#3. 無理しなくて、いい
彼の体調は数週間で元に戻った。
幸いなことに仕事をしたい気持ちも徐々に戻りつつあって、会社側に休み期間として伝えてあった1ヶ月を迎えようとしていた。
人事に戻りたい意思を伝えたところ、本当に戻れる状態か確認するため、カウンセラーや産業医との面談がまず必要とのこと。
ひさびさに行く会社。
少し気まずい気持ちもありつつ、勇気を振り絞って向かった。
カウンセラーとの面談では、入社から休職に至るまでの経緯や気持ちの整理を行った。会話の中では、こんなことも言われた。
「会社は利用するもの。もう少し休んでもいいんだよ。」
メンタル面を病んで、1ヶ月という短期間で戻ってくる社員はほぼいないらしく、体調が回復していないのに無理して戻ろうとしていないか、その確認で言ったのだと思う。
そのときの彼はなんとなく聞き流した。
お金も必要だったから。
その面談では戻りたい意思を一貫して伝え、翌日、産業医面談に臨んだ。
そこでは形式的な体調確認だけだった。
面談を終えると、翌日からは1週間の試験出社期間が待っていた。
いわゆる業務といったものはなく、勉強などをしながら一日オフィスで過ごし、体調に問題がないか日々報告するだけ。当然残業もない。
体調は特に問題なく、"普通"に戻るための儀式を無事終えた。
—――
週明けからは元の部署に戻って、また同じことをするのかぁ。
休職期間中、仕事をしていないと自分で自由に使える時間がこんなにあるのかと彼は衝撃だった。
体調が戻ってからは、狂ったように一日中楽器練習をしたり、好きな映画をみたりしていた。
そんな生活から戻り、試験出社するだけでも、時間が惜しくなった。
通勤時間、会社の人間関係。。。
いまの彼にとっては余計なものでしかなかった。
「もう少し休職しておけばよかった…」
そのとき、カウンセラーに言われた言葉が頭に響いた。
本当にこのまま仕事に戻ってもいいのか。彼は自問した。
そもそも休職というのは体調が回復したらすぐに戻らないといけないわけではない。
倫理上グレーゾーンかもしれないけど、制度上許されているのであれば、人生の休息期間と割り切って休んでみるのもいいのではないか。
これまで1年以上も仕事が忙しく自分の時間が取れなかった分、とりかえしたい。そのくらいの権利あったっていい。
お金面もたしかに気になるところではあったが、傷病手当金という制度もある。
人生、これから結婚して子どもが生まれたり、親の面倒をみたり、、、なんてことが増えていって自分の時間がどんどん少なくなる前に、立ち止まって自分のためだけに時間を使えるのは今しかない。
これまでの自分は正直に生きすぎたのかもしれない。
真面目に生きて損をすることだってある。
無理して真面目にならなくたって、いい。
休職に戻るなら、今しかない。
彼は意を決してスマホを開き、上司へこうメッセージを送った。
「すみません、体調がやはり戻っていないようなので、もう少しお休みを頂きたいです」
つづく