「背後霊の麗子さん」
こんばんは。numaです。
お久しぶりです。めちゃくちゃ投稿サボってました。
また復活して少しずつ創作小説を投稿していきたいと思います。
本日のテーマは恋愛です。お時間ある方はぜひ。
『背後霊の麗子さん』
「私、あなたに会ったことがある気がするの」
「え、奇遇だね。僕も君に会ったことがある気がするんだ」
「なになに? 前世の記憶的な? 完全に運命じゃん。よっ! 1組目のカップル誕生です!」
今日の合コンのリーダー的存在である佐藤学が、その場を盛り上げようと声を上げる。
初めて会うはずの男女がお互い「過去に会ったことがある気がする」という発言。前世からの繋がりを感じさせるような、まさしく運命的な展開。当事者の2人も、突然の運命的な出会いにさぞ喜びを感じているだろうと思われたが、2人の表情はなぜか浮かないものだった。
「でも、なんだろう……すごく悲しい気持ちになるの」
「うん、僕も、君を見ていると、すごく苦しい……」
「おいおい! お前ら前世で何があったんだよ!」
学の盛り上げにも反応せず、2人はお互いを見合ったまま、苦い表情を浮かべていた。
2人から溢れ出す負のオーラが、合コン全体の雰囲気を重くする。まだ始まって30分ほどしか経過していないこの会合は、既に限界を迎えてしまっているかのように、その場に沈黙の時間が訪れる。
今日は12月25日。サンタクロースはこの場に悲しみを運んできたのだろうか。何をうまいこと考えているんだ、俺、と、学は手元のハイボールを一気に飲み干した。
初めて幽霊を見たのはいつだったか。確か3歳の時に、祖父母の家で、近所に住んでいた山本さんの幽霊を目撃したのが最初だった。その後は徐々に霊感が強くなっていき、今では街の至る所で幽霊を目撃する。20歳の大学生、田中翔太はそんな人間だった。
そして彼は、幽霊を見ることができるだけではなく、なんと幽霊と会話をすることもできるという、生粋の強霊感男でもあった。
そんな彼には、1人の背後霊が憑いていた。麗子さん、という彼と同年代のとても美しい女性である。
「翔太〜、今日の授業つまんないからブッチしようよ〜」
「学校で話しかけるなって言ってるだろ」
「ん〜意地悪〜」
麗子さんはとにかくよく喋る背後霊だった。翔太はそんな麗子さんを軽くあしらいつつ、しかし、2人は基本的には仲良く、日々の生活を送っていた。
背後霊は、霊界では外れくじと言われる存在である。様々な事情で成仏できなかった人間が霊となるのだが、基本的には霊は現世で自由に移動できる。しかし、霊の行動を自由にしすぎると現世の秩序が保たれないという理由で、何人かの霊は背後霊として、ランダムに決められた人間に取り憑くことで、現世での行動を制限されるという決まりがあった。麗子さんは見事自由に動くことができる抽選に外れ、翔太の背後霊として、翔太の動きに合わせて付いて行くことしかできなくなってしまったのだ。背後霊が解除されるのは、原因を見つけ、成仏することができた時か、もしくは宿主が死んだことで、強制成仏させられるかのどちらかである。ほとんどの背後霊は、原因を見つけることができないため、宿主が死ぬまでは、背後霊として現世にとどまらなければならない。
しかし、麗子さんは外れくじを引いた霊の中ではラッキーだった。なぜなら、翔太は霊と会話することができるからである。翔太の行動に要求を加えたり、暇な時にお喋りしたりできるため、普通の背後霊よりは、幾分マシな生活を送っていた。
翔太が18歳の時に取り憑き、早2年経ったある日のこと。彼らにとって運命を変える出来事が起きたのはこの日である。
その日は、翔太が推しているアイドルグループ「紅葉坂46」の握手会当日だった。翔太は特に天野しずくというアイドルを推していて、その日も握手会で彼女のブースへと足を運んだ。
いつも通りの素晴らしい笑顔。しかし、いつもと違うことが一つだけあった。天野しずくの後ろに、男の背後霊が取り憑いていたのである。
「ありがとう〜また来てね〜」
「あ、は、はい」
明らかに動揺する翔太の背中越しで、麗子さんも動揺していた。握手会の帰り道、麗子さんがこんなことを言い出した。
「しずくちゃんの背後霊、めっちゃカッコよくなかった?」
「え? あ〜確かに、若くて身長高くて、最近流行りの塩顔って感じだったな」
「私、正直めっちゃタイプ」
「ヘ〜」
「ねえねえ、もう一回会いたいんだけど。会って、彼と話してみたいんだけど」
「話したいって言ったって、俺がしずくちゃんに会う時しか会えないだろ」
「うん」
「生のしずくちゃんに会う機会なんて握手会の時ぐらいしかないし、握手会なんて長くてせいぜい10秒くらいだから、あの背後霊と会話する時間もほとんどないと思うよ」
「確かに握手会ならそうかもしれないけど……翔太としずくちゃんがもっと仲良くなって、プライベートでも会えます、みたいな関係になれば、私とあのイケメンも会話する機会が生まれるんじゃない?」
「いやいや! 相手は超人気アイドルだぞ。どうやって仲良くなるんだよ」
「私に任せといて。生前は、恋愛指南役としてはかなり定評あったんだから」
