「天界にて」
こんにちは。numaです。
本日は5本目の小説投稿です。
今回も大学の授業で課題として書いた作品を掲載します。
テーマが課された作品で、
「もし、GHQによって日本語が廃止させられていたら」
という内容で書きました。
お時間ある方はご一読ください。
「天界にて」
ここは天界。死んだ人間たちが平和に暮らしている。
「マッキー聞いた?日本語なくなるらしいよ」
「え、初耳だよ。くうちゃんそんな情報どっから仕入れたの?」
「下界のことに詳しい友達がいてさ。そいつが教えてくれた」
「なんでなくなっちゃうの?」
「日本が戦争に負けて、今GHQとかいう集団が統治してるらしいんだけど、そいつらに命令されたんだって」
「えー。ふざけんなよGHQ」
「な。俺たちが作った日本語を……」
くうちゃんこと空海は渋い表情を浮かべた。それに呼応してマッキーこと吉備真備も渋い表情を浮かべる。それもそのはず。何を隠そう、この二人こそ日本語を作った祖であるのだ。空海はひらがな、そして吉備真備はカタカナ。そんな彼らにとって、自分たちが作った言葉が失われることに良い気がするはずもない。
「超ロングセラーだぜ。俺たちの日本語。こんな簡単になくなっちゃうのかよ」
「許せないよな」
「なあ、俺たちでなんとか阻止できないかな?」
空海がそう提案した。吉備真備はその言葉で笑顔を取り戻して言った。
「おお! いいね! やろう! ……でもどうやって?」
「それは今から考える」
「なんだよ。作戦があるわけじゃないのか」
吉備真備の笑顔はすっと消え、また元の陰気な表情に戻ってしまった。
「暗い顔すんなよ。今から一緒に考えよう」
「俺たち二人だけで考えててもなかなか良いアイデアは浮かばないんじゃないか?」
「確かにそれもそうだ。協力者を募ろう。誰がいいと思う?」
「うーん……あいつなんてどうかな?枕草子で有名な」
「清少納言?」
「そうそう! そいつ。日本語好きそうだろ」
「少納言のやつはだめ。この前この世界に来たアメリカ人とデキちゃって、すっかりアメリカにかぶれてる」
「そうだったんだ……。あ! じゃああいつは? 紫式部! あいつも好きだろ日本語」
「呼んだかしら?」
二人の背後から透き通った美しい声が聞こえてきた。きらびやかな衣装に身を包んだ紫式部の姿がそこにあった。
「おー。紫式部、聞いてたのか」
「GHQの政策を阻止するって? 面白そうじゃない。協力するわよ」
「ほんと? それは心強い! ありがとう」
「最近は美の基準が変わって私のことをブサイクだなんていう輩が増えてきたから、とってもむしゃくしゃしてたの。ストレス発散のためにも、GHQをぶっ潰してあげましょう」
有り余るエネルギーを秘めた紫式部が仲間に加わり、「日本語を守ろう会」は3人体制に至った。3人は早速相談を始める。先陣を切ったのは空海だった。
「今ぱっと思いついたんだけど、俺たち死んだ人間は、霊の姿になって下界に降りていけば生きている人間の身体を乗っとることができるよね? それ使えば簡単に解決できるんじゃない?」
「なるほど。確かに、GHQのリーダーに乗り移ってやっぱり日本語残しますって言えば解決だな」
「あら、案外簡単に方針が決まっちゃったわね」
一瞬で作戦会議が終了し、3人が肩透かしをくらっていると、背後から声が聞こえた。
「ばかなことはやめなさい」
3人が振り向くと、そこには紳士服に身を包んだ初老の男性が立っていた。
「誰ですか? あなた」
「私は森有礼だ」
「あ! 森有礼って日本語の廃止運動を進めてた……!」
「そうだ。私は今の状況に満足している。邪魔はするな。日本語は廃止して英語に。素晴らしい政策だ」
「なぜですか?」
「開国し、他国の技術や教育を取り入れていこうとしている我が日本で、最早日本語を使う必要はあるか? 英語を使ったほうがよっぽど効率的だ」
「でも日本語は日本人が長い間培ってきた、いわばアイデンティティのようなものよ。それを失ったら、日本人は国民性を失うのと同じだわ」
「日本語が日本人のアイデンティティなのか? 日本語とはそれほど重要なものか? 私はそうは思わない。そもそも君たちが守りたい日本語とは一体なんだ? 君たちが作り出した日本語か? 今君たちが話している言葉は君たちが作った日本語なのか?」
「それはそうでしょう。俺がカタカナを作って、くうちゃんがひらがなをつく……」
「今話しているその言葉だよ。君たちが作った日本語と今君たちが話している言葉、全く違うだろう。時代を経て言葉は移り変わっていく。その時代に合わせて、使いやすいようにだ。君たちも知らず知らずのうちに日本語の変化に対応してきているじゃないか。今君たちが使っている日本語は、最早君たちが作った日本語ではない」
「……」
日本語を守ろう会の3人はぐうの音も出ず、誰一人として口を開くことができない。森有礼はさらにとどめの一言を彼らにぶつけた。
「そもそもさっきの君たちの作戦。GHQのリーダーに乗り移ってやっぱり日本語残しますって言えば解決するって? それを日本語で言うのか? マッカーサーはアメリカ人だぞ。結局英語が必要なんだよ」
怒涛のように喋り続けた森有礼は、そのセリフを最後にその場を去っていった。
沈黙。その場にいる誰一人として口を開こうとしない。
30秒ほど経ったところで、ようやく空海が口を開いた。
「……やめようか」
「……うん」
日本語はなくなった。
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