夢詠3
〈敬〉
何処からか種来たり庭のカモミール
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紫陽花の褪せて小雨の生ぬるし
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花霊継ぐ紫陽花褪せてサルスベリ
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廃屋の篠竹屋根を覆ひけり
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古さびた苔は湿りて空き屋敷
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空き屋敷隅の祠も空き家なり
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むせるほど葦叢灼けて雲眩し
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義母来たり籠に盛らるる茄子胡瓜
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塩焼酎供へ浄めて杉伐りぬ
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U字溝猫に追はれしハクビシン
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トラックが過ぐ萱ゆっさと波立てり
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這ひ出でて舗道覆へり葛の国
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ほろ酔ゐにとどめておけよ盆の酒
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道端のイヌムギそよともせぬ残暑
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竹林の下ばえに陽は零れ照り
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白昼夢草揺る覚むればエアコンの風
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遠雷は去ぬ残暑潤はず
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隙あらば萱草生ふる鄙なりき
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青硬く小さき柑の実三つ四つ
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残暑にて格別なるは荻の声
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秋の野に蝶の祭りや白と黄と
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神棚も季語も撤去と夢や告ぐ
〈業〉
新しき
街とおもへど
影や添ふ
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“卑劣漢”
ドストエフスキーに
教わりき
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罪深く
昼の光の
恐ろしや
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我悪鬼
明けの光に
焼け散りぬ
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未生期に
浸かりし冬の
海なりき
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櫂もなき
小舟波間に
漂へり
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債鬼より
逃れ夢野に
潜み棲む
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子に声荒げれば
夢に
闇貧し
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岩屋戸に
いくとせ娘よ
春は逝く
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ヨーゼフ・K
夢見ぬものに
夢は憑く
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時すでに
遅しと繰り言
止めどなし
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薮枯れて
硬き結ぼれ
がさがさと
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都市忌みて
樹霊に淫せし
ことあるも
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心病み
花霊へ樹霊へ
傾ぐなり
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さし交はす
梢眺めて
ゐたきかな
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雲の峰
なれど枯れ葦
除草剤
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樹や岩や
謂れ伝ふる
人もなし
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淫酒色
藪枯れ魂では
さもあらん
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手に負へぬ
枯れ藪…ままに
眠り落つ
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惰眠は濁り
臍に生ふる
枯れ茅萱
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さなきだに
恩も返せぬ
無能者
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神経に
こたへる酸の
陽射し降る
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老猫や
場違ひな街に
迷ひ出づ
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どこまでも
毀たれてゐる
継起なり
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やうやくに
気づきぬ刑期に
終はりなし
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狂人が
それと気付かず
妻子持ち
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この凍土
如何にせんとや
夏盛り
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この者と
対話す…汚物の
夢みつつ
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病み伏せば
無為と惰眠の
泥の中
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穀潰し
昔自分
今息子
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西陽射す
ラスコーリニコフの
長椅子や
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秋といふ
季節も覚えず
人外野
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道に棘
多き日なりと
振り返る
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眠りなき
眠りに淀む
夢の川
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目覚めては
ぬかるみより
這ひ出づ如し
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我のみは
“朗らか”なるを
つゆ知らず
〈持〉
恥多き
生なれど今や
荻さやぐ
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草花の
黄に勝る黄を
我知らず
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草花の
黄や赤やこそ
塗り薬
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残夢憑く
解かずば成仏
できぬとや
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読み解かば
成仏もせん
名残り夢
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沈みゆく
夢のディテール
逃げる鯉
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夢見たり
淡く掬へぬ
魚影なり
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ひと山も
ふた山も超え
帰途にあり
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藪の向かう
あるやなしやの
隠れ里
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対岸に
古き葦原
祭り笛
〈密〉
病み人も
囚徒も容れよ
古き原
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夢にては
我も汝も彼も
置き換はる
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荻鳴れば
何れの前世の
さやぎならん
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浮かび消ゆ
夢の残滓や
明けの雨
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だめだめも
ぼろぼろもよし
草野昏る
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〈秋の暮れ〉
が、毛細管を
巡りをり
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瑕疵のある
景観なれど
昏れ古原
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指先に
荻穂満ちをり
珠の風
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沸き凍つ血
堰を越ゆれば
夕茜
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かの人の
文読む…花を
夢みつつ
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古野にて
白き女狐
月は満つ
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豊饒の
海にも優る
我が夢よ
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〈荻さやぐ〉
が、彼女の
指先に香る
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日々仕事あり
ありがたし
コップ酒
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汝が祈り
我が夢野にも
響きをり
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