その日から、翔太としずくが仲良くなるための大作戦がスタートした。まずは、とにかく足繁く握手会に通うこと。1日に何度もブースを訪れ、認知を狙った。初めはあまり乗り気ではなかった翔太も、しずくに顔を覚えられるようになってからは、その快感をもっと感じたいと、麗子さんにかなり協力的になってきた。
認知を得てからは、プライベートで出会うことを目指す。SNSを駆使し、彼女の動向を徹底的に調べ上げ、よく行くフレンチレストランを特定した。翔太もそのレストランに出向き、偶然を装って彼女と接触を図った。
そんなある日、レストランで大チャンスが訪れた。しずくが柄の悪い男に絡まれていたのだ。これはチャンスだ、と、翔太はマネージャーを装い、その男の行為を静止した。効果はてきめん、しずくは厚く感謝の弁を述べると、そのままの勢いで翔太と連絡先を交換した。
そこから先は早かった。翔太としずくはお忍びでデートを重ねるようになり、結果的に付き合うことになったのだ。麗子さんの恋愛指南恐るべしである。
では、そんな麗子さん側はというと、こちらも背後霊同士で良い感じになっていた。しずくの背後霊の名前はケン。25歳の塩顔男子で、麗子さんとは対照的に落ち着いた口調で話す紳士だった。話し手と聞き手にうまく分かれた2人の相性も抜群で、背後霊同士、こちらも愛を育んでいった。
しかし、幸せも束の間。恐れていたことが起きてしまったのである。そう、写真週刊誌にスクープが撮られたのだ。
人気アイドルと一般人の禁断の恋。2人は世間からの大バッシングを受けることとなった。結果、今まで通りに会うことはできなくなり、2人の距離は完全に離れていった。
そして、悲劇はさらに続くことになってしまう。12月25日、クリスマスの夜だった。
翔太は1人寂しく、コンビニで夕飯を買おうと外出していた。
「ごめんね、翔太。私が変に煽ったりするから」
「いや、俺も悪いよ。アイドルに手を出すなんて、ファンの風上にもおけない」
重たい空気が2人の間に漂う。今年のクリスマスは寂しいものになりそうだ。
そんな時、突然、翔太の背中に衝撃が走った。ドンッという音とともに、鈍い痛みが背中から全身に広がっていく。
「俺の……俺のしずくちゃんを……よくも……」
翔太の背中では中年男が包丁を握り締め、息を荒げていた。そう、翔太は刺されてしまったのだ。
「翔太!」
「うっ……」
翔太は背中に包丁が突き刺さったまま、その場に倒れ込んだ。中年男は息を荒げ、その様子を見届けると、翔太に唾を吐き掛け、走ってその場から逃げ出した。翔太の背中からは赤黒い血が滴っている。
「ああ……! どうしよう! 翔太、大丈夫? 誰かー! 助けて!」
2人の周りには誰もいない。麗子さんの大声も、誰にも届かない。翔太はそのままどんどん意識を失っていった。
「なんで! 私の声が聞こえる人はいないの? おーい! 誰か!」
喉を枯らす麗子さんの叫びとは裏腹に、誰にも見つけてもらうことができず、翔太はそのまま息を引き取ってしまった。それと同時に、麗子さんは強制成仏の対象となり、現世から天界に送り届けられた。成仏した魂は、輪廻のサイクルに入り、前世の記憶を失った上で、生まれ変わることになる。
こうして、1人の死が、ある意味、見えないもう1人の死を生み出し、聖夜に2つの大きな悲しみが蔓延した。
このニュースはすぐに全国に届けられた。ただでさえ話題になっていた2人である。殺人が絡んできたとなると、いよいよスキャンダルに拍車がかかり、しずくに対する世間のバッシングは激化した。
しずくは今まで以上に心を病むことになり、引きこもりがちになっていった。背後霊であるケンも、人知れずしずくの体調を心配しながら日々の生活を送っていった。
しかし、我慢の線が切れるのは突然のことである。翔太の死に対する罪悪感と、世間からのバッシングによるストレスが原因となり、しずくは突然、自らの手で命を絶ってしまったのだ。同時に、ケンも強制成仏の対象となり、魂は天界に舞い戻って行った。
翔太、しずくの死によって2人の恋が終焉を迎えた。しかし、世間の人たちは、彼らとは別の2人の恋が同時に失われていたことを知らない。これは、禁断の愛が生んだ悲劇の物語である。
「ごめんなさい、私が急に変なこと言ったせいで、合コンが暗い雰囲気になっちゃって」
「いやいや、そんなことないよ。僕も君を一目見てからずっと変な感覚だったんだ。また会えたっていう喜びと、なぜかわからない悲しみが混在するような」
盛り上がりに欠け、1時間弱で終了した合コンからの帰り道。他のみんながタクシーで帰る中、2人は夜風を浴びながら、一駅分散歩していた。
「悲しみ、というか、罪悪感をすごく感じるの」
「あ〜……言われてみれば、そんな気もする……」
2人は未だに先ほど感じた不可思議な感覚を引きずりながら、夜風を頬で感じていた。
駅に到着し、ここで2人は別れることになった。
「じゃあ、私、こっちだから」
「うん、またね」
「また……会って良いのかな? 私たち」
「え? うーん……会わなきゃダメな気がする。そうしなきゃ報われないっていうか……」
「うん、確かに。何が報われないのかはわからないけど、でも、私もそんな気がする」
「また会いましょう」
「うん、また」
別方向に歩く2人の背中には、別れを惜しむもう1組の男女の影があった。
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