夢詠
〈季節詠〉
冬ざれの沼地にひとり佇みぬ
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枯れ野原古き祈りや草木塔
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冬寒や子らの寝息ぞ夜に満つる
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枯れ草に雪は降り積む音なき夜
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寒き夕雲鋼色雀騒がし
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妖の宴や夜更の花の下
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五月雨の鉄路に照るはビル灯り
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こもれ陽や午睡の春に羽虫鳴る
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こもれ陽の揺れてラジヲのほの聞こゆ
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蝉喧し夢うつつ畳にこもれ陽や
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人成すは土に還さむ夏の葛
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蝙蝠や舞ふ夕風に蝉の声
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終電車鉄路に秋雨降りしきる
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風たちて残暑の夕べにひと心地
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物の怪も怨霊も秋夜耳澄ます
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息災を奇跡と思ふ柿を手に
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風は鳴り荒魂鎮む薄原
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豊の秋草焼く煙斜めの陽
〈病詠〉
果てもなき
疲労と痛みに
椿落つ
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雪風に
阻まれ、よろけ
この家路
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陽が白く
渇き射す春
羽重し
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山萌える
春を詠んでも
滲む血や
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夕立に
溢るる水や
流路もなく
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日暮れて
道遠く、寒き
影ひとつ
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橋は落ち
氷は聳え
影一人
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目覚めしに
胸は爛れて
起ち難し
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寒き夕
病人のごと
臥すばかり
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根も枯れて
秋雨も沁まず
痩せし土地
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敗残の
雨降り止まず
秋やくる
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傍に
眉暗き児は
今もあり
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枯れ葦に
雪は降り積む
鬱詠ず
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首垂れて
鋼の街を
迷い行く
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病根は
果てなく深し
知る人ぞなし
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内臓の
凍りし闇の
深さかな
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先見えぬ
隧道の道
足は萎ゆ
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散々な
一日、散々に
胸破れ
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願わくば
滝の音沁む
庵に死なん
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這々の
体にてペダル
漕ぐ寒夜
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霞喰う
暮らし何処か
終電車
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影らとの
不和に耐えつつ
秋は過ぐ
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待てもせず
虚無に消え入る
新緑や
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葦硬く
凍りしままに
枯れ垂れぬ
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川底に
眠るが如く
寄る辺なし
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裸足にて
氷のかけら
踏む日々や
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ボロボロの
傷、また開き
日を終える
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乳色の
眠り払うや
赤き夢
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未生期の
傷は硬くに
凍りおり
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傍を
人ら過ぎゆく
枯れ葦や
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濡れ鼠
吸い殻散らばる
駐車場
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晴れ渡る
空、広がれど
葦凍る
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ぼろぼろの
廃船去来す
朝未だき
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首切りの
場に冷え冷えと
深き穴
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激烈な
赤き痛みの
熾火あり
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傍に
嬰児は今も
凍りおり
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泥の河
眉暗き児の
映りおり
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忌み籠り
生まれし時より
老いてまで
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無作為の
日々を責め刺す
声のあり
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祝祭は
鉄の格子の
向こう側
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氷礫と
鋼の街に
焦慮吹く
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湖底より
痛し暗しと
声のする
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靴紐を
結ぶ気力も
喪くしおり
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葦痩せて
死ぬばかりなり
夏の盛りに
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不落なり
氷の城は
敵寄せず
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波のごと
淋しきことのみ
寄せ聞こゆ
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鉱物の
深き眠りを
眠りたし
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額には
厚き黒雲
垂れ込めて
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乳房に
凍土の黒き
シミのあり
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終電の
車窓に眉の
暗き児よ
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橋落ちて
虚飾の街に
腐臭満つ
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父に似た
腐臭を覚え
慄然とす
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歯止めなき
激怒に憑かれ
慄然とす
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猥褻な
悪臭覚え
慄然とす
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父は生く
虚栄の腐臭を
撒き散らし
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母、腰曲げ
老いを逃れる
術もなし
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弔いも
無しや、無念は
凍土へと
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梅雨の音
起き上がれずに
床の中
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日に夜に
痛みのみあり
梅雨の音
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わずかなる
手勢率いて
都落ち
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ざらざらと
砂纏い付く
首に背中に
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街追われ
街灯の下
夜々ひとり
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容れられず
町の境で
息つなぐ
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街追われ
河原に居場所
見つけたり
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雑踏に
埋もれ、罪人
黙しおり
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昨日今日
タナトス、夢を
覆いおり
〈夢詠〉
聴覚を
張り巡らせよ
麻痺の夜闇に
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名も知らぬ
昏き沼地に
花笑う
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薄闇の
街をさまよう
夢のうち
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霧の夜に
傾聴の灯を
煌煌と
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傾聴を
病者の傍に
あらしめよ
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槌音に
街賑わうや
夢の中
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待ちて聴く
夜を日に継いで
待ちて聴く
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蘇る
死児らのために
部屋暖めよ
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穢土にても
遍く満ちよ
智慧の海
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雲赤き
昏い領野を
倦まず行く
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首垂れて
枯れ葦のなお
命あり
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根を張らん
昏く貧しく
硬きこの地に
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祈らばや
胡氷の下なる
死児のため
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吹き荒ぶ
枯れし風より
火を護る
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聴覚を
あたえよ、氷河に
耐えうるほどの
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橋落ちし
昏き河辺に
耳澄ます
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夢見しは
子らで賑わう
宵祭り
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宵灯り
祭り賑わう
夢を見る
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祝祭夢
街賑わうや
橋架かる
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早鐘は
止み、祝祭の
橋渡る
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聴覚を
張り巡らせよ
夢の果てまで
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嬉しきこと
ひとつあり
奇跡と思う
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様々に
分かれ増えども
元のひとつ
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幻の
王あり、民の
声を聞き分く
〈季節詠〉
夏陽吸ひ障子真白く輝けり
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白き陽の蒲の穂絮に溜まりをり
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初雪の未明に味噌汁グツグツと
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枝揺れて四月の庭はこもれ陽ばかり