継承と自由
【継承と自由】
「もう、本当におかげ様でなかなか無い
経験をさせてもらってます」
薪窯で焼き上げられたミラノ風ピッツァに手を伸ばしていると、1年前に全店の統括となったマネージャーが語りかけてきた。
2018年11月。このイタリアンレストランはオープンから20周年目を迎えた。
「20年は、なかなか無いです。
この業界で、しかも札幌なのに」
カウンターの向こうには、イタリアの
現地から取り寄せられたという薪窯が
大きな灯火のような炎で輝いている
「最近、ふと思い出すんです。
ああ、先人たちは、この光景を
イメージして、教えてくれていたのか、と。
もしかして、このお店を築いた時から
この光景がすでに見えていたのかも
しれません」
カウンターには、常連客らしき初老の
男性が、食後のエスプレッソを楽しんでいる。
『ピザ一枚なんて、一人じゃ食べれないよ』
『ウチのピッツァは生地が薄いから、大丈夫ですよ』
開店当初、本場イタリアの料理に馴染み
のない地元客に、シェフ自らもイタリアの食文化をそう伝え続けたという。
そして、20周年記念の期間限定で
復活したTボーンステーキは当時の
看板メニューの一つ。
「お客様が予想以上に喜んじゃって、
オーダーの数が大変です」
「特に週末がヤバいですよね!」
‘本場フィレンツェより大きい’という
巨大な肉の塊が、溢れるような香ばしい香りとともに運ばれてくると、常連客のテーブルに弾ける歓声まで聞こえてきそうだった。
「何か、どんどんと自由になっていく
感じがします」
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20年前、このレストランがオープンした
1998年〜1999年頃、
イタリア・ミラノの街は、地元のサッカーチーム・ACミランがセリエAで4シーズンぶりの優勝を勝ち取った事に沸きかえっていた。
ミラノを本拠地とし、ロッソ・ネロ
(赤と黒)の愛称で呼ばれるこの古豪チームは、かつてはファンバステン、ルート・フリット、ライカールトという「オランダトリオ」が生む攻撃力と「ゾーンプレス」と呼ばれた守備戦術により、
1988年から90年初頭にはイタリアのみ
ならずヨーロッパ大陸で数々の優勝タイトルを獲得した黄金期を迎えた。
その要となった主将フランコ・バレージもまた、ミラノの象徴だった。
抜群の読みと俊敏性で相手チームから次々とボールを奪い、攻守の双方に自らの判断で貢献することで
サッカー史に、リベロ(自由)と
いう新たなポジションが生まれるまでの存在となった。
『あれだけ高次元のチームを再び作ることは、おそらく不可能だと思う』
バレージ本人にそう言わしめ、世界
最強の名をほしいままにしたACミラン
だったが、主力選手の移籍や高齢化、
監督の交代が続き、徐々に輝きを
失っていく。
低迷する名門チームを託されたのは
後にサッカー日本代表の監督になる
アルベルト・ザッケローニだった。
「転換期にあったチームを再建するに
あたって、ザッケローニは始めに
『ベースをつくるシーズンにしよう』と
呼びかけた。
何が何でも優勝しなければという
過大なプレッシャーを私たち選手
から取り除き、目の前のトレーニン
グに集中させたんだ」
当時ACミランのメンバーで、鹿島アントラーズやブラジル代表でも活躍したレオナルドは、 あるインタビューでそう語っている。
新しい指揮官は、フィールドに立つ10人の選手がボールの位置によってどう動いていくかを細かくパターン化し、緻密なトレーニングで役割を浸透。
立て直しを図ったチームは、過去に優勝を経験したベテラン選手の活躍もあり、徐々に勢いを取り戻していく。
「終盤に7連勝して優勝を決めると、
メディアや周囲からは「ラッキーなスクデット(優勝)」だと言われた。
だけど我々はそう思ってはいなかっ
た。運をつかむにしても実力がなけ
ればできない。
彼の辛抱強いベースづくりがうまくいかなければ、終盤で波に乗ることはできなかったと思う」
レオナルドは今もなお、就任1年目で
チームを再建させた指揮官に敬意を
持ちつづけている。
「ザッケローニは真面目で勉強家、そして何より紳士だ。選手とコミュニケーションを図ることを大切にしていて、ケガで離れている時間の長かった私にも事あるごとに声を掛けてくれた。
ケガをしていると不安がちになるものだが、いつも気に掛けてもらっているんだ、と思えるだけで士気は上がったよ」
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時は流れ、人は移ろう。
継承とは、栄光やブランドを築いた組織にとって、過去の信頼やイメージを守りつつ、変化する時代に適応する新たなチームを育て、築くという創造性が求められる、極めて困難な事業でもある。
だが、それを成し遂げたチームは、過去の栄光を「伝統」という追い風に変え、より新たな自由を得ることが可能となるはずだ。
なぜなら、後を託された人たちもまた、
偶然ではなく、実力により選ばれた存在なのだから。
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