宮弱者だ。つまり、毎年2,3回は新宿を訪れていたと言ったが、それは毎年2,3回はコンスタントに新宿駅構内で迷子になっていたという事でもある。
本来なら新聞のチラシの裏に升目を書き、升目を埋めながら進んでいくのがダンジョン探索の正しいやり方なのだろうが、方向音痴の分際で猪突猛進するのが私の悪い癖だ。それに今自分がフロアのどの辺りにいるのかという平面的感覚、今いる場所から真っ直ぐ上に上がれば地上のどの辺りになるのかという立体的感覚の欠如が加わると、案内表示があっても結構な確率で迷子になれる。そして迷子になって長時間うろうろしていると、構内の至る所に仕掛けられている罠にかかる事になる。新宿駅構内は広いだけでなく、トラップ(飲食店)も充実している。
迷子になると歩き疲れるし、お昼時なら空腹も結構つらい。疲労と空腹がチキンカレーへの決意を凌駕し始める。そのタイミングで「箱根そば・本陣」の看板が視界に入ったらもう終わりだ。「新宿で箱根そばもありだな。だって本陣だし」と自分に言い訳し、吸い込まれるように入ってしまう。
箱根そばについて説明しよう。小田急電鉄が経営する立ち食いそば屋だ。なので、小田急線の駅の近くでよく見かける。立ち食いそばリテラシーが高い読者様ならご存じかと思うが、箱根そばは製麺所で茹で上げた麺を店舗で湯通しして温めなおすのではなく、生麵をちゃんと店舗で茹でるタイプの立ち食いそば屋だ。コロッケそばを初めて提供した店としても知られている。コロッケそばについてはいずれ語る時が来るかもしれない。
私は一時期、小田急線沿いに住んでいたので、箱根そばには非常にお世話になっていた。そのワンランク上のブランドが「箱根そば・本陣」だ。あれだけお世話になっていたのに行かないのは不義理というものだろう。味の違いはというと、私はバカ舌なので正直言ってよく分からない。ノーマルな店舗とは出汁が違うと強調されてるがよく分からない。それならわざわざ本陣に行く意味がないのではとの疑問も沸く。だが、C&Cカレーの時に述べたが、ジャンクフードマニアは「食べた事あるマウント」を取りたがるので、本陣で食べたという事実が何より大事だ。知り合いに「箱根そば・本陣、行ったことありますよ。やっぱり、一味違いますね」と上から目線で言える。
チキンカレーへの情熱と箱根そばへの恩義の板挟みに遭い、断腸の思いで本陣をスルーしたとしても、まだまだ険しい道のりは続く。そう、ここは欲望渦巻く街、新宿なのだから・・・
【次回予告】・・・約束の地(新宿中村屋)を目指す筆者。艱難辛苦の果て、ついに地上に辿り着くが、そこは駅構内よりも更に欲望にまみれたジャンクフードの魔境だった。果たして筆者は約束の地へと辿り着けるか・・・
次回、「欲望の街・新宿 後編」。ぜってぇ、読んでくれよな!
